さらなる作風の変化とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > さらなる作風の変化の意味・解説 

さらなる作風の変化

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/22 06:19 UTC 版)

深沢幸雄」の記事における「さらなる作風の変化」の解説

1980年代には作風変化し1982年昭和57年)に刊行したアルチュール・ランボー詩集酔いどれ船』の詩画集においてメゾチント用いた作品発表するメゾチントはベルソーを用いて全体に傷をつけ、溝にインク詰めて独特の質感の黒の階調表現する手法労力要するが、深沢1981年独自に電動ベルソーを開発し大型メゾチント作品制作可能にした。また、深沢メゾチント作品に多版多色刷りによる色彩加えた作品制作している。 深沢銅版画以外にも陶芸や書、書とパステル画組み合わせた作品ガラス絵なども手がけている。中学時代朝鮮の陶磁器工房訪れ手仕事関心持ったという。 1981年昭和56年)には『深沢幸雄銅版画全作品集』が刊行され1991年平成3年)には郷里山梨県立美術館回顧展開催された。1986年昭和61年)には多摩美術大学教授就任し1995年平成7年)まで教授職にあった多摩美術大学のほかには福岡学芸大学非常勤講師)や武蔵野美術学園非常勤講師)でも教鞭とっている。 1987年昭和62年)には紫綬褒章受章し1991年平成3年)から1994年には日本版画協会理事長の座にあった1992年平成4年)には山梨県文化功労賞受賞し1995年平成7年)には勲四等旭日小綬章受章し2002年平成14年)には日本版画協会名誉会員推挙される。2013年平成25年)には、阿部出版雑誌版画芸術」での連載を基にした『現代版画の視点深澤幸雄版画対談』が刊行された。 1991年には山梨県立美術館で「深沢幸雄銅板に刻む魅惑の詩」が開催される2006年平成18年)には版画ガラス絵書画パステル画陶磁器民族衣装などコレクション含めた400点の作品を、山梨県南アルプス市の春仙美術館寄贈する2007年1月13日から3月25日には、同館で「深沢幸雄全貌」展が開催された。2007年平成19年)には市原市水と彫刻の丘でも「深沢幸雄展」が開催された。 同じく2007年平成19年)には深沢銅版画690点を中心に深沢収集した他の銅版画家の作品中南米民俗資料など1800点が山梨県立美術館寄贈され同年10月27日から12月9日には同館において、このうち160点あまりの深沢作品コレクション紹介した企画展深沢幸雄展-いのちの根源謳う-」が開催された。2014年平成26年1月18日から3月2日には千葉県市原市市原湖畔美術館旧市原市彫刻の丘)において「深沢幸雄-銅版奏でる詩-」が開催された。 2017年1月2日老衰のため死去92歳。

※この「さらなる作風の変化」の解説は、「深沢幸雄」の解説の一部です。
「さらなる作風の変化」を含む「深沢幸雄」の記事については、「深沢幸雄」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「さらなる作風の変化」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「さらなる作風の変化」の関連用語

さらなる作風の変化のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



さらなる作風の変化のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの深沢幸雄 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS