運命
★1a.定まった死の運命。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)363「子供と絵のライオン」 「息子がライオンに殺される」との夢を見た父が、正夢となることを恐れ、宙に浮いた住居を作りそこに息子を入れて、ライオンから守る。ある日、住居の壁に描かれたライオンの絵を息子が手で打つと、刺が爪につきささり、それがもとで息子は死ぬ。
『歴史』(ヘロドトス)巻1-34~43 リュディア王クロイソスは、息子アテュスが鉄の槍に刺されて死ぬ夢を見、息子の身辺から投槍・手槍の類を遠ざける。アテュスが猪狩りに行くのを王は制止するが、アテュスは「手を持たぬ猪が槍をふるうはずがない」と言って、出かける。しかし同行者が猪をねらって投げた槍がアテュスに刺さり、彼は死ぬ。
『魚と指輪』(イギリス昔話) 領主が「運命の書」を開き、将来息子が身分卑しい娘と結婚する、と知る。領主は、生まれたばかりのその娘を捜し出し、川に捨てるなどして殺そうとするが、結局娘は、息子の妻となる→〔書き換え〕3・〔指輪〕4。
*母と結婚する運命→〔予言〕1aの『オイディプス王』(ソポクレス)。
『今昔物語集』巻31-3 湛慶阿闍梨は「某国某郡の女児と夫婦になる運命だ」と、不動尊からの夢告を得る。「女犯僧になるまい」と考えた湛慶は、その女児を捜し、首をかき切って逃げる。しかし女児は死なず、年月を経て、湛慶は成長した彼女と知らずして再会、愛欲の心をおこして結婚し、ついに還俗する→〔傷あと〕2。
『続玄怪録』3「定婚店」 良縁を求める韋固は、冥界の老人から、妻となるべき運命の娘を教えられる。それは野菜売りの片目の婆さんに抱かれた3歳児だったので、韋固は怒り、下男に命じて女児を刺し殺させる。しかし女児は死なず、しかも本来身分ある人の娘であって、14年後、成長した娘と韋固は結婚することとなった→〔傷あと〕2。
*女が、将来自分の夫になる男の顔を、傷つける→〔水鏡〕3bの未来の夫(日本の現代伝説『走るお婆さん』)。
『江談抄』第6-58 「車子」という名の人が生まれると自分の福が失われる、と知った男が、その生まれるべき年に、財産を運んで他国へ逃れる。旅の途中、従者の中に妊婦がいて子を生む。旅の車中で生まれたので「車子」と名づけられる。
『沙石集』巻9-10 海人の親子3人があり、毎日魚3つが釣れた。海人夫婦は、「子がいなければ、2人で魚3つを食うことができる」と考え、子を追い出した。その後、魚は2つしか釣れなくなった。
*貧乏神から逃れられない→〔貧乏神〕3の『発心集』巻7-7。
『古今著聞集』巻8「孝行恩愛」第10・通巻309話 建春門院は兵部大輔時信の娘で、はじめは後白河院に仕える女房だった。彼女は後白河院に寵愛され、産んだ男児がやがて帝位についた(=高倉天皇)。天皇即位の日、かつての同僚だった上臈女房が「このお幸せをどうお思いですか?」と尋ねると、建春門院は「前世で定められたことなので、何とも思いません」と答えた。
★2a.悪い運命が将来予想される時、その悪運を早目に終わらせてしまう。
『金枝篇』(フレイザー)第3章「共感呪術」 出生の日によって人の運勢は決まる。2月1日に男児が生まれると、彼の成長後その家は焼ける。この災難を逃れるため、彼の友人たちは、運命の機先を制して、前もって小屋を建て、それに火を放ち焼いてしまう(*マダガスカルの風習)。
*小屋を焼くのは、→〔風〕1の風の三郎さま(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)で小屋を壊すのと、同様の考え方によるのだろう。
『源氏物語』「若紫」「須磨」 18歳の光源氏は、夢解きから「将来あなたは天皇の父となる。しかしそれまでの間に、身を慎まねばならぬことがある」と、教えられた。26歳の源氏が自ら須磨に退去するのは、慎むべき運命を経験し、その後に我が子(=冷泉帝)の即位を現実化させようとしてのことである。
『源平盛衰記』巻25「はらかの奏、吉野の国栖の事」 天智天皇がまだ即位前のこと。ある人が「君は乞食(こつじき)の相おはします」と申し上げた。天智天皇は、「帝位についてから乞食となるわけにはいかない。身に備わった相(=運命)が、逃れがたいものならば、即位前にその運命を終わらせてしまおう」と考え、西国へ修行に出た。
『英草紙』第9篇「高武蔵守婢を出だして媒をなす話」 浄御原の天皇(=天武帝)は生来乞食の相があったので、「皇子時代にこの運命を終わらせてしまおう」と考え、僧は乞食に類する点があるゆえ、僧形となって廻国した。これで、大友皇子の威を避けることができた。
『今昔物語集』巻20-43 「月、大将の星を犯す」との勘文が奉られたため、右大将実頼は様々に祈りをする。しかし左大将仲平は何もせず、「自分は無能の老人。死んだとて何ほどのこともない」と言う。それを聞いた僧は、「その御心ならば必ず、三宝の御加護があろう」と感動する。その後、仲平は身に病なく、70余歳まで大臣でいた〔*『宇治拾遺物語』巻14-9に同話〕。
『十訓抄』第6-34 小野宮実資が新築の家に入った夜、火鉢の火が簾のへりに飛び、見るまに燃え広がる。実資は火を消そうとせず、家1つが焼失する。後に実資は、「僅かな走り火が、思いがけず燃え上がったのは、天の与えた災いだ。人の力で防ごうとすれば、これ以上の大事が起こるかもしれぬ」と語った。
*火事にあったため、三悪道へ堕ちずにすむ→〔火事〕7の『今昔物語集』巻5-15。
『封神演義』第10回 殷の紂王から、「西伯姫昌(=周の文王)を都・朝歌へ召す」との詔が発せられる。西伯が卦を起こして占うと、「朝歌へ行けば7年の厄がある」と出る。西伯は「これは天数である。あえて避ければ、かえって事態を悪化させるだけだ」と考え、災難を承知で朝歌へ向かう。
*死の運命をそのまま受け入れたため、死なずにすむ→〔予言〕2b。
『万葉集』巻16 3882~3891歌左注 神亀年中(724~729)、大宰府が、対馬へ食糧を運ぶ船の船頭として、百姓津麻呂を任命した。津麻呂は「自分は身体が衰え、年もとっており、航海に堪えられない。代わりに行ってほしい」と、友人の白水郎(あま)荒雄に請う。荒雄は承諾し、肥前国から対馬めざして出航する。船は暴風雨に遭って沈み、荒雄は死んでしまった。
★3b.悪い運命は、他の人や物に移すことができる。
『愚管抄』巻6 「三星合」という天変があらわれたので、慈円僧正が修法をする。「三星合」は消えるが、その間に後京極摂政良経が急死した。「後鳥羽院の大事だったはずのところ、修法により、『三星合』が後鳥羽院を良経と取り替えたのだ」と、天文博士安倍晴光が語った。また、慈円僧正が後鳥羽院のために7日間の法華経の修法を終えると、まもなく法勝寺の九重塔が落雷で焼けた。慈円は「院に変事があるはずだったのが、転じられて塔焼失の凶事に移った。これは吉事だ」と院に具申した。
*悪い病気を人にうつすことによって、自身は治癒する→〔性交〕3a。
*死の運命を他人に移し、自分は助かる→〔呪い〕5の『リング』(中田秀夫)。
『三国志演義』第34回 劉表は、玄徳の乗った馬を気に入り、譲ってもらう。ところが、臣下から「これは乗る者に崇りをなす馬です」と言われ、劉表は馬を玄徳に返す。玄徳にも、この馬には乗らぬよう忠告する者があったが、玄徳は「人の生死は定まったもの。馬には左右されぬ」と言い、乗り続ける。
*火星がもたらす災いを、自ら引き受ける→〔惑星〕2aの『史記』「宋微子世家」第8。
『子不語』巻13-339 江西省に住む江秀才が、ある日突然、水中に身を投じた。村人があわてて助け上げると、江秀才は恨みがましく言った。「私の次男は、今日の未(ひつじ)の三刻に、洞庭湖に入水する運命なのだ。わしは息子の身代わりに死のうとしたが、助けられてしまった。運命は逃れ難いものだ。息子を救ってくれる人はあるまい」。日を経て、次男が死んだとの知らせがあった。
『徒然草』第146段 明雲座主が相者(=人相見)にむかって、「私に兵仗(ひゃうぢゃう)の難(=剣難の相)がありはしないか?」と問うた。相者は、「傷害の恐れなきはずの身で、仮りにもそのようなことを思いつく、これがすでに危難の兆しである」と答えた。後に明雲座主は、矢に当たって死んだ〔*寿永2年(1183)、木曽義仲が後白河法皇の御所を攻めた時、明雲は流れ矢に当たって死んだ〕。
*病気を恐れれば病気になる→〔ハンセン病〕4の『ゲスタ・ロマノルム』132。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第17巻40ページ ワカメが曲がり角まで来た時に下駄の鼻緒が切れ、ワカメは「あーあ、運が悪いな」と言って引き返す。しかし、曲がり角の向こうには恐い顔の犬がうずくまっており、ワカメは鼻緒が切れたおかげで、犬難から逃れることができたのだった。
『不運つづきの娘』(ボーモン夫人) オーロールは、王弟アンジェニュと結婚する直前、茨で顔を傷つけて醜く腫れ上がり、結婚後も、生まれた息子がさらわれるなど、不運が続く。しかしそのおかげで、悪王フルバンの妃にされる災難や、息子を殺される災難に、遭わずにすむ。後、オーロールと王弟アンジェニュは難船して無人島に漂着するが、その不運もまた、行方不明の息子と再会するきっかけになった。
★6.幸運も不運も、平均的な確率の範囲内にあるのが望ましい。
『ぼくは神様』(藤子・F・不二雄) 神山少年はもともと運が強かったが、最近は、何でも思うようになる力を得つつあった。ある夜、宇宙確率調整機構管制官ゾロメーが現れ、「この力を得た人間は欲望にふりまわされ、例外なく皆みじめな最期を遂げている。そういう悲劇を防ぐのが、ぼくの役目だ。力を返しなさい」と言って、神山少年の悲惨な末路を夢で見せる。神山少年はゾロメーに力を返し、以後は、それまでの埋め合わせに、平均より少し運の悪い人間になった。
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