市販乗用車(公道車)との違い
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/24 06:50 UTC 版)
「レーシングカー」の記事における「市販乗用車(公道車)との違い」の解説
安全面 公道車とレーシングカーで必ず異なるのが安全装備である。たとえ「市販車無改造」を謳っていても、ロールケージや6点式シートベルトといった、安全に関する改造はあらゆる競技で必ず義務付けられる。これらの安全装備の多くはFIAや各国ASNの定めた基準をクリアしたものの採用が義務付けられるのが一般的である。 エンジンやタイヤの熱にドライバーが長時間晒されるようなレースでは、口元にホースを通してボタン一つで水分補給ができる、ドリンク機能の装着も認められる。 性能面 レーシングカー規則の多くは空力・足回り・電子制御などのチューニングやボディの軽量化などについては規制が緩い傾向にあり、実用性や快適性の一切を排除して限界まで速さを追求できる。「市販車無改造」を公称するレースでも、助手席・後部座席・エアコン・エアバッグ・防音材などの取り外しや窓ガラス・サスペンション・ブレーキパッドなどのパーツの素材を変える程度の改造は認められている場合も多く、実際には市販車そのままの戦闘力ではないことがほとんどである。こうした要素から、コーナーリングスピードやブレーキ性能では確実に市販車より優れている。 一方でエンジンに関しては安全やコスト、性能調整などの観点から、必ずしもレーシングカーの方が高出力というわけではない。LM-GTEやGT3のように高性能な市販車をベースとする規定では、規則に合わせてエンジンをデチューンしたり、ハイブリッドシステムを降ろさなければならない場合がある。逆にJAF-GTやWRカーのように、市販車のエンジンを大幅にチューンアップしたり、倍以上の大きさのエンジンに積み替えられるケースもあり、この辺りは規定によって全く異なる。 駆動形式についてもエンジンと同様で、市販車が4WDでも2WDへの換装を求められる場合や、反対に市販車が2WDでも4WD化してよい場合もある。 内装 トップカテゴリではステアリングホイールには燃料の濃さやタイヤの内圧を調節できるスイッチ・ダイヤル類が備わっていたり、ブースト圧やエンジン冷却水の温度が分かるメーターが装着されていたり、ピットとの交信機器が備わっていたりと、レースで必要なあらゆる情報把握や微調整が可能となっている。 また重量物は慣性モーメントを小さくするため、可能な限り中央かつ低めに配置される。同じ理由で座席も可能な限り下方へと下げられるため、前方下はほとんど見えないことが多い。 外装 レースの活動資金は個人の持ち出し金では限界があるため、基本的には複数の企業とのスポンサー契約が不可欠である。また限られた場所での使用となるため景観や他人の目を気にする必要はなく、エンターテイメント性に力を入れやすいため、概して派手になりやすい。いわゆる痛車のレーシングカーが近年増加しているのも、そうした事情と無関係ではない。 また派手なウィングやフェンダー、大径のホイールなどが装着されるが、これはたいてい空力面でメリットがあるためで、見た目だけのものではない(後述)。 タイヤ 詳細は「レーシングタイヤ」を参照 プロレベルのサーキット用レーシングカーは、乾いた路面では『スリックタイヤ』と呼ばれる、溝のないつるつるのタイヤを履く。雨が降っている場合は排水性の高い溝付きの『レインタイヤ』に履き替えてタイヤを使い分ける。これらはいずれも性能を発揮できる温度が異なっており、特にスリックタイヤはある程度走って熱を入れないとスピンの原因になる。 ラリーのように公道を走る競技では、タイヤも公道規則に合致するものが求められる。特にスパイクタイヤは国によって禁止か否かが異なり、禁止されている日本ではスノーラリーでもスタッドレスタイヤを装着する。 レーシングカーの構造部品で唯一地面に接しているタイヤは最も消耗の激しい部品の一つで、1度の週末で何度も交換することになる。 空力 スポーツカーを除き市販車の空力は燃費向上のため空気抵抗を低減させるのが第一となるが、レーシングカーの空力開発はこれに加えてダウンフォースをいかに得るかの戦いとなる。ダウンフォースとは空力によってマシンを地面に抑え付ける力で、レースの中でタイヤ・ブレーキの性能を限界まで引き出すために必要不可欠な要素である。ダウンフォースと空気抵抗は基本的には二律背反の概念で、コースによってはダウンフォースを少なくしてでも空気抵抗を低減するほうが速い場合もあるため、両者のバランスを調整するのはエンジニアの腕の見せどころとなる。 サスペンション コーナーを攻める必要のない市販車では、乗り心地を重視した柔らかめのサスペンションセッティングにされるのが普通である。しかしレーシングカーでは重心を下げるためにサスペンションストローク量を減らして車高を落とすため、乗り心地は硬くなる。だが無闇矢鱈に固くすると車体が跳ねてタイヤの接地性が悪くなってしまうので、少ないストローク量でしなやかに動くショックアブソーバーを用いる必要がある。これを実現するには当然高度な技術とコストが必要となる。サスペンションのセッティングは前述の空力のセッティングと併せて行われるものであり、非常に奥深いものである。 電子デバイス 現代の市販車で義務付けられているTCSやABS、ESCといった運転の補助のための電子デバイスは、トッププロのレーシングカーでは禁止されている。カテゴリによってはパワーステアリングすら禁止されている場合もある。これはドライバーにラフな運転を許さず、ドライビングテクニックのバトルを演出するためである。ただしアマチュアドライバーが乗ることが前提に開発されるグループGT3や一部のTCRでは、アマチュアが楽しみやすいようにするためや安全のためTCSとABSが認可されている。 灯火類 市販車をベースに改造する競技では基本的にヘッドライトが装着される。十分な照明設備の無い公道を走る耐久レースやラリーでは、さらに強力なヘッドライトを装着することが認められる場合もある。また公道と同じくパッシングやウィンカーを他車への合図に用いることもある。 フォーミュラカーではヘッドライトは装着しない。ただし雨天でも前方車が視認できるよう、リアにランプが装着される。 照明器具の十分に整ったオーバルコースで開催され、雨天では必ず中断されるストックカーレースでは、前後の灯火類をシールなどの装飾で済ませ、外観だけ市販車に似せている。 燃料 多くのカテゴリ(WEC、SUPER GT、スーパーフォーミュラ、ラリー系競技など)では一般に市販されているものと同じガソリンを使用するが、F1では石油会社との提携により、エネルギー密度を高めた専用のガソリンを開発している。インディカーやストックカー・ブラジルなど穀物のよく取れる南北アメリカのレースでは昨今の環境意識の高まりに合わせ、同地で生産されるバイオエタノールを100%にした燃料にするケースが増えている。 燃費 給油時間の短縮や軽量化の観点から、レーシングカーにおいても燃費が良いことは重要事項である。しかし基本的には速さを追求しているため、市販車に比べると燃費はすこぶる悪い。2014年以降ハイブリッドカー化され、一説には熱効率50%に達したとされるF1マシンであるが、300kmのコース距離に対して105kg(≒140L)の燃料制限であることから、燃費はせいぜい2km/L前後と考えられている。日本のSUPER GTのGT500・300もそれと大きく変わらないため、トップカテゴリはおよそその程度の燃費と予想できる。 市販車と同じエンジンやパワーユニットを用いたレーシングカーは市販車と同程度の燃費で走ることは理論上可能であるが、速く走らせる必要があるため燃費もその分悪化する。 価格 プライベーター(個人参戦者)に販売されるタイプのレーシングカーは、市販車から数千万円単位で異なる場合もある。グループGT3は最も顕著で、例えば日産・GT-R NISMO(2018年版)は市販車が1023万円~なのに対し、GT3仕様は6000万円と実に5000万円もの差がある。 逆に市販車に近いヤリスカップのトヨタ・ヤリスは、市販車(6速MTモデル)の最廉価グレードが154万円に対し、安全装備やレース用パーツを追加したレーシングカー仕様は217万円とその差は70万円程度に収まっている。このようにレースのレベルによってその差の大小に違いはあるが、いずれも市販車よりは高額なものとなっている。 耐久性 市販車では考えられないような速度で週末に何時間も走り回るレーシングカーだが、車体(特にモノコック)に関しては意外と耐久性は高く、数シーズン単位で用いる場合も珍しくない。ただしそれ以外のパーツ(エンジン、ブレーキパッド、サスペンションなど)については消耗品であるため、数レースもしくは1レースでの交換が基本である。トップレベルのレーシングカーは、レースが終わるたびに車体とエンジンをバラバラに解体し、消耗しているものがないかを厳しくチェックしている。もちろんひとたび大きなクラッシュやトラブルなどがあれば、たった1レースで数千万円もの車体を買い換えなければならなくなってしまうこともよくある。 公道の走行について 日本の法律では特に「レーシングカー」の走行を禁止する項目は無いが、国際自動車連盟(FIA)などの競技団体は競技車両を公道規則に合致することを求めていない、又は、公道規則に反した競技規定を求めている。このため基本的に公道を走行できないと考えたほうがよい。公道を合法的に走行できるレーシングカーは「ストリートリーガル」と呼ぶ。多種の車両の記録が比較できる単純な競技(ゼロヨンなど)では、そのような車両による記録を別に扱うこともある。 ただしラリーやラリーレイドなど、競技の一環として公道を走るものもある。これらはその地域(国や州など)の法令等に沿った保安部品やナンバープレートを装備し、排ガス基準もクリアしなければならない。公道を走っている際に速度違反や危険走行を行うと、たとえ競技中であろうと逮捕されることもあり、最悪の場合は拘留され棄権を余儀なくされる。 競技によっては86/BRZレースやD1ストリートリーガルなどナンバー付き車両での参加が前提のものもあり、そういった場合ではチューニングカーとほぼ同じものである。レース終了後公道を自走して自宅などの拠点に帰る場合はもちろん、競技によっては積載車両に乗せる場合でもマシンを公道規則に合致するように装備を戻すことが義務付けられている場合もあり、その点については技術規則をよく確認する必要がある。 最低生産台数 「市販車」と呼べるには、ある程度の数が実際に消費者に買えるものである(=量産車である)必要がある。そのため市販車を改造するレーシングカーの規定では、ベースとする市販車に最低生産台数が義務付けられている。例を挙げるとグループAなどでは年間2,500台、LM-GTEでは年間250台の生産が条件となっている。レーシングカーにすることを前提に設計されて最低生産台数を満たした市販モデルは「ホモロゲーションモデル」と呼ばれる。 車マニアには市販車からほとんど改造しない状態のレーシングカーが好まれる傾向にあるが、市販車の時点で戦闘力が高い(=高価で一般需要が少ない)ホモロゲーションモデルを量産しつつ採算を取ることは自動車メーカーにとって負担が大きいため、運営にとってもエントリーを集めづらい。そのため現在のツーリングカーレースやラリーのトップカテゴリは、安価で量産しやすい大衆車の骨格だけ残して全くの別物に改造するか、骨格すら用いず鋼管パイプフレームに市販車の外見をしたボディを被せるようなケースがほとんどである。 かつてのLM-GT1やJAF-GTにはわずか1台の公道車両の生産で(=事実上の純レーシングカーとして)参戦許可を受けられる規定や、市販されることが前提で特別認可を受けたのに結局1台も発売されなかったスポーツカーなどが多数あり、こうしたケースはマニアの間でしばし物議を醸す。
※この「市販乗用車(公道車)との違い」の解説は、「レーシングカー」の解説の一部です。
「市販乗用車(公道車)との違い」を含む「レーシングカー」の記事については、「レーシングカー」の概要を参照ください。
- 市販乗用車との違いのページへのリンク