一万円紙幣 一万円紙幣の概要

一万円紙幣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/26 09:38 UTC 版)


日本銀行券 一万円券
(日本)
価値10,000 円
76 mm
160 mm
偽造防止すかし、超細密画線など[1]
発行年2004-現在(E号券)
デザイン福沢諭吉[2]
デザイン年2004
デザイン平等院鳳凰堂鳳凰[2]
デザイン年2004

現在主に流通している2004年平成16年)発行のE号券を含め、C号券D号券の3種類が存在する。いずれも法律上有効である[3]

一万円札万札、または、一万円券万券とも呼ばれるほか、D号券とE号券の肖像より、諭吉券、諭吉とも呼ばれる。

概要

発行された背景は、第二次世界大戦敗戦後のインフレーションによりからへと日常的に使用される通貨単位が切り替わり、さらにはかつて国家予算レベルであった万の位が商取引レベルで登場し始めたためで、1958年(昭和33年)の登場後に高度経済成長の一端を担うこととなった。

原料はミツマタ(三椏)やマニラ麻などで、このうちミツマタはかつて「局納みつまた」として大蔵省印刷局(現在の国立印刷局)と生産契約を結んで栽培されていた。2005年(平成17年)までは、島根県岡山県高知県徳島県愛媛県山口県の6県の農協が生産契約を結び、局納価格は山口県を除く5県が毎年輪番で印刷局長と交渉して決定[4]されていたが、その後の過疎化、高齢化、後継者不足により生産量が激減[5]し、2010年(平成22年)ごろからはネパール中国産のミツマタの輸入で不足分を補うようになった。2016年(平成28年)時点でも国産ミツマタは、岡山県、徳島県、島根県[6]で栽培されている。

C号券

1958年(昭和33年)11月20日の大蔵省告示第237号「十二月一日から発行する日本銀行券壱万円の様式を定める件」[7]紙幣の様式が定められている。主な仕様は下記の通り[8]

  • 日本銀行券
  • 額面 壱万円(10,000円)
  • 表面 聖徳太子
  • 裏面 鳳凰
  • 印章 〈表面〉総裁之印 〈裏面〉発券局長
  • 銘板 大蔵省印刷局製造
  • 記番号仕様
    • 記番号色 黒色
    • 記番号構成 記号:英字1 - 2文字+通し番号:数字6桁+記号:英字1文字
  • 寸法 縦84 mm、横174 mm[7]
  • 製造実績
  • 発行開始日 1958年[10](昭和33年)12月1日[7]
  • 支払停止日 1986年(昭和61年)1月4日[3]
  • 有効券

1953年(昭和28年)にB壱万円券の発行方針が公表されるも、当時は通貨インフレーション発生に対する警戒感が非常に根強く一旦は断念していた[11]1955年(昭和30年)頃から神武景気と呼ばれる飛躍的な経済成長が続き、当時の最高額面のB千円券が紙幣発行高の85%を占めるようになった[12]。やがて経済成長と共に国内経済が安定しかつてのようなインフレーションの心配もほぼなくなり、更なる高額紙幣発行の反対意見も収まりを見せたことから改めて一万円紙幣と五千円紙幣の発行が決定された[12]。依然としてインフレーションや釣銭の扱い等を懸念する声があることも踏まえ、当初は一万円紙幣を先に発行予定であったところ、様子を見ながら五千円紙幣(C五千円券)から順に発行することとなった[12]

発行開始当時の大卒初任給が1万3000円程度ということもあり、当時はこのような高額紙幣は発行する必要があるのかという議論がなされ、小銭を扱う業種では釣銭への対応が難しいといった高額紙幣に対する不安があったが[13]、折しも高度経済成長が始まった時期でもあり高度経済成長の進展とともに順調に流通量が増えていった。

B千円券やC五千円券と同じく肖像は聖徳太子であり、表面右側に描かれている[12]。聖徳太子の肖像については、同じ原画を基にしているものの各券種で別に彫刻されたものであるため表情が僅かに異なっている[12]。裏面には中央の空白部分を挟んで1対の鳳凰の図柄が描かれている。裏面に描かれた鳳凰は、平等院鳳凰堂内の円柱に描かれている鳳凰模様である[12]。大型の寸法の券面のため、記番号は4ヶ所に印刷されている[12][注 1]。製造原価は11円27銭(1951年(昭和26年)時点)。

透かし奈良県生駒郡斑鳩町にある法隆寺夢殿の図柄である[12]。B号券以前の透かしよりも精緻で明瞭となったほか、B号券とは異なりその部分には印刷がされていないためこれを容易に確認できる[12]。紙幣用紙は三椏などを原料とするものであるが、洗濯機の普及により誤って洗濯機にかけられて紙幣が損傷するなどの事象が多発したため、用紙の強化を目的に尿素樹脂が添加されている[14]

B号券では製造効率の向上のためにB五十円券を除き縦方向の寸法を同じにして、横方向の寸法のみを額面金額が上がるにつれて8mm間隔で長くしていたが[15]C号券では券種識別性向上のために額面金額が上がるにつれて縦方向に4mm、横方向に5mmずつ長くする形式に変更された[16]

使用色数は、表面10色(内訳は凹版印刷による主模様2色、地模様6色、印章1色、記番号1色)、裏面5色(内訳は凹版印刷による主模様1色、地模様3色、印章1色)となっている[17][8]。新技術である多色凹版印刷が盛り込まれ[12]、凹版印刷による主模様が途中から色の変わる2色刷りとなっている[18]。地模様も印刷色が大幅に増加し、従来の券種と比較すると幾分カラフルな見た目の券面となっている[12]

沖縄本土復帰に伴う通貨交換第五次通貨交換)用の特殊記号券が存在し、記番号の英字の組み合わせのうちいくつか特定のものがこれに当たるが、その現存数は非常に少ない。

D号券

1984年(昭和59年)6月25日の大蔵省告示第76号「昭和五十九年十一月一日から発行する日本銀行券壱万円、五千円及び千円の様式を定める件」[19]で紙幣の様式が定められている。主な仕様は下記の通り[8]

  • 日本銀行券
  • 額面 壱万円(10,000円)
  • 表面 福澤諭吉(紙幣面の人名表記は新字体の「福沢諭吉」)
  • 裏面
  • 印章 〈表面〉総裁之印(ミニ改刷後は特殊発光インキ) 〈裏面〉発券局長(ミニ改刷後は特殊発光インキ)
  • 銘板 大蔵省印刷局製造/財務省印刷局製造/国立印刷局製造(製造時期により3種類あり)
  • 記番号仕様
    • 記番号色 黒色/褐色(製造時期により2種類あり)
    • 記番号構成 記号:英字1 - 2文字+通し番号:数字6桁+記号:英字1文字
  • 視覚障害者用識別マーク 丸印が横に2つ(透かし・左下隅)
  • 寸法 縦76 mm、横160 mm[19]
  • 製造実績
    • 印刷局から日本銀行への納入期間 1983年(昭和58年)4月8日[8] - 2003年(平成15年)
    • 製造枚数 [20]
      • 11,307,600,000枚[記番号:黒色]
      • 10,448,100,000枚[記番号:褐色・大蔵省銘]
      • 1,472,400,000枚[記番号:褐色・財務省銘]
      • 421,900,000枚[記番号:褐色・国立銘]
  • 発行開始日 1984年(昭和59年)11月1日[19]
  • 支払停止日 2007年(平成19年)4月2日[3]
  • 有効券

C一万円券の発行開始から20年以上が経過しC号券で使用された紙幣製造技術や偽造防止技術が陳腐化してきたことや、飛躍的な印刷技術の向上を背景に1980年代初め頃から精巧な偽造券が散見されるようになったことから、偽造防止対策強化のためにD号券が発行された[21]。D一万円券、D五千円券D千円券の3券種同時の改刷であるが[21]、日本銀行券で3券種が同日に改刷されるのは第二次世界大戦以降では初めてである。またこの頃にはATM両替機自動販売機自動券売機)といった紙幣取扱機器も広く普及し始めていたことからこれも念頭に置いたうえで改刷が行われた[21]

D号券では世界的な各額面の人物肖像に文化人が採用された[22]。世界的な傾向として国家元首政治家だけでなく、文化人も紙幣肖像に採用されるようになったことがD号券で文化人が採用された理由である[22]。一万円券の肖像には啓蒙思想家の福澤諭吉が選ばれ、表面右側に肖像が描かれている[23]。検討段階ではラフな着流し和服姿を紙幣肖像とすることに異論もあったが、福澤諭吉本人が常に和服を着用していたという事実や、本人がこの写真を気に入っていたということなどを踏まえそのまま採用されることとなった[23]。なおD号券及びE号券の人名表記は「福澤諭吉」ではなく「福諭吉」と書かれている。表面周囲の輪郭部分の唐草模様については、肖像の福澤諭吉が活躍した明治時代の洋風建築物の装飾で用いられた唐草模様を基にしたデザインとなっている[24]

裏面には中央の空白を挟んで両側に国鳥である雉のつがいを描いており、左側の立っているものが、右側の座っているものがである[25]。また券面中央の透かし部分の正円形の空白は、雉のの形状をイメージしたものである[26]。この正円形の空白の輪郭は、表裏両面で位置が一致するよう印刷されている[26]

初期の記番号は黒色で印刷されていた[19]が、1993年(平成5年)12月1日発行分から記番号の色を褐色に変更する[27]とともに、「ミニ改刷」と呼ばれる一部改造券を発行した[28]。従来のデザインはそのままに、追加でマイクロ文字特殊発光インキ紫外線照射により発光するインキであり、表面印章「総裁之印」のオレンジ色発光と、裏面印章「発券局長」の赤色発光が確認できる。)等の偽造防止技術が施されている[28]。なおミニ改刷前の黒色記番号は記番号の組み合わせを全部使い切っていなかった。

中央省庁再編及び独立行政法人化に伴う製造者の名称変更に伴い、褐色記番号の紙幣の製造者名の銘板表記については、当初は「大蔵省印刷局製造」[19]2001年(平成13年)5月14日発行分から「財務省印刷局製造」[29]2003年(平成15年)7月1日発行分から「国立印刷局製造」[30]と3度変更されている[28]

D一万円券の変遷の詳細を整理すると下表の通りとなる。下記の4タイプに分かれる。

発行開始 記番号色 マイクロ文字 印章 銘板(製造者名) 変更理由
1984年(昭和59年)11月1日[19] 黒色[19] なし[28] 特殊発光なし[28] 大蔵省印刷局製造[19]
1993年(平成5年)12月1日[27] 褐色[27] あり[28] 特殊発光あり[28] 偽造防止力向上のための様式変更(ミニ改刷)
2001年(平成13年)5月14日[29] 財務省印刷局製造[29] 製造者の組織変更
2003年(平成15年)7月1日[30] 国立印刷局製造[30] 製造者の組織変更

透かしは肖像と同じく福澤諭吉であり、従来よりも大型で白黒の階調のはっきりしたすき入れとなっている[26]視覚障害者が触覚で容易に券種を識別できるよう、表面から見て左下隅に識別マークとして点字の「う」を模した「丸印が横に2つ」透かしにより施されている[26]。透かしによる視覚障害者用識別マークは世界初である[26]

寸法については前代のC一万円券と比べて縦方向・横方向ともに小型化している[21]。これは世界的な紙幣の小型化の流れに合わせたものであるほか[21]、製造能力の向上や省資源化[31]、機械等での取扱上の利便性などを考慮したものである[32]。同時に改刷されたD号券3券種で比較すると縦方向の寸法は同じで、横方向の寸法のみを額面金額が上がるにつれて5mmずつ長くする形式となっている[21]。E一万円券以降もこのD一万円券のサイズを踏襲している。

使用色数は、表面10色(内訳は凹版印刷による主模様2色、地模様6色、印章1色、記番号1色)、裏面4色(内訳は凹版印刷による主模様1色、地模様2色、印章1色)となっている[19][8]複写機イメージスキャナなどでの色分解を困難にするため、なるべく原色を避け中間色を多用した印刷となっている[33]

2004年(平成16年)のE号券改刷の直前及び直後にD号券の偽札が相次いで発見された。


注釈

  1. ^ B号券以降の日本銀行券の中で記番号が4ヶ所に印刷されている紙幣は、この紙幣とC五千円券のみである。
  2. ^ 現在平等院鳳凰堂の中堂屋根上に取り付けられているものは複製品となっており、本物は屋内に保管展示されている。
  3. ^ マイクロ文字、特殊発光インキ、深凹版印刷、潜像模様、パールインク等。
  4. ^ 千円紙幣では前例あり。
  5. ^ このほか、E五千円券は「八角形」、D二千円券は点字の「に」を模した「丸印が縦に3つ」、E千円券は「横棒」の識別マークである。
  6. ^ B号券からE号券までの紙幣では全券種ともに製造番号の両端の英字が各1桁、つまり「A000001A」から始まっていた。「Z900000Z」まで使い果たすと左側の英字だけ「AA」と2桁に変わるが、右端の英字は必ず1桁であったため最終番号は「ZZ900000Z」となり、それを使い果たすと文字色を変更して「A000001A」に戻る形式だった。新紙幣では1桁制が廃止され両端とも初めから2桁の英字、すなわち「AA000001AA」から製造開始される形となった。
  7. ^ ただし、現在も有効券となっている紙幣を含めた場合はこの限りではない。

出典

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