KATHMANDUとは? わかりやすく解説

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カトマンズ【Kathmandu】

読み方:かとまんず

ネパール連邦民主共和国首都仏教ヒンズー教古寺院が多い。ヒマラヤ登山基地人口行政区672001)。

カトマンズの画像
ボードナート寺/撮影・xiquinhosilva http://goo.gl/3NSzs
カトマンズの画像
王宮広場撮影・xiquinhosilva http://goo.gl/rn2bH

KATHMANDU (アルバム)

(KATHMANDU から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/16 04:12 UTC 版)

『KATHMANDU』
松任谷由実スタジオ・アルバム
リリース
ジャンル J-POP
ブラックミュージック[1]
時間
レーベル EXPRESS
プロデュース 松任谷正隆
チャート最高順位
ゴールドディスク
  • ミリオン(日本レコード協会
  • 松任谷由実 アルバム 年表
    THE DANCING SUN
    (1994年)
    KATHMANDU
    (1995年)
    Cowgirl Dreamin'
    (1997年)
    Yumi Arai The Concert with old Friends
    (1996年)
    『KATHMANDU』収録のシングル
    1. 命の花
      リリース: 1995年2月20日 (未発売)
    2. 輪舞曲
      リリース: 1995年11月13日
    テンプレートを表示

    KATHMANDU』(カトマンドゥ)は、松任谷由実(ユーミン)の27枚目のオリジナルアルバム。1995年12月1日に東芝EMIからリリースされた(CD:TOCT-9300、CT:TOTT-9300)。

    概要

    タイトルの ″カトマンドゥ″ とはヒマラヤの聖地であるネパールの首都カトマンズのことを指すが[3]、このアルバムでは ″どこかにある見たことのないもの″ を指し、神秘性を出している。今回もテーマは特に決めておらず、かなりエスニックな曲もあれば、日本的なものやヨーロッパ風なもの、ケルト音楽ブラックミュージックを取り入れたものなど[1]、無国籍的雰囲気を持つ曲が多く収録されている。

    先行シングルとしてリリースされた「輪舞曲」とカップリング曲「Midnight Scarecrow」は特に表記は無いが、両曲共にシングルとは別音源になっている。

    本作の発売当時、松任谷は音楽誌のインタビューで「やっぱり懐かしさを感じる方向は北の方。人種的にモンゴリアンなのかと思う。」と発言しており、翌1996年にはモンゴルを訪れてホーミーと呼ばれるその土地独特の特殊な発声法を教わることとなる[3]

    同年12月18日から翌1996年6月23日の長期に亘り、『KATHMANDU PILGRIM』コンサートツアーが行われた[4]

    なお、本作とゴダイゴ同名の曲とは無関係である。

    収録曲

    CD

    全作詞・作曲: 松任谷由実。
    # タイトル 作詞 作曲・編曲 編曲 時間
    1. KATHMANDU 松任谷由実 松任谷由実 松任谷正隆、Jerry Hey
    2. Take me home 松任谷由実 松任谷由実 松任谷正隆
    3. 命の花 -The Flame of Love-[注釈 1] 松任谷由実 松任谷由実 松任谷正隆、熊谷幸子
    4. Baby Pink 松任谷由実 松任谷由実 松任谷正隆、Jerry Hey
    5. Delphine 松任谷由実 松任谷由実 松任谷正隆
    6. 輪舞曲(ロンド) -Rondo- 松任谷由実 松任谷由実 松任谷正隆
    7. Broken Barricade 松任谷由実 松任谷由実 松任谷正隆
    8. Midnight Scarecrow 松任谷由実 松任谷由実 松任谷正隆
    9. クロームの太陽 -The Sun Made of Chrome- 松任谷由実 松任谷由実 松任谷正隆、Jerry Hey
    10. Walk on, Walk on by 松任谷由実 松任谷由実 松任谷正隆、Jerry Hey
    11. Weaver of Love〜ORIHIME 松任谷由実 松任谷由実 松任谷正隆

    楽曲解説

    1. KATHMANDU
      ヒマラヤ山脈の麓へ滑空するイメージの下、“きみ”とともに輝く世界・未来に羽ばたこうと高らかに歌う。“きみ”とは特定の他人を指すのではなく、心の中にいる前向きな自分、とのこと。1995年度キリンラガーウィンタークラブCMソング。
    2. Take me home
      アンデス風のイントロで始まる。長い旅を経て辿り着いた先は出発地点だったという内容の楽曲。
    3. 命の花(Album Mix)
      ユーミンが言うには「アシッド演歌」である。TBS系ドラマ『私の運命』後期主題歌。元々シングルで発売される予定だったが、阪神大震災が発生した際、詞の中に地震を連想させる歌詞があったため、被災者の心情を考慮し発売中止となった。松任谷正隆は「この曲は、アルバムに収録しなくても良いのでは?」と収録をためらったが、ユーミン本人の強い意向により収録された。また、アルバムに収録されているのは、発売中止となったシングルとは異なるアルバムバージョンとなっている。同ドラマのサウンドトラックにもこの曲はインストゥルメンタルでしか収録されていない。ゲストバックコーラスは同ドラマで音楽を担当した熊谷幸子
    4. Baby Pink
    5. Delphine
      ユーミンの曲の中で2番目に長い曲(6分38秒。一番長いのは『時のないホテル』の「コンパートメント」)。
    6. 輪舞曲(ロンド)
      ユーミン談によると「やや皮肉な歌で“永遠って悲しい”がテーマ」だという。1995年日本テレビ系ドラマ『たたかうお嫁さま』(出演・松本明子橋爪功)主題歌である先行シングル。公式サイトと公式YouTubeチャンネルでプロモーションビデオが視聴可能。
    7. Broken Barricade
      バグパイプ・マーチがイントロを飾る。1995年苗場プリンスホテルCMソング。
    8. Midnight Scarecrow
      シングル「輪舞曲(ロンド)」のカップリング曲。映画『キャンプで逢いましょう』主題歌。2018年の『ユーミンからの、恋のうた。』でベストアルバムに初収録。
    9. クロームの太陽
    10. Walk on, Walk on by
      バート・バカラック風の再会ソング。現在の恋人と街を歩いているとき、歩道の向かい側にやはり2人で歩く恋人とその彼女の姿を見つけてしまう。
    11. Weaver of Love〜ORIHIME
      1996年アニメ映画『PiPi とべないホタル』主題歌。和風なアレンジが印象的なナンバーで、歌詞は七夕伝説をモチーフとし、天の川に三途の川のイメージを重ねた死別を扱っている。

    参加ミュージシャン

    • キーボード & プログラミング:松任谷正隆
    • シンセサイザー・プログラミング & オペレーティング:山中雅文
    • ドラム:John Robinson (#1, #2, #4, #7, #9, #10)
    • ハイハット & シンバル:島村英二 (#8)
    • ベース:Leland Sklar (#2, #7, #8, #11) / Nathan East (#1, #4, #9, #10)
    • エレクトリック・ギター:Paul Jackson, Jr. (#1, #4, #9) / Michael Landau (#1, #2, #7, #8) / 松原正樹 (#3, #7, #11) / Dean Parks (#2, #10)
    • アコースティック・ギター & マンドリン:Dean Parks (#2)
    • ガットギター:Dean Parks (#6)
    • ヴァイオリン:Sid Page (#2, #6)
    • トランペット:Jerry Hey、Gary Grant (#1, #4, #9, #10)
    • フリューゲルホルン:Jerry Hey、Gary Grant (#10)
    • トロンボーン:Bill Reichenbach (#1, #4, #9, #10)
    • サックス:Dan Higgins (#1, #4, #9, #10)
    • フルート:Dan Higgins (#4, #10)
    • パーカッション:Michael Fisher
    • コーラス:松任谷由実 / Cleto V. Escobedo Ⅲ、Gisa Vatcky (#1, #4) / 熊谷幸子 (#3) / 木戸泰弘、比山貴咏史、ラジ (#6)

    備考

    『KATHMANDU PILGRIM』のツアー中だった1996年1月、キリンラガービールが熱処理を廃止して生ビール化するという大転換を遂げている。生ビール化後、ツアー会場では新旧ラガーの相違点が書かれたリーフレットが配られていた。

    脚注

    注釈

    1. ^ 配信を機に本人監修のもと全曲英語表記が公式に発表された。 https://itunes.apple.com/us/album/kathmandu/1436010492

    出典

    1. ^ a b 石井 2003, p. 125
    2. ^ KATHMANDU|松任谷由実”. ORICON NEWS. oricon ME. 2024年4月6日閲覧。
    3. ^ a b 大須賀 2003, p. 124
    4. ^ KATHMANDU PILGRIM TOUR 1995-1996”. LiveFans. SKIYAKI. 2024年4月6日閲覧。

    参考資料

    • 大須賀猛:文(監修:雲母社)『地球音楽ライブラリー 松任谷由実』TOKYO FM 出版、2003年1月15日。ISBN 4-88745-077-X 
    • 石井恒:文(監修:雲母社)『地球音楽ライブラリー 松任谷由実』TOKYO FM 出版、2003年1月15日。 ISBN 4-88745-077-X 

    外部リンク

    • 松任谷由実オフィシャルサイトによる紹介ページ

    カトマンズ

    (KATHMANDU から転送)

    出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/23 09:54 UTC 版)

    カトマンズ
    काठमाडौं
    市旗 市章
    位置

    カトマンズの位置
    位置
    カトマンズ
    カトマンズ (バグマティ州)
    カトマンズ
    カトマンズ (ネパール)
    カトマンズ
    カトマンズ (西南アジア)
    カトマンズ
    カトマンズ (アジア)
    座標 : 北緯27度42分 東経85度20分 / 北緯27.700度 東経85.333度 / 27.700; 85.333
    歴史
    建設 723年
    行政
    ネパール
     州 バグマティ州
     郡 カトマンズ郡
     市 カトマンズ
    地理
    面積  
      市域 49.5 km2
    標高 1,400 m
    人口
    人口 2021年現在)
      市域 845,767人
        人口密度   17,103人/km2
    その他
    等時帯 UTC+5:45 (UTC+5:45)
    夏時間 なし

    カトマンズネパール語: काठमाडौं [kɑʈʰmɑɳɖu]、ローマ字転写:kaṭhmaḍaũ英語: Kathmandu)は、ネパール首都で最大の都市である。カトマンドゥとも呼ばれる。別名はカンティプル(Kantipur)。 2021年国勢調査の予備調査結果によると人口は約85万人[1]

    概要

    カトマンズの高台に建つスワヤンブナート主塔のブッダアイ
    カトマンズの朝市

    カトマンズ盆地は5山に囲まれ、バグマティ川、ビシュヌマティ川の2つの川が貫通し、両川に抱かれるような形でカトマンズの町は広がっている。約8000年前までは湖底であった[2][3]。カトマンズ盆地の起源は伝説によるとスワヤンブー(Swayambhu、創造者)にあり、文殊菩薩(マンジュシュリー)が旅の途中で見た湖に咲くの花にお参りするために南にある山を削り湖の水を流したところ、その後に肥沃な土地が出現し、人々が住みつくようになった。これがカトマンズ盆地の始まりであるという。それ以来、蓮の花が咲いていた丘はスワヤンブーの住む聖なる場所と崇められるに至った。スワヤンブの光はあまりにも美しく輝き眩しいために、覆われることになり、13世紀ころまでには多くの建物やストゥーパなどが建てられたり、ヒンドゥー教仏教のそれぞれの像が祀られ、僧坊寺院などの建立も相次いだ。この寺院が現在は「カトマンズの盆地」の一部としてユネスコ世界遺産に登録されているスワヤンブナートである[4]

    首都という場合、通常カトマンズ市をさすが、単にカトマンズという場合、カトマンズ盆地全体、カトマンズ郡(カトマンズ市部を含む)、あるいはカトマンズ首都圏(カトマンズ、パタンバクタプルの各市部)を指す場合もある。かつてはヒッピーのメッカであり、ヒマラヤ登山の玄関であるため多くの高名な登山家も一度は足を止める場所でもある[5]

    カトマンズ旧王宮広場ダルバール広場)の南西の隅に、一本の木(काष्ठ、カスタ)からできたという伝説をもつ祭場(मण्डप、マンダプ)がある。この建造物の名称、カスタマンダプ (काष्ठमण्डप、kashthamandap) がカトマンズの名の由来だと言われる。建立年は不明だが12世紀頃ではないかと考えられている。

    ネパールの人口は2,649万人(2011年の人口調査による)で、カトマンズ盆地には176万人が住んでいる[6][7]。残りのほとんどの人々は山村で生活している。山村に住む人たちにとってはカトマンズは憧れの土地で、カトマンズ盆地を「ネパール」と呼び、カトマンズに行くことを「ネパールに行く」という[5]

    歴史

    5世紀の仏教建築と言われるボダナート

    古代より、現在のネワール族の祖先であろうと思われる非インド・アーリヤ先住民[† 1]がこの地で生活をしてきていたが、4世紀の後半にはインド・アーリア系のリッチャヴィ朝カトマンズ盆地を征服しネパール(ネーパーラ)王国を興した[8]。リッチャヴィ朝は商業振興を図り都市経営を進めたが、王朝の衰退とともにカトマンズも衰退した[8]

    デーヴァ朝・マッラ朝時代はバクタプルがカトマンズ盆地の中心地であったが、世襲的な行政者がいたことから、都市機能は残っていた[9]1328年にはマッラ王族のアーディティヤ・マッラによって焼き払われた[9]。 その後13世紀初頭ころから、それまでのデーヴァ王族に代わりマッラ王族が台頭しはじめ、15世紀にはヤクシャ・マッラ王の死後、長男ラーヤ・マッラ王が統治するバクタプルから二男のラトナ・マッラが独立し、カトマンズ・マッラ朝を開く。17世紀にはカトマンズ・マッラ朝から独立したシッディナラシンハ・マッラパタンパタン・マッラ朝をひらいた。こうして中世後期にはカトマンズ近辺でマッラ朝の3つの王国(カトマンズ、パタン、バクタプル)がこの地を治めていた。

    カトマンズは16世紀後半にネワール文化の黄金時代を迎え、ハヌマン・ドーカ宮殿内のタレージュ寺院やハヌマン像などの建物、神像が建立された[9]

    1768年ゴルカ王のプリトビ・ナラヤン・シャハが三王国を倒し、カトマンズを首都として定めた(ゴルカ朝)。翌1769年ネパールを統一すると、ゴルカ朝は戦勝記念として、ハヌマンドーカ宮殿内にバサンタプル・バワンを建てた。なお、ネパール統一までは、「ネパール」というと「カトマンズ」を指していた。

    ラナ宰相の支配時代にラナ一族はカトマンズ市街地に「ラナ・パレス」と呼ばれる大邸宅を建て、また従者の住宅地とともに市街を北東に拡大した[10]1934年にはビハール・ネパール地震に襲われ、カトマンズの建物の多くが損壊した[10]

    王政復古・開国後は人口が1961年からの30年間で3倍に増加し、スラムの増加や旧市街地の景観的不調和などの問題も発生している[10]。また急速に都市化が進む中で、建築遺構の崩壊も進んでいる[11]

    気候

    標高1400mにあり、1年を通して温和でさわやかでも暖かい。冬季でも積雪はまれで周囲の山に雪が降ると何年振りかと話題になるほど[5]。最暖月の平均気温は24℃、最寒月の平均気温は10℃である。年降水量の約4分の3の雨が雨季に降る[12]。ケッペンの区分では、温帯夏雨気候(Cwa)に属する。

    カトマンズ(1981~2010)の気候
    1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
    平均最高気温 °C°F 19.1
    (66.4)
    21.4
    (70.5)
    25.3
    (77.5)
    28.2
    (82.8)
    28.7
    (83.7)
    29.1
    (84.4)
    28.4
    (83.1)
    28.7
    (83.7)
    28.1
    (82.6)
    26.8
    (80.2)
    23.6
    (74.5)
    20.2
    (68.4)
    25.63
    (78.15)
    平均最低気温 °C°F 2.4
    (36.3)
    4.5
    (40.1)
    8.2
    (46.8)
    11.7
    (53.1)
    15.7
    (60.3)
    19.1
    (66.4)
    20.2
    (68.4)
    20.0
    (68)
    18.5
    (65.3)
    13.4
    (56.1)
    7.8
    (46)
    3.7
    (38.7)
    12.1
    (53.79)
    降水量 mm (inch) 14.4
    (0.567)
    18.7
    (0.736)
    34.2
    (1.346)
    61.0
    (2.402)
    123.6
    (4.866)
    236.3
    (9.303)
    363.4
    (14.307)
    330.8
    (13.024)
    199.8
    (7.866)
    51.2
    (2.016)
    8.3
    (0.327)
    13.2
    (0.52)
    1,454.9
    (57.28)
    平均降雨日数 2 3 4 6 12 17 23 22 15 4 1 1 110
    出典1:Department of Hydrology and Meteorology (1981-2010) [13]
    出典2:世界気象機関国際連合)(降雨日数のみ)[14]

    交通

    • トリブバン国際空港 - 国際線、国内線とも同一空港及び滑走路を利用町の中心部からは約4km。空港から市内まではタクシーのみで協定料金となっており、800Rs(2015年現在)。観光客が多いタメル地区へは所要時間約30分。市内から空港へは交渉制だが、600Rs(2015年現在)が相場[15]
    • バス・ターミナル
    公共バス、ローカルバス - ポカラインド国境方面からのバスはニュー・バスパークへ。チベット国境のコダリからはシティ・バスパークへ到着。マイクロバスのローカルバスは市民の乗り物で、車掌の少年がドアにぶら下がりながら道路の乗客に向かって大きな声で行き先を告げていく。現地の事情が分からない観光客の場合はあらかじめ車掌に降車地を告げておけば、教えてくれる[15]
    ツーリストバス - ポカラからはタメル地区北側のレクナート・マルグから。チトワンからはカランキ・チョークに到着[15]
    • タクシー
    メーターが付いていても、現在ほぼすべてが交渉制。行き先によりほぼ相場が決まっているが、交渉次第で変動する。正規のタクシーは黒ナンバー[15]
    • テンプー
    バス同様にルートを持ち、10-12人乗りの小型オート三輪。電動のサファー・テンプ―もある。ルートごとに番号が付いているが、現地語が読めないと分かりにくい。停留所はなく、どこでも乗降できる。降りる際は天井を大きくたたく[15]
    タメル地区などに外国人観光客向けに多く残る。タメルを中心とした観光用。大通りの走行が禁止されている場所もある。交渉制だがタクシーよりも高いケースが多い[15]

    観光

    スワヤンブナート屋上の「ニルヴァーナ・レストラン」から見るカトマンズの町
    市街地から北11㎞にあるブダニールカンタ寺院

    観光業はカトマンズの主要な収入源の一つである。 王宮やヒンドゥー教仏教寺院などがあり、代表的な建造物としてスワヤンブナート寺院、国立博物館、ダルバール広場、バラジュ庭園などが知られる。17世紀の歴史的な建造物が多く残るカトマンズ盆地全体が、カトマンズの渓谷として1979年ユネスコ世界遺産に登録されている。

    市内のタメル地区には、ホテルやゲストハウスが多く集まり、バックパッカー、登山者、長期滞在者などで賑わっている。 ヒマラヤ登山を志す者はほぼここで旅の支度をする。中国チベット自治区側からは規制が厳しく、ネパール側から登る人が多い。そのためネパールの最大都市であるカトマンズで必要なものを取り揃えるのである。

    かつては、多くのマジックバスの終着地であった。

    通り・路地

    カトマンズは多くの通りや路地が複雑に入り組んでおり、地図を見ながら歩いても道に迷いやすいが、要所要所にチョークと呼ばれる通りが集まる広場があり、これを目印にして方向を確認し歩く。観光客が多く宿泊する中心地であるタメルにはタメル・チョーク(Thamel chowk)があり、土産物店、レストランが乱立する通りを南下すると10分ほどでストゥーパが建つタヒティ・チョーク(Tahiti Chowk)に出る。ここからは東西南北へと数多くの通りが放射状に出ており、南東方向のアサン・チョーク(Asan Chowk)へ抜けるとネパール人向けの雑貨店、ヤギを解体して売る肉店などが多い。アサン・チョークには5方向からの道が集結し、布地屋、野菜売りをはじめとする露天商も多く活気にあふれカトマンズらしい雰囲気が充溢している。これより南西方向のアカシュ・バイラヴ寺院のあるインドラ・チョーク(Indra Chowk)までがカトマンズで最もにぎやかな通り。途中にセート・マチェンドラナート寺院がある。インドラ・チョークから旧王宮やクマリの館があるダルバール広場までは近い[15]

    主な寺院

    その他の観光地[5]

    • ダルバール広場
    • クマリの館
    • バラジュー庭園(Balaju Water Garden)
    • ゴカルナ森(Gokarna Van)
    • ゴダヴァリ植物園(Godavari Botanical Garden)
    • インドラ・チョーク - 中世から続くバザール。両側には格子窓のはまる木造の建物がびっしり並び、道に面した1階は小さな店が並び常に人通りが絶えないもっともカトマンズらしい雰囲気を色濃く残す場所。マチェンドラナート寺院から200m[5]
    • アサン広場 - 四方八方から道が集まる小さな広場で旧市街の中心部。一角にはアンナプルナ寺院がある[5]
    • ビムセンタワー(Bhimsen Tower) - 1832年建造の白いタワーで、スンダラとも呼ばれる見張り塔。ラナ首相によって建てられた。1934年地震により損壊するがその後再建された。2004年より一般公開されている[5]

    郊外

    ブダニールカンタ村
    • ブダニールカンタ村(Budhanilkantha) - 町から北へ11km、ブダニールカンタ村にはブダニールカンタ寺院があり、四角い池に5mほどの神像が横たわる。
    • ダクシンカリ(Dakshinkali) - カトマンズから南へ約17km。カーリーを祀った寺院。女神への生贄の山羊、鶏の首が次々に切り落とされる[5]
    • ナガルコート - ヒマラヤ展望台トレッキングポイント。特に朝日のビューポイント。数多くのホテルがある[5]

    教育

    スポーツ

    国際関係

    姉妹都市・提携都市

    姉妹都市
    提携都市

    脚注

    注釈

    1. ^ キラータと呼ばれる山岳民族説とネワール族の原族であるという説がある

    出典

    1. ^ Nepal/Cities & Municipalities”. Citypopulation.de (2022年2月11日). 2022年2月25日閲覧。
    2. ^ 盆地全域に数百mの厚さの湖や河川堆積物があり、市内におけるボーリングデータでは地表から少なくとも深さ20mまでは特に軟弱な地層がある。ネパールでは1833年と1934年に100年の間隔で大きな地震が発生し、過去数百年にわたる巨大地震の空白域がカトマンズの周辺とその西部地域にある。これらから近い将来の大地震被害が心配されている。
    3. ^ 中部ヒマラヤ巨大地震とカトマンズの危機ゴンドワナ地質環境研究所
    4. ^ Visit Nepal '98公式サイト - カトマンズ(KATHMANDU)
    5. ^ a b c d e f g h i 地球の歩き方 ネパール'96-'97』(ダイヤモンド社
    6. ^ 外務省“ネパールに対する無償資金協力(カトマンズ-バクタプール間道路改修計画)に関する書簡の交換について”平成20年7月17日
    7. ^ DTACネパール観光情報局
    8. ^ a b エリア・スタディーズ(2000):33
    9. ^ a b c エリア・スタディーズ(2000):34
    10. ^ a b c エリア・スタディーズ(2000):35
    11. ^ エリア・スタディーズ(2000):41
    12. ^ 2008年度大学入試センター試験 第4問 問2
    13. ^ NORMALS FROM 1981-2010”. Department of Hydrology and Meteorology (Nepal). 2012年10月14日閲覧。
    14. ^ World Weather Information Service – Kathmandu”. UN (2011年6月). 2010年5月1日閲覧。
    15. ^ a b c d e f g 『地球の歩き方』ネパール2007-2008版 P33

    参考文献

    • 日本ネパール協会 編『ネパールを知るための60章』明石書店〈エリア・スタディーズ〉、2000年9月25日。 

    関連項目

    座標: 北緯27度42分 東経85度20分 / 北緯27.700度 東経85.333度 / 27.700; 85.333 (カトマンズ)



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