死刑廃止論の系譜とは? わかりやすく解説

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死刑廃止論の系譜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 04:04 UTC 版)

死刑存廃問題」の記事における「死刑廃止論の系譜」の解説

死刑正当な刑罰かという問題16世紀以降論争となり、トマス・モアの『ユートピア』(1516年)や、トーサンの『道徳論』(1748年)などに死刑反対考え現れている。しかし社会思想としての死刑廃止論嚆矢となったのは、イタリア啓蒙思想家チェーザレ・ベッカリーアであり、彼はルソー影響のもと、社会契約根拠死刑否定したことで知られるベッカリーアは『犯罪と刑罰』(1764年)において、「どうして各人のさし出した最小の自由の割前中に生命の自由-あらゆる財産中でもっとも大きな財産である生命の自由もふくまれるという解釈ができるのだろうか? …人間がみずからを殺す権利がないのなら、その権利他人に、-たとえそれが社会であったとしても-ゆずり渡すことはできないはずだ。」と述べている。すなわち、社会契約当事者である国民は、自分生命放棄するような約束を予め結ぶということはありえないのだから、死刑制度無効であり、(国家平時においては廃止すべきというのがその趣旨である。また彼は、刑事政策上の理由からも反対論述べ死刑抑止効果において終身刑に劣るものだと主張した。「刑罰が正当であるためには、人々犯罪思い止まらせる十分なだけの厳格さをもてばいいのだ。そして犯罪から期待するいくらか利得と、永久に自由を失うこととを比較判断できないような人間いないだろう」。さらに彼は、死刑残酷な行為の手本となり社会的に有害でもあるとも述べている。 『犯罪と刑罰』は当初匿名出版されたが、ただちに大きな論議巻き起こしたその背景には、当時ヨーロッパにおける刑事法一般に抑圧的であり、その運用恣意的だったことがある考えられている。司法原則として法の下の平等事実上存在せず犯罪者社会的地位縁故人間関係がもっと処遇左右したと言われるこうした状況一般へ人々の不満もあり、『犯罪と刑罰』は翻訳されヨーロッパ各地読まれ、のちの立法刑法思想多大な影響与えたちなみにベッカリーア思想最初に実現したのは、トスカーナ大公国啓蒙専制君主レオポルド1世大公(後の神聖ローマ皇帝レオポルト2世)である。レオポルド即位した1765年死刑執行停止し1786年には死刑そのものを完全に廃止した。 この時代には他にも、ディドロ『自然の法典』(1755年)、ゾンネンフェルス(1764年論文)、トマソ・ナタレ『刑罰効果及び必要に関す政策的研究』(1772年)等が死刑刑罰としての有効性疑問述べ廃止主張している。 19世紀には文学領域死刑廃止の声があがりはじめ、ヴィクトル・ユゴーの『死刑囚最後の日』(1829年)が反響呼んだ。またロマン派詩人政治家ラマルティーヌ廃止主張しドストエフスキーの『白痴』(1868年)、トルストイ『戦争と平和』1865年 - 1869年)なども作品中死刑取りあげて、廃止論影響与えたイギリス社会改革主義であったベンサムは、刑罰においてはパノプティコン考案者として知られる。彼は死刑に関して功利主義立場からプラス面マイナス面とを比較検討したベンサムによれば死刑戒めとしての効果人々による支持といったプラス面よりも、死刑犯罪者による被害者への賠償不可能にすることや、誤判による死刑回復不可能性といったマイナス面の方が大きいとされるベンサムはこうした比較により、死刑より終身労役刑の方が社会にとっての利益大きいと結論づけ、死刑廃止主張したドイツフランツ・フォン・リストは、ロンブローゾら「イタリア学派」のとなえる生物学的観点のみによる犯罪原因説を否認し、そこに社会学的視点加え、さらに刑法における目的思想重要視した。すなわち応報刑では犯罪抑止できない考え法益保護法秩序維持目的とし、社会犯罪行為から防衛しながら犯罪者による再度犯罪予防することを重視するリストとその弟子達はここから目的刑という新し刑法学体系生み出し近代学派新派)の理論完成させた。応報刑旧派目的刑の新派対立現代まで続いているが、目的刑を取る刑法学者通常死刑廃止主張している。 20世紀になると、またリスト学んだモリッツ・リープマンとロイ・カルバートが死刑廃止主張した。リープマンはカールフィンガーらと死刑存廃めぐって論争し死刑犯人を法の主体として認めず、単に破壊客体として扱うことを問題として指摘したエドウィン・H・サザーランドや『合衆国における死刑』(1919年)を書いたレイモンド・T・ブイ死刑廃止唱えた作家カミュ(『ギロチン1957年)も死刑反対している。 キリスト教的な立場からは、19世紀初頭フリードリヒ・シュライアマハーシュライアーマッハー)が、20世紀にはカール・バルトらの神学者国家の役割限定するという立場から死刑廃止主張したバルトによれば刑罰基礎づける理論通常犯罪者更生犯罪行為償い社会安全保障、の何れかに収まるが、死刑何れとも齟齬をきたす。死刑はまず「犯罪者更生」を放棄するが、社会には、その構成員を秩序へと呼び戻す努力をする義務があるとバルトは言う。第二に、「犯罪行為償い」とは、神の応報的正義地上的・人間的表現である。しかしあらゆる人間過ち対する神の応報的正義は、バルトによればキリスト教ではイエスの死をもって終わっており、刑罰は生を否定しないものでなければならない。そして「社会安全保障」については、犯罪者抹殺社会自己矛盾陥れるバルト述べる。すなわち、社会制度はつねに暫定的相対的なものとして修正可能性担保すべきであり、死刑においてはそうした可能性排除されるため、社会はむしろ市民の安全を侵害する可能性を常にはらむことになる。こうしてバルト一国制度としての死刑には反対するが、その他方特殊な条件下での死刑擁護している。バルト主張によれば戦時下での売国行為国家危機陥れる独裁者ヒトラー念頭に置いている)の二者に関しては、限界状況にある国家正当防衛という理由から、死刑犯罪者殺害)は「神の誡めありうるとされる近年では、ジャック・デリダ死刑廃止論思想的検討をしている。デリダによれば死刑とは刑法の一項目にとどまらず、法そのもの基礎づける条件でもある。それは死刑が元々、主権概念と深い関わりをもっているからである。シュミットによれば主権はかつての宗教的権威から国家へと受け継がれたが、これは法の上にあって例外状態決定し、(恩赦のように)法を一時停止する権限であり、生殺与奪の最高の権限でもある。廃止論に立つには、こうした主権そのもの問題にする必要があると、デリダは言う。現在の死刑廃止論は、彼によれば政治的に脆弱である。まずベッカリーアならって戦時例外認めタイプ廃止論は、今日的状況太刀打ちできない。何故なら、たとえば戦争テロとの境目があらかじめ明確でないような状況では、緊急時平常時境界線恣意的引けるからである。同じくベッカリーア由来の、死刑抑止力がないから廃止すべきだという主張も、限られた説得力しか持たないこうした功利主義的な主張は、「法を犯した者は罰せられるべきだから罰せられるべきなのだ」といった、人間の尊厳訴えカント的な定言命法乗り越えられないからである。国際機関による決議提言も、上記のような国家主権原理例外問題の前でつねに頓挫している。こうした点から、これまでの廃止論言説大幅に改善していく余地があるとデリダ述べている。 死刑制度存続賛成派は、その目的として犯罪予定する者への威嚇効果、つまり(殺人などの凶悪事件犯罪抑止ないし犯罪抑止力。または人権剥奪され被害者ないしその遺族救済つまるところ報復代行)などを根拠死刑維持 すべきとするまた、死刑制度廃止派はたとえ人命奪った凶悪な犯罪者であっても人権はあり、死刑そのもの自体永久にこの世から存在抹殺する残虐な刑であり、国家による殺人合法的に行うことであり是認できない刑事裁判誤判による冤罪による処刑を完全に防ぎきれない、などを根拠廃止すべきと主張する現在に至るまで死刑存置論と死刑廃止論めぐって激しく対立しているが、どちらの主張正しいかを客観的に判断することは誰にもできない問題である。また論理的でない感情論場合によっては入るため、現実として問題解決ありえないかもしれない。そのため、死刑制度存続するにしても廃止するにしても法学のみならず死刑制度存在どのように見るかで大きくわるものであり、そのため法学のみならず思想的かつ宗教的な問題哲学など様々な主義主張交錯しており、犯罪被害者ないし犯罪者双方人間生命についてどう考えるかという根本的な課題 であるといえる近年ではイスラム教徒によるテロ相次いだことを背景として、「死刑復活論」という新たな運動がある。

※この「死刑廃止論の系譜」の解説は、「死刑存廃問題」の解説の一部です。
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