デリダ【Jacques Derrida】
デリダ
ジャック・デリダ
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ジャック・デリダ(Jacques Derrida, 1930年7月15日 - 2004年10月9日)は、フランスの哲学者である。フランス領アルジェリア出身のユダヤ系フランス人。一般にポスト構造主義の代表的哲学者と位置づけられている。エクリチュール(書かれたもの、書法、書く行為)の特質、差異に着目し、脱構築(ディコンストラクション)、散種、差延等の概念などで知られる。エトムント・フッサールの現象学に関する研究から出発し、フリードリヒ・ニーチェやマルティン・ハイデッガーの哲学を批判的に継承し発展させた。哲学のみではなく、文学、建築、演劇など多方面に影響を与えた。またヨーロッパだけでなくアメリカ、日本など広範囲に影響を与えた。国際哲学コレージュの初代議長でもある。
- 1 ジャック・デリダとは
- 2 ジャック・デリダの概要
デリダ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/27 03:35 UTC 版)
「ユルゲン・ハーバーマス」の記事における「デリダ」の解説
『近代の哲学的ディスクルス』(1985年)において、ジャック・デリダとジョン・サールの論争に触れ、サールの言語行為論を支持した上で、デリダとデリダ派を批判した。彼によれば、ポストモダンの思想は、ヘーゲル右派の潮流をくむ「新保守主義」とニーチェの潮流とする「美的アナキズム」に大きく分かれ、後者はさらにバタイユ、ラカン、フーコーらの「懐疑的科学」の潮流と、ハイデッガー、デリダの「形而上学批判」の潮流に分かれるが、美的アナキズムは、近代の理性が自らの足元を攻撃し、掘り崩すという自己関係的な批判を楽しんでいるだけでなのである。理性を批判する反理性の言説も理性によりなされるのである。
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デリダ
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「ハンス・ゲオルク・ガダマー」の記事における「デリダ」の解説
ガダマーが1981年にフランス・パリのドイツ文化センターで「テクストと解釈」との題で講演を行うと、翌日、ジャック・デリダがコメント「権力への善き意志」などを発表し、その後ガダマーがデリダに反論を行い論争にいたった。ガダマーは、解釈においては、読み手と書き手には互いに理解し合おうとする「よき意志」が必要であるとしたのにたいして、デリダは、ガダマーのいう「善き意志」は、イマヌエル・カントの善意志と同じく、意志を絶対的・最終的な審級とする意志の形而上学ではないかと批判し、「あらかじめ暴力を行使すること」とした。デリダは、『署名を解釈する(ニーチェ/ハイデガー)』において、ガダマーが理解において前提する「完全性の先行把握」の概念を批判する。デリダによれば、ハイデガーがニーチェを解釈したように、善き意志・完全性の先行把握により、テクストの意味を統一してしまうのであれば、それは西洋のロゴス中心主義によって多様にあり得る意味が切り捨てられてしまうのである。
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