出身成分の三階層
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1950年に始まった朝鮮戦争は、金日成が仕掛けた戦争ではあったが、おびただしい数の死傷者、都市は爆撃で廃墟となり、農村は荒廃し、人びとは物資の欠乏と飢えに苦しみ、得たものは何もなかった。民衆の指導部に対する怨嗟の念は強く、金日成は1953年以降、指導部内部に「アメリカ帝国主義のスパイ」がいるとして、朴憲永や李承燁、林和といった越北した幹部12名をでっち上げ裁判で有罪とし、スパイの濡れ衣を着せて処刑した。1955年4月には「階級の敵を憎悪せよ」「彼らと断固として闘え」との演説をおこない、体制の動揺を「階級闘争」に転嫁し、党員大衆をして「全人民的反スパイ闘争の先頭」に立たしめるよう結論づけた。すでに金日成によって階級敵は粛清されていたにもかかわらず階級敵はいるのだとされ、あらゆる力を動員して闘うことを求めたのである。 金日成の側近で兄の金英柱が主導してつくったとされる「出身成分」は、家系を三代前まで遡って調査し、金日成や金正日への忠誠度の順に「3大階層51個分類」に分類されている。3大階層とは「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」の3つであり、51個分類とは、各階層内における分類である。青山健熙によれば、出身成分の規定は「内閣149号」に基づいているという。 原則的には階層間の移動がないため、北朝鮮は牢固な階級制にもとづく身分社会であり、ここに社会主義の一党独裁とは次元の異なる「金王朝」という専制体制が現出する。萩原遼は「封建社会の身分制度を何十倍も悪くしたような徹底した身分制度」と評している。青山健熙は、大学の同級生で頭脳明晰で非凡な記憶力を持ち、予習や復習をまったくしなくても常に首席であった学生が、かつて先祖が領地を所有する両班だったため強制退学させられたことを記している。その反対に、「核心階層」でありさえすれば、能力がなくても厚遇され、権力の座に就くことができる。 出身成分の分類核心階層(かくしんかいそう)解放(1945年8月15日)以前からの労働者 解放以前において小作をしていた貧農、先祖代々の雇農 共同農場・集団農場所属の農民 解放後に高等教育を受けた知識人、解放後に事務員となった者 朝鮮労働党員(元日本共産党員を含む) 革命遺家族:抗日戦争(パルチザン)での犠牲者の遺族 愛国烈士遺家族:祖国解放戦争(朝鮮戦争の北朝鮮における呼称)での犠牲者の遺族 被殺者遺家族:祖国解放戦争で、大韓民国国軍や国連軍に虐殺された者の遺族 戦死者遺家族:祖国解放戦争での戦死者の遺族 後方家族(朝鮮人民軍現役将校の家族)、栄誉軍人(祖国解放戦争での傷痍軍人) 動揺階層(どうようかいそう)解放以前の小・中商人・知識階層の労働者 解放以前における手工業者、移動営業だった小職人、店舗を有していた中職人 解放以前において他人を雇用したことのある富農、自作農だった中農 小規模な下層接客業者、雇用経験のある中産層接客業者、民族資本家 核心階層だったが祖国解放戦争時に越南した者の家族、越南して労働者・農民になった者の家族 祖国解放戦争時に敵に服務した者およびその家族 朝鮮労働党を除名、あるいは免職された者 刑期を満了した政治犯、経済事犯(出所者も含む) スパイ関係者、逮捕・投獄された者の家族 建国後に処断された者の家族、安逸・不和・放蕩した者 接待婦および迷信崇拝者(占い師、巫女、娼婦など) 儒教の信者、元天道教青友党員、無党派層、中国からの帰還民(朝鮮労働党員は除く) 日本からの帰還民(在日朝鮮人の帰還事業)、解放後の外国留学経験者または解放以前に養成された知識人 敵対階層(てきたいかいそう)日帝(日本統治時代の朝鮮)の行政機関(朝鮮総督府など)に勤務していた反動官僚の輩 産業国有化で財産を没収された資本家 土地改革時に5ヘクタール以上の土地を所有していた、または精米所を有した地主 親日・親米分子 富農、地主、親日・親米分子かつ、越南した者(脱北者)の家族 元朝鮮民主党員、解放後の入北者(元日本共産党員を除く) キリスト教(プロテスタント)の信者、天主教(カトリック教会)の信者、仏教の信者 哲学者、反党・反革命宗派分子 戦後、日本から移住した在日朝鮮人帰国者は、大半が「敵対階層」に、ごく少数が「動揺階層」の最下層に組み込まれ、徹底的に差別され、虐待されてきた。 現在の最高指導者である金正恩の母親である高英姫は、本来「動揺階層」か「敵対階層」に該当する在日朝鮮人であり、北朝鮮ではタブーとなっている。金正恩は結局、自分の生母がだれなのかを明示できない状態となっており、これは金正恩体制のアキレス腱となる可能性を内包しているとの指摘がある。 三階層は、以下の通りである。 「核心階層」 主体思想に身も心も染まっている階層とされ、外も中も赤いことから、隠語として「トマト階層」と呼ばれることがある。 人口のおよそ3割を占める。国・国家体制に忠誠を尽くす存在と見なされ、特権階級として数多くの恩恵を受ける。 平壌に住めるのは特権階級である核心階層だけであるといわれるが、その生活は生涯安泰というわけではなく、朝鮮労働党を除名された者は動揺階層に降格される。政争によって転落する可能性もあり、朝鮮人民軍の将校の息子が北朝鮮で禁止されているポルノ映画を撮影したため、出演した女優とともに絞首刑に処せられたことがあったという。 北朝鮮の工作員であったる安明進によれば、「苦難の行軍」と呼ばれる1990年代後半の大飢饉の際、金正日国防委員長は「反乱が起きたら全部殺せ。餓死者は死なせておけばいい。私には2千百万全部の朝鮮人民が必要なのではなく、百万の党員がいればいいんだ」と発言したという。結論をいえば、金正日は餓死者を救うことができたのにかかわらず、むしろ、それを意図的におこなわない「餓死政策」を展開したということができる。 「動揺階層」 主体思想はうわべだけの階層とみなされ、外が赤いが中は赤くないことから「リンゴ階層」と呼ばれることがある。朝鮮労働党を除名された者も含まれる。 人口の約5割を占める。日本の植民地支配に積極的に反抗しなかった人たちの家族もここに含まれる。将来、国や国家体制への忠誠を覆す可能性があるとみなされ、監視の対象になる上に職場での昇進でも上限線が科せられる。しかし、国への忠誠度が高いと判断される場合には優遇措置を得られる。 大学進学の機会は与えられるが、党員や党幹部、人民軍の将校にはなれない。 「敵対階層」 主体思想になじめない階層とみなされ、外も中も赤くないことから「ブドウ階層」や「梨階層」などと呼ばれる。 人口の約20パーセントを占めている。この階層は文字通り「敵」であり、金日成は「社会主義に反対する敵対階級とはいかなる妥協もしてはならない」と述べている。本人の能力や素行とは関係なく国に反抗する可能性が高いと見なされ、特別監視と差別的待遇の対象とされる。平壌など主要都市への居住は不可能とされ、朝鮮労働党への入党や朝鮮人民軍の入隊も許されず、高等教育機関への進学の道は完全に閉ざされている。脱北して韓国に逃げた家族・親族がいる人は敵対階層に分類される。不思議なことに、朝鮮戦争の際に朝鮮人民軍と合流して南から北へ渡った人もここに含まれる。 金一家の地方視察の際に動員されて沿道で歓迎する群衆からも排除され、その時は家のなかに引きこもっていなければならない。首領一家に危害を加えるかもしれないと疑われている人びとである。 「敵対階層」に属する人びとは生涯、炭鉱や鉱山、農村などでの重労働を負わなければならない。また、些細なことで「政治犯」とされることがあり、その場合、炭坑地区などへの強制居住や強制収容所への送致が課される。
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