美学 美学の概要

美学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/23 17:14 UTC 版)

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19世紀後半のドイツでは、美学から芸術の研究を独立させようと、芸術学(げいじゅつがく、: Kunstwissenschaft: science of art)が提唱された。その後、美学は一般芸術学の主張を取り入れて変化し、今日では美学が哲学的であるのに対して、科学的・実証的な芸術研究を指して、芸術学と呼ぶようになってきている[2]

概要

伝統的に美学は「美とは何か」という美の本質、「どのようなものが美しいのか」という美の基準、「美は何のためにあるのか」という美の価値を問題として取り組んできた。科学的に言えば、感覚的かつ感情価値を扱う学問でもあり、ときに美的判断[3]そのものを指すこともある。より広義には、この分野の研究者たちによって、美学は「芸術文化及び自然に関する批評的考察」であるとも位置づけられる[4]

美学が一つの学問として成立した歴史的背景には、18世紀に啓蒙主義の思想と自然科学の確立に伴って表面化した科学認識と美的もしくは感覚認識の相違が認められたことと関係している。バウムガルテン理性認識に対して感性認識に固有の論理を認め、学問としての美学を形作った。後にカントは美学の研究について美的判断を行う能力としての趣味を検討し、趣味を支配する普遍的な原理は存在しないことから、美学を美そのものの学問ではなく美に対する批判の学問として位置づけた。ここから美学はシラーシェリングヘーゲルなどにより展開された美に対する哲学的批判へと焦点が移行するが、19世紀から20世紀にかけて美の概念そのものの探究から個別の美的経験や芸術領域、もしくは芸術と他の人間活動との関係にも考察が及んでいる。

なお、日本語の「美学」は、本来の意味から転じて勝敗利害を超越した信念の持ち主を評するときに用いられることがある(「美学を感じさせる指し手」など)。たとえば囲碁棋士大竹英雄棋風は「大竹美学」と称されるが、別に大竹が哲学者を兼ねているわけではない。

西洋における美学

名称

「美学」という術語が生まれたのは18世紀中葉でありドイツの哲学者アレクサンダー・バウムガルテンが用いたaesthetica(日本語に直訳すると感性学)に由来している[5]

バウムガルテンは1735年の著書で、美学に新しい概念を与えた[6]。彼が1750年に『美学』 (Aesthetica) を出版したことが、美学が哲学の一領域として定式化される一つの契機となった(バウムガルテンは、最初の著作『詩についての哲学的省察』の中で既に、の美学的価値の原理的考察を思考する学として aesthetica という学を予告している)。

この aesthetica という語は、古典ギリシア語 αἴσθησις(aisthesis)の形容詞 αἰσθητικ-ός(aisthtike)をラテン語化したもので、二つの語義を持っていた。一つは「感性的なるもの」であり、他方は、「学問」(episteme)という語が省略(ギリシア語での慣例による)された語義である「感性学」である。

バウムガルテンがどちらの意味でこの語を使用しているかはその諸著においても曖昧であるが、遅くとも『美学』以降では、後者の意、さらに詳しく言えば「感性的認識論 scientia cognitionis sensitivae」の意で用いていることは明らかである。

バウムガルテンによれば「美は感性的認識の完全性」(『美学』14節)であるから、aesthetica(「感性的認識論」)は「美について考察する学 ars pulcre cogitandi」(同1節)である。一方、「完全な感性的言語 oratio sensitiva perfecta」(「詩」を指している)を典型とする芸術一般は美にかかわるから、aesthetica は「芸術理論 theoria artium liberalium」(同1節)である。

( aesthetica = 感性的認識論 = 美について考察する学 = 芸術理論 )

バウムガルテンの体系においては、美や芸術に関する学的考察である感性的認識論は、理性的認識論との対比において「疑似理性の学 ars analogi rationis」であり、「下位の認識論 gnoseologia inferior」(同1節)として位置づけられた。

歴史

ギリシャ・ローマ時代には美学という明確な術語が存在しなかった[5]。古代にも美と芸術は存在論、形而上学、倫理学、技術論などから捉えられたが巨視的な考察は乏しかった[5]。また、古代における美学の捉え方は特定の局面の断片的または個別的なものにとどまっていたと考えられており組織的な考察は行われてはいなかった[5]

体系化された美学の淵源はプラトンにまで遡る。イマヌエル・カントの『判断力批判』、シェリングの『芸術の哲学』講義、ヘーゲルの『美学』講義などを経て、フィードラー(de:Konrad Fiedler)の「上からの美学」批判を受け、現代に至る。現代美学において特筆すべきは、・実存主義分析哲学ポスト構造主義によるアプローチであろう。

バウムガルテンの「美学」

バウムガルテン(A.G.Baumgarten,1714-62)は、ライプニッツヴォルフ学派の系統に属す。「美学」(aesthetics/英)という学問の名称は、彼が、「感性」を表すギリシャ語から作ったラテン語の造語「Aesthetica」に由来する。彼はフランクフルト大学で1742年からこの「美学」の講義を始め、その後も再度の講義要請があったことから、もとの講義内容に若干の加筆修正を行い、これをラテン語で出版した。『美学(Aesthetica)』第1巻は1750年、更に第2巻が1758年に出版された。

引用

美学(自由学芸の理論、下級認識論、美しく思いをなす技術、理性類似物の技術)は、感性的認識学の学である。(第1節)

美学の目的は、感性的認識そのものの完全性にある。然るに、この完全性とは美である。そして、感性的認識そのものの不完全性は避けられねばならず、この不完全性は醜である。(第14節)

美学の出発点は、知性的認識の学としての論理学を感性的認識の学で補完することにあった。




  1. ^ 美学が日本に輸入された際の訳語の確定までの経緯については、浜下昌宏「森鴎外『審美学』の研究(1)ー序説」, "Studies" 45(1), pp.69-78 (神戸女学院大学, 1998年7月) を参照。西周中江兆民らも各々「善美学」「佳趣論」等の訳語を創出した。なお、明治14年(1881年)初版の井上哲次郎編『哲学字彙』(東洋館)では、美学の訳語として「美妙学」が採用されていた。
  2. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ). “芸術学” (日本語). コトバンク. 2019年6月27日閲覧。
  3. ^ Aesthetic Judgment "Stanford Encycropedia of Philisophy"(SEP)中の項目。(英語)
  4. ^ Kelly, Michael(1998) p. ix を参照。
  5. ^ a b c d 今道友信 編『講座 美学 I』、1984年、24頁。
  6. ^ title= Values of Beauty: Historical Essays in Aesthetics |year=2005 |publisher= Cambridge University Press |isbn= 978-0-521-60669-1 |url=[ https://archive.org/details/valuesofbeautyhi00guye]
  7. ^ 1118-1190。平安末期から鎌倉初期の歌人


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