セメント セメントの概要

セメント

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/07 15:13 UTC 版)

セメントを投入、混合攪拌する様子

本項では、モルタルコンクリートとして使用される、ポルトランドセメントや混合セメントなどの水硬性セメント(狭義の「セメント」)について記述する。

歴史

セメントの利用は古く、古代エジプトピラミッドにもモルタルとして使用されたセメント(気硬性セメント)が残っている。水酸化カルシウムポゾラン英語版を混合すると水硬性を有するようになることが発見されたのがいつごろなのかは不明だが、古代ギリシア古代ローマの時代になると、凝灰岩の分解物を添加した水硬性セメントが水中工事道路工事などに用いられるようになった[2]。そういった時代には自然に産出するポゾラン(火山土や軽石)や人工ポゾラン(焼成した粘土陶器片など)を使っていた。ローマパンテオンカラカラ浴場など、現存する古代ローマの建物にもそのようなコンクリートローマン・コンクリート)が使われている[3]

ローマ水道にも水硬性セメントが多用されている[4]。ところが、中世になるとヨーロッパでは水硬性セメントによるコンクリートが使われなくなり、や石の芯を埋めるのに弱いセメントが使われる程度になった。

現代的な水硬性セメントは、産業革命と共に開発され始めた。これには以下の3つの必要性が影響している。

産業革命時代に急成長を遂げたイギリスでは、建築用のよい石材の価格が上がったため、高級な建物であってもレンガ造りにして表面を漆喰で塗り固めて石のように見せかけるのが一般化した。このため水硬性の石灰が重宝されたが、固まるまでの時間をより短くする必要性から新たなセメントの開発が促進された。中でもパーカーのローマンセメントが有名である[5]。これはジェームズ・パーカー英語版1780年代発明し、1796年特許を取得した。それは実際には古代ローマで使われていたセメントとは異なるが、粘土質の石灰石を1000 - 1100 と推定される高温で焼成し、その塊を粉砕して粉末としたセメントであり、天然原料をそのまま使っていた。これをと混ぜたものがモルタルとなり、5分から15分で固まった。このローマンセメントの成功を受けて、粘土と石灰を人工的に配合して焼成してセメントを作ろうとする者が何人も現れた。

イギリス海峡の三代目エディストン灯台の建設(1755年 - 1759年)では、満潮と満潮の間の12時間で素早く固まる上に、ある程度の強度を発揮する水硬性モルタルが必要とされた。この時土木工学者のジョン・スミートン生産現場にも出向き、入手可能な水硬性石灰の調査を徹底的に行ったことで石灰の「水硬性」は原料の石灰岩に含まれる粘土成分の比率と直接関係していることに気づいた。しかし土木工学者のスミートンはこの発見をさらに研究することはなかった。この原理19世紀に入ってルイ・ヴィカーにより再発見されたが、明らかに彼はスミートンの業績を知らなかったと思われる。1817年、ヴィカーは石灰と粘土を混合し、それを焼成して「人工セメント」を生産した。ジェームズ・フロスト[6]はイギリスで「ブリティッシュセメント」と呼ばれるほぼ同じ製法のセメントを同時期に開発したが、特許を取得したのは1822年だった。1824年、イギリス・リーズ煉瓦積職人ジョセフ・アスプディンが同様の製法について特許を取得した。イングランドのポートランド石色調に似ていたことから、Portland cementと命名した。このポルトランドセメントは今日のセメントの主流であり、単にセメントと言った場合、このポルトランドセメントを指すことが多い。

これらの製品は石灰とポゾランによるコンクリートに比べると、固まる時間が速すぎ(施工可能な時間が不十分)固まった直後の強度が不十分だった(型枠を外すのに数週間かかる)。天然セメントも人工セメントも、その強度は含有するビーライト(Ca2SiO4)の比率に依存する。ビーライトによる強度は徐々に高まっていく。1,250 ℃ 以下で焼成されているため、現代のセメントで素早く強度を発揮するエーライト(Ca3SiO5)を含んでいない。エーライトを常に含有するセメントを初めて製造したのは、ジョセフ・アスプディンの息子ウィリアム・アスプディンで、1840年代のことである。こちらが今日も使われているポルトランドセメントと同じものである。ウィリアム・アスプディンの製法には謎があったため、ヴィカーやI・C・ジョンソンが発明者だとされていたが、ウィリアムがケントのノースフリートで作ったコンクリートやセメントに関する最近の調査[7]で、エーライトをベースとしたセメントであることが判明した。しかしウィリアム・アスプディンの製法は「大雑把」なもので、現代的セメントの化学的基盤を確立したのはヴィカーと言っていい。またジョンソンは、混合物をの中で焼成することの重要性を確立した。

ウィリアム・アスプディンの行った改良による製法では(が集めるのに苦労していた)石灰をより多く必要とし、窯の温度もより高くする必要があり(そのため燃料も多く消費する)、出来上がったクリンカーは硬すぎて石がすぐに磨り減ってしまうという問題があった(当時、クリンカーを粉にする方法は石臼しかなかった)。このため製造コストがかなり高くなったが、その製品は適度にゆっくり硬くなり、固まると即座に強度を発揮するもので、製造過程にデメリットがたくさんあっても用途が格段に広がった。1850年代以降、コンクリートが建築にどんどん使われるようになり、セメントの用途のほとんどを占めるようになった。

日本では、幕末の頃にフランス製のポルトランドセメントを輸入したのが最初とされる。 1875年明治8年)、日本で最初の官営セメント会社である深川セメント製造所にて、当時の工部省技術官宇都宮三郎がポルトランドセメントの製造に成功した。その後、1884年にこの工場は民間に払い下げとなり、日本セメント(現在の太平洋セメント)となった。また、1881年には山口県小野田市に、民営セメント工場として最初のセメント製造会社小野田セメント(現在の太平洋セメント)が誕生した。当時の生産高は両工場で月産約230t程度であった。1924年10月5日、18社構成のセメント連合会が設立され、生産制限・販売協定を実施した。

種類

セメントは、「ポルトランドセメント」、ポルトランドセメントを主体として混合材料を混ぜ合わせた「混合セメント」、その他の「特殊セメント」の3つに大別される。2018年に国内で生産したセメントのうち、75%がポルトランドセメント、24%が混合セメントであった[8]

ポルトランドセメント

ポルトランドセメントには、用途に合わせた品質・性質の異なる種類がある。一般的な工事・構造物に使用される「普通ポルトランドセメント」、短期間で高い強度を発現する「早強ポルトランドセメント」、水和熱が低い「中庸熱ポルトランドセメント」、セメントよりも白色である「白色ポルトランドセメント」が主な種類である。

混合セメント

高炉セメント
製鉄所銑鉄製造工程である高炉から生成する副産物である高炉スラグの微粉末とポルトランドセメントを混合したセメントである。高炉スラグには、セメントの水和反応で発生した水酸化カルシウムなどのアルカリ性物質や石膏などの刺激により水和・硬化する性質がある。そのため高炉セメントは、初期強度は普通ポルトランドセメントよりも低いが、この性質により長期にわたって強度が増進し、長期強度は普通ポルトランドセメントを上回る場合もある[9]海水化学物質に対する抵抗性に優れ[9]港湾ダムなどの大型土木工事に使用される[9]
JISでは JIS R 5211 で規定され、高炉スラグの分量により A種 (5 - 30 %)、B種 (30 - 60 %)、C種 (60% - 70 %) に分類される。
ドイツでは20世紀の初頭から製造され、日本では八幡製鐵所1913年(大正2年)に製造されたのが始まりである。2018年時点で混合セメントの87%を占める[8]
シリカセメント
二酸化珪素(シリカ)を60 % 以上含む天然のシリカ質混合材とポルトランドセメントを混合したセメントである。耐薬品性を要する化学工場に使用される。JISでは JIS R 5212 で規定されている。2010年以降は生産されていない[8]
フライアッシュセメント
フライアッシュ火力発電所で発生する石炭焼却灰)とポルトランドセメントを混合したセメントである。球形のフライアッシュを混合するため、このセメントを使用するコンクリートは流動性が改善されワーカビリティに優れる[10]。また、フライアッシュに含まれる二酸化ケイ素が水和反応によって生じた水酸化カルシウムと反応(ポゾラン反応)し、緻密で耐久性に優れたケイ酸カルシウム水和物を発生させる。そのため水密性があり、港湾やダムなど水密性が要求される構造物で使用される。
JISでは JIS R 5213 で規定され、フライアッシュの分量により A種 (5-10%)、B種 (10-20%)、C種 (20-30%) に分類される。
日本では宇部興産のセメント事業(現・UBE三菱セメント)で1956年(昭和31年)に製造されたのが始まりである。

特殊セメント

アルミナセメント
アルミニウムの原料であるボーキサイトと石灰石から作られる、酸化アルミニウム(アルミナ)を含むセメントである。練混ぜた後すぐに強い強度を発揮し、耐火性・耐酸性がある。緊急工事や寒冷地での工事、化学工場での建設工事、耐火物などに使用される。

  1. ^ 膠灰とは - コトバンク
  2. ^ Hill, Donald: A History of Engineering in Classical and Medieval Times, Routledge 1984, p106
  3. ^ PURE NATURAL POZZOLAN CEMENT
  4. ^ Aqueduct Architecture: Moving Water to the Masses in Ancient Rome
  5. ^ A J Francis, The Cement Industry 1796-1914: A History, David & Charles, 1977, ISBN 0-7153-7386-2, Ch 2
  6. ^ Francis op. cit., Ch 5
  7. ^ P. C. Hewlett (Ed)Lea's Chemistry of Cement and Concrete: 4th Ed, Arnold, 1998, ISBN 0-340-56589-6, Chapter 1
  8. ^ a b c 一般社団法人セメント協会「セメントハンドブック2019 」8頁
  9. ^ a b c NEDOプロジェクト実用化ドキュメント”. www.nedo.go.jp. NEDO. 2020年5月4日閲覧。
  10. ^ 社団法人 日本建築学会「建築工事標準仕様書・同解説 JASS5 鉄筋コンクリート工事 2003」
  11. ^ a b c d e f g h 青山咸康・服部九二雄・野中資博・長束勇編 2003, p. 11.
  12. ^ 青山咸康・服部九二雄・野中資博・長束勇編 2003, p. 12.
  13. ^ a b 一般社団法人セメント協会「環境にやさしいセメント産業2019
  14. ^ 温暖化対策と高炉セメント:協会活動”. www.slg.jp. 鐵鋼スラグ協会. 2020年5月4日閲覧。
  15. ^ a b 野畑健志「高炉セメントのCO2削減効果について」『コンクリート工学』第48巻第9号、日本コンクリート工学会、2010年9月、9_58-9_61、doi:10.3151/coj.48.9_58 
  16. ^ 金津努, 中井雅司, 齊藤直「フライアッシュの活用による環境負荷低減への取組み」『コンクリート工学』第48巻第9号、日本コンクリート工学会、2010年9月、9_54-9_57、doi:10.3151/coj.48.9_54 
  17. ^ 一般社団法人日本建設業連合会「低炭素型コンクリートの普及促進に向けて」2016年4月
  18. ^ NEDOプロジェクト実用化ドキュメント”. www.nedo.go.jp. NEDO. 2020年5月4日閲覧。


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