死因
『士師記』第9章 アビメレク王がテベツの町を攻め、人々の立てこもる塔を焼こうとした時、1人の女が挽き臼の上石を投げ、アビメレクの頭蓋骨を砕く。アビメレクは従者に、「剣で私にとどめをさせ。女に殺された、と言われないために」と命じ、従者はアビメレクを刺し殺す。
『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』「足利家奥御殿の場」 仁木弾正の妹八汐が、「将軍より拝領の菓子」と称して、伊達家の若君鶴喜代に毒入りの菓子を勧める。乳人(めのと)政岡の子・千松が、若君を救うため走り出て、「その菓子欲しい」と言って食べる。八汐は即座に「無礼者」と言って千松を刺し殺し、毒殺計画を隠蔽する。
『ソア橋の事件』(ドイル) ギブスン夫人は、20年連れ添った夫が若いミス・ダンバーに心を移したことに絶望し、ソア橋でピストル自殺する。夫人はピストルの柄に紐を結び、紐の他端に石をつけて欄干から水上に垂らしておいたので、ピストルは川底に沈む。夫人の死は他殺と見なされ、夫人の思惑どおり、ミス・ダンバーが殺人犯として収監される。
『本陣殺人事件』(横溝正史) 大地主一柳家の当主賢蔵は、屋敷内の離れ家で、新妻を刀で斬り殺して、自殺する。彼は、長い琴糸と近くの水車小屋を利用し、刀が凶行後に部屋の外へ引っ張られて庭に落ちるように、前もって仕掛けておく。一柳家の人々は、「賊が侵入して賢蔵夫婦を殺したのだ」と思う。
*不治の癌患者の自殺が、殺人と見なされる→〔癌〕5の『レベッカ』(ヒッチコック)・〔癌〕6の『日本庭園の秘密』(クイーン)・〔氷〕2の『茶の葉』(ジェプスン/ユーステス)。
『英草紙』第8篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」 茅渟官平は真夜中にいきなり外に走り出、川に身を投げた。「乱心ゆえの自殺」と見なされたが、実際は官平本人は、その直前に妻の情夫の手で殺されていた。情夫は官平の死体を井戸に沈めた後、官平に扮して駆け出、橋の上から大石を落として身を隠し、官平が投身したように人々に思わせたのだった〔*犯人あるいは共犯者が、被害者に変装する点で→〔アリバイ〕1bの『偉大なる夢』(江戸川乱歩)と同様〕。
*殺人を首吊り自殺に見せかける→〔首くくり〕3bの『ある小官僚の抹殺』(松本清張)。
*殺人を心中に見せかける→〔取り合わせ〕1bの『点と線』(松本清張)。
★3a.「何者かに殺された」と思われる死体があったが、それは人為的に引き起こされた死ではなく、自然のいたずらによるものだった。
『火縄銃』(江戸川乱歩) 12月の小春日和の昼過ぎ。ホテルの密室で男が銃撃されて死に、凶器の火縄銃が机上に残されていた。明らかに殺人事件と思われたが、実は太陽光線が、水をたたえた球形のガラス花瓶を通して、火縄銃の点火孔に焦点を結び、銃弾を発射させたのだった〔*乱歩21歳頃の処女作〕。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「通り魔」 アラスカ、マッキンリー山付近の町で、住民が鋭い刃物で切られたような傷を負う事件が頻発し、ついに死者も出る。近くの基地からミサイル発射実験が行われ、そのたびに真空の渦ができ、それに接触した人間の身体が切り裂かれるのだった。ブラック・ジャックは、自らの身体を真空の渦で傷つけ、事件の真相を示した。彼は日本のかまいたちの話(*→〔三人の魔女・魔物〕3)をヒントに、謎を解明したのである。
*『赤胴鈴之助』(武内つなよし)の真空斬りも、かまいたちの原理を応用したものである→〔風〕2c。
*地から生えた竹が人を殺す→〔竹〕4の『懐硯』(井原西鶴)巻4-2「憂目を見する竹の世の中」。
★3b.殺人事件と思われたが、実は、性の戯れのあげくの死であった。
『女の中にいる他人』(成瀬巳喜男) 田代は、親友杉本の妻さゆりと浮気をしていた。さゆりは田代に「あなたの手で私の首をしめて。どんな気持ちになるか、やってみたいの」と望む。田代がさゆりの首に手をかけ、力を入れると、さゆりは「ああ、気持ちいい。もっと」と恍惚の表情を浮かべる。しかし、さゆりはそのまま死んでしまった。田代は逃げ、警察は殺人事件として捜査を始める。
『D坂の殺人事件』(江戸川乱歩) D坂の古本屋の奥の六畳で、古本屋の細君が絞殺される。彼女は被虐色情者(マゾ)で、近隣の蕎麦屋の主人が残虐色情者(サド)だったため、2人は関係を結んで満足を得ていた。しかし彼らの性戯は次第にエスカレートし、ついにある夜、女の死を招いてしまったのだった。
『落ちた偶像』(リード) 大使館の執事ベインズに、若い愛人ができた。ベインズの妻は、夫と愛人がいる階上の部屋をのぞこうとして足をすべらせ、階段を転げ落ちて死ぬ。大使の幼い息子フィリップは、「ベインズが妻を突き落とした」と思う。フィリップはベインズを慕い、その妻を嫌っていたので、警察に対してベインズをかばう発言をする。そのため警察はベインズに殺人の嫌疑をかける。最終的に疑いは晴れたが、フィリップは「ベインズが殺した」と思い続ける。
『鍵』(谷崎潤一郎) 45歳の郁子は、娘敏子の恋人木村と関係を持つ。郁子は、56歳で貧弱な肉体しか持たぬ夫を疎んで、死なせようとたくらむ。高血圧の夫に、休む暇なく性的刺激を与えて興奮させたため、夫は性交時に脳溢血を発症して半身麻痺となる。以後も郁子は、夫の木村への嫉妬心をあおって再度の発作を起こさせ、夫を死に追いやる。
『途上』(谷崎潤一郎) 愛人ができたため妻を邪魔に思う夫が、妻を病気か事故で死なせようとはかる。心臓の弱い妻に冷水浴を勧める、チブス(=チフス)菌の多い生水や刺身を与える、流行性感冒の患者の見舞いをさせる、ガスの元栓をゆるめる、危険な乗合自動車の最前部に乗せる、などの試みをし、ついに妻はチブスに感染して死ぬ。しかし妻の父の依頼を受けた探偵が、夫の犯罪をあばく。
*愛人を心臓麻痺で死なせようとする→〔坂〕2bの『坂道の家』(松本清張)。
『殺し屋ですのよ』(星新一『ボッコちゃん』) 若い女の殺し屋が、会社経営者エヌ氏を訪れ、「商売敵のG産業社長に様々なストレスを与えて、半年以内に死なせましょう」と持ちかける。4ヵ月後にG産業社長は死に、エヌ氏は報酬を払う。女は看護婦で、医師から余命少ない患者のデータを得て、その患者に恨みを持つ人物の所へ行き、殺しの注文を受けるのだった。
『悲しみよこんにちは』(サガン) 42歳のアンヌは、40歳の鰥夫(やもお=妻を亡くした男)レエモンと結婚しようとする。しかしレエモンが、もとの愛人エルザを抱いて接吻する現場を見、アンヌは自動車を運転して走り去る。その夜、事故多発地帯でアンヌの車は50メートル転落する。それは自殺とも事故とも考えられた。
*→〔母と娘〕1の『ロリータ』(ナボコフ)のシャーロットの死も、この類か。
『車輪の下』(ヘッセ) 小さな町の神童ハンスは、周囲の期待を背負って神学校へ入るものの、勉学意欲を失い、神経衰弱になって故郷へ帰る。彼は「森で縊死しようか」と考える。やがてハンスは、父の勧めで機械工になる。日曜日、彼は疲れていたが、仲間たちに誘われて郊外へ遊びに行き、ビールを飲む。翌朝、川でハンスの水死体が発見される。足をすべらせたのか、自ら死を選んだのか、誰にもわからなかった。
*酔って夜道を帰ると、妖怪によって川へ引きずられ、溺死させられることもある→〔犬〕7bの『フランス田園伝説集』(サンド)「田舎の夜の幻」。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ) オーディンは「戦死者の父」と呼ばれる。戦場で倒れた者は皆、オーディンの養子となって、天上の宮殿ヴァルハラ(=ワルハラ)とヴィーンゴールヴに送られる(20)。病気で死んだ者と寿命が尽きて死んだ者は、下界ニヴルヘイムにいる冥府の女主人ヘルのもとへ送られる(34)。
『金枝篇』(初版)第3章第1節 未開人の考えによれば、老齢や病気で死んだ人々の魂は、弱く脆い。戦いで殺された人々の魂は、強靭で活力がある。死んだ時と同じ状態から、来世の生活が始まるので、心身が衰える前に、殺されるか自死するのが良い。自然死よりも、非業の死のほうが好まれるのだ(*王や祭司の場合は、自然死すると世界全体に悪い影響を及ぼしてしまう→〔王〕5の『金枝篇』第3章第1節)。
*他殺を事故死に見せかける→〔過去〕3bの『テレーズ・ラカン』(ゾラ)。
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