地盤沈下
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/22 13:58 UTC 版)
地盤沈下であっても主に水を含む帯水層の体積はそれほど変化しない。地下水の過剰な汲み上げによって帯水層(1)に接する粘土層のような強固な構造を持たない難透水層(2)の中の地下水が帯水層へ移動することで、難透水層の体積が減少し地面が沈下する。
A:沈下量 B:抜け上がり量
概要
地盤が沈む原因には自然現象によるものと人類の経済活動にもとづく人為的作業によるものがある[1][2]。建築物や農業に被害を受ける。地盤沈下は、海抜ゼロメートル地帯を発生させる広域の沈下現象と、土木工事等による局所的な沈下現象とがあり、一般的には広域の沈下現象を、公害の1つとしている。
人為作用による広域の地盤沈下は、工業用水[5]・農業用水[5]・消雪用水[5]・冷房用水等の地下水の過剰揚水(涵養量を超える汲み揚げ)、天然ガス[5]の汲み上げ、鉱山の坑道掘削などが主な原因となる。
地盤沈下と地下水状況把握に現在水準測量による地盤の収縮状況や地盤高の測定、国土交通省の設置する地下水観測所での地下水位観測が行われている。局所の地盤沈下は、局所的な揚水や、元々水田(軟弱地盤)だった地域に建築物が構築されたような場合の、地耐力を超えて荷重が載荷された場合に発生する。両者ともに沈下現象の発生メカニズムについては、圧密の項を参照。
自然現象による地盤沈下
自然現象による地盤沈下には乾燥による収縮、地下水変動、地下空洞の陥没などがある[1]。
地下空洞
石灰岩地帯では堆積岩の炭酸カルシウムが溶け出して大規模な地下空洞が形成され陥没することがある[1]。
地震による地盤沈下
断層活動である地震では地殻変動の結果として地表面に隆起や沈降の変異が現れる場合があり、また液状化現象による地盤沈下が生ずる場合もある。
東北日本
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震により、陸前高田市の0.84mや牡鹿半島の1.2mを最大変動量として岩手県、宮城県や福島県の太平洋岸の多くの地点で地盤沈下が起こった[6][7]が、これは地殻変動による沈降を地盤沈下と呼んでいる[8]。一方、この地震では千葉県浦安市など東京湾沿岸で、液状化による地盤沈下が広範囲で発生した[9]。
西南日本
南海トラフ巨大地震はプレート境界の衝上断層による御前崎、潮岬、室戸岬等の隆起、高知平野などの沈降が特徴の一つである[10]。
- 684年白鳳地震 - 『日本書紀』に土佐国で50余万頃の田畑が海に没したとある[11]。
- 1099年康和地震(1096年永長地震との説もある[12][13]。) - 『広橋本兼仲卿記』の紙背文書に土佐国の作田千余町が皆海に没したとある[14]。
- 1707年宝永地震 - 『谷陵記』に土佐湾西部沿岸各地で市井が海に没したとあり、2 - 2.5m程度の沈降が推定されている[15][16]。
- 1854年安政南海地震 - 土佐湾西部や徳島県沿岸で1 - 1.5m程度の沈降が推定されている[17]。
- 1946年昭和南海地震 - 土佐湾西部沿岸で1m前後の沈降が見られた[18][19]。
チリ
1960年チリ地震では、海岸よりやや内陸部で広範囲に沈降して沿岸の市街地が浸水し、沈降量は2.7mに及んだ[20][21]。
北米
1700年カスケード地震は、地質調査から2mに及ぶ沈降によって沿岸部の森林が潮間帯に沈み枯死したベイスギの年輪から本地震が1699年から1700年の間に発生したことが判明した[22]。
人為的作業による地盤沈下
人為的作業による地盤沈下には表面荷重、地下水の揚水や地下資源の採取、干拓や灌漑によるコラプス現象、地下掘削による陥没などがある[1]。
地下水の過剰揚水による地盤沈下
地盤沈下の原因として、地下水の過剰揚水が挙げられる[23]。地下水の過剰揚水は地下水位の低下を引き起こすが、これにより土中の間隙水由来の水圧による浮力が小さくなり、有効応力が増大することで地層が圧縮される[23]。 軟弱地盤の三角州平野において顕著に発生する[24]。
東京
東京の下町低地では水運の便がよいこと、被圧地下水が豊富で工業用に使用可能であったことから工業化が進んでいたが、工業活動のための地下水の過剰揚水は地盤沈下を引き起こし、この結果海抜ゼロメートル地帯が形成された[25]。
日本において地盤沈下が注目されたのは、寺田寅彦(物理学者)が、陸地測量部(現:国土地理院に相当)による測量記録を参照して、東京の下町低地で1年あたり7.5ミリメートルの地盤沈下が発生している事実を1915年(大正4年)に指摘したのが最初である[26]。その後関東大震災以降の測量記録により大きく注目された[27]。特に下町低地で隅田川と荒川に挟まれた地域において、関東大震災の前後での地盤沈下量が大きかったことから、当時は地震に関する地殻変動によるものと考えられていた[28][26]。
東京でも次第に被害範囲が広がり、大阪市でも同じ現象がみられた[29][27]。観測井の水位低下を根拠に、地盤沈下の原因は被圧地下水の水位低下という説が提唱された[27]ものの、当時は支持を得られなかった[30]。しかし、第二次世界大戦末期に地下水の揚水が中断し地盤沈下も収まることで、地下水の過剰揚水が地盤沈下の原因であることが支持されるようになった[30][27]。1955年以降は日本各地で沈下が報告されている[27][31]。
戦後、1950年以降の復興により地下水位が低下し、地盤沈下が再び進行した[32][27]。この影響で工業用水法、建築物用地下水の採取の規制に関する法律など地下水の揚水を制限する法律が整備されるようになり、地盤沈下は沈静化した[32]。一方、1975年頃からは地下水位の上昇に伴う地盤隆起が発生している[33]。
地下水の揚水制限により首都圏の問題は緩和されたものの、積雪地域においては消雪のために地下水汲み揚げが必要となり[34]、特に新潟県[5]では1955年頃より深刻化し農業被害が生じた[27][35]。一方、東京では地盤沈下を防ぐために取水制限に取り組んだ結果、水位は回復してきているが、一方で予想以上の回復により、今度は地下の建造物を中心に漏水が頻発するなど、新たなトラブルが急増している[36]。
フィリピン
フィリピン北部沿岸の地域や付近の島々では、地下水のくみ上げにより毎年4~6センチの地盤沈下が起きており住民数千人が退去した[37]。
地下資源の採取による地盤沈下
石炭、金属鉱物、石材などの採取のため掘削した地下空洞が原因で地盤沈下が発生することがある[1]。
1989年2月10日と3月5日には大谷石の採石場跡で陥没が発生し民家3軒が地下30mまで落ち込んだ[1]。
- ^ a b c d e f g 石田哲朗. “地盤沈下と対策”. 東洋大学理工学部都市環境デザイン学科. 2020年7月18日閲覧。
- ^ a b 日本地下水学会/井田徹治著、『見えない巨大水脈 地下水の科学』、講談社、2009年5月20日第1刷発行、ISBN 9784062576390
- ^ 藤井昭二、「“沖積層”と地盤変動」 『第四紀研究』 1966年 5巻 3-4号 p.103-112, doi:10.4116/jaqua.5.103
- ^ 石井求、「関東平野(その 1) : 東京の地盤沈下」 土質工学会論文報告集. 18(4) , NDLJP:10447265, NAID 110003914435
- ^ a b c d e f 青木滋, 上條賢一、「新潟平野の地盤沈下の現況について 『日本地質学会学術大会講演要旨』 第105年学術大会(98松本) p.525-, doi:10.14863/geosocabst.1998.0_525
- ^ “平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に伴う地盤沈下調査”. 国土地理院 (2011年4月14日). 2011年4月16日閲覧。
- ^ 気象庁発表と読売新聞2011年4月15日13S版33面
- ^ “宮城県沿岸部における地震に伴う地盤沈下について”. 国土交通省 (2011年5月26日). 2012年1月28日閲覧。
- ^ “東京湾岸における液状化現象と地盤沈下量について(第1報)”. 国土地理院地理地殻活動研究センター (2011年9月8日). 2012年7月11日閲覧。
- ^ 寒川旭 『揺れる大地 日本列島の地震史』 同朋舎出版、1997年
- ^ 今村明恒(1941)、「白鳳大地震」 地震 第1輯 1941年 13巻 3号 p.82-86, doi:10.14834/zisin1929.13.82
- ^ 石橋克彦(1999)、「文献史料からみた東海・南海巨大地震」 地學雜誌 1999年 108巻 4号 p.399-423, doi:10.5026/jgeography.108.4_399
- ^ O-1石橋克彦 (PDF) 「1099 年康和南海地震は実在せず、1096年永長地震が東海・南海地震だった」という作業仮説, 第32回歴史地震研究会, 口頭発表セッション1
- ^ 神田茂(1968): 康和元年土佐における大地震 地震 第2輯 1968年 21巻 2号 p.142-143, doi:10.4294/zisin1948.21.2_142
- ^ 今村明恒(1930) 今村明恒(1930): 宝永四年の南海道沖大地震に伴へる地形変動に就いて, 地震 第1輯, 2, 81-88.
- ^ 間城龍男 『宝永大地震 -土佐最大の被害地震-』 あさひ謄写堂、1995年
- ^ 都司嘉宣(1988): 安政南海地震(安政元年11月5日,1854・11・24)に伴う四国の地盤変動, 歴史地震, 4号, 149-156.
- ^ 沢村武雄(1951)、「南海地震に伴つた四國の地盤變動に封する一考察」 地学雑誌, 1951年 60巻 4号 p.190-194, doi:10.5026/jgeography.60.190
- ^ 高木金之助編、沢村武雄 「五つの大地震」『四国山脈』 毎日新聞社、1959年
- ^ Plafker(1970) Plafker, G. and Savage, J. C.(1970): Mechanism of the Chilean earthquakes of May 21 and 22, 1960, Geol. Soc. Am. Bull., 81, 1001-1030.
- ^ Felipe Villalobos CRUSTAL DEFORMATION ASSOCIATED WITH THE 1960 EARTHQUAKE EVENTS IN THE SOUTH OF CHILE (PDF)
- ^ USGS Professional Paper 1707 (PDF) The Orphan Tsunami of 1700-Japanese Clues to a Parent Earthquake in North America
- ^ a b 地盤沈下防止対策研究会 1990, p. 20.
- ^ 井関弘太郎、「日本における三角州平野の変貌」 『第四紀研究』 1972年 11巻 3号 p.117-123, doi:10.4116/jaqua.11.117
- ^ 遠藤ほか 2001, p. 74.
- ^ a b 植下協、「地盤沈下(1)総論」 地下水学会誌 1987年 29巻 4号 p.183-192, doi:10.5917/jagh1987.29.183
- ^ a b c d e f g 和達清夫、「土質基礎の回顧と点描・補遺 : 5.地盤沈下研究の回顧 『土と基礎』 1976年 24(11), 土質工学会, NDLJP:10429301
- ^ 遠藤ほか 2001, p. 75.
- ^ 遠藤ほか 2001, pp. 75–76.
- ^ a b 遠藤ほか 2001, p. 76.
- ^ 桑原徹, 植下協, 板橋一雄、「濃尾平野の地盤沈下とその解析』 『土質工学会論文報告集』 19(2), xi, 1979, NDLJP:10447428, NAID 110003983239
- ^ a b 遠藤ほか 2001, p. 77.
- ^ 遠藤ほか 2001, p. 83.
- ^ 谷中隆明, 前川統一郎, 永野多美雄、「準三次元モデルによる新潟県六日町の地盤沈下予測」 『地下水学会誌』 1989年 31巻 3号 p.155-163, doi:10.5917/jagh1987.31.155
- ^ 新潟平野における地盤沈下 農業土木学会誌 1980年 48巻 12号 p.plate1-plate2, doi:10.11408/jjsidre1965.48.12_plate1
- ^ “暴れる地下水、60m上昇も…首都高・鉄道影響”. 読売新聞. (2013年4月27日) 2013年4月28日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “沈みゆくフィリピン諸島、地下水くみ上げの脅威 気候変動上回る”. AFP. (2019年6月9日) 2020年7月18日閲覧。
- ^ 筑波研究学園都市パンフレット 国土交通省 2003.8 (PDF)
- ^ 地質ニュース 406号 pp.56-pp.59 国土地理院 1988.6 (PDF)
- ^ 2006年度筑協交通状況実態調査報告書 筑波研究学園都市交流協議会筑協委員会 2007.3 (PDF)
地盤沈下と同じ種類の言葉
- 地盤沈下のページへのリンク