ヘブライ語 文字と記法

ヘブライ語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/01 23:44 UTC 版)

文字と記法

ヘブライ文字(上)と古ヘブライ文字(下)

ヘブライ語の表記には22文字のヘブライ文字を使用する[57]。同じセム語派に属するアラビア語と同様に、ヘブライ語は右から左に右横書きで書く。またヘブライ文字はアブジャドであるため、日本語や英語などと違って、子音を表す表記はあっても、母音を表す表記はないことが多く、言語の習得にはある程度の慣れが必要である。ヘブライ語の点字体系も存在する。

ニクダーと呼ばれる母音記号は存在はするが、通常のヘブライ語力があれば記号なしでも文章を読みこなすことは容易であるため、母音記号が付されているものは聖書や詩のほかは、辞書や教科書、児童書などの初学者向けのものに限られる。またこの母音記号の成立が古く、現代の発音とずれが生じているため、記号を打つのには専門知識が必要とされる[58]

古代イスラエルにおいては、フェニキア文字から派生した古ヘブライ文字がヘブライ語の表記に使用されていた。しかし紀元前6世紀のバビロン捕囚後、同系統のアラム文字へと表記体系が切り替わった。このアラム文字から派生したものが、現代において使用されるヘブライ文字である[59]。なお、ヘブライ語の一種であるサマリア語を典礼言語としたサマリア人たちはこの時アラム文字への切り替えを行っておらず、その後も古ヘブライ文字から発展したサマリア文字を使用していた。

音声

子音

古代のヘブライ語の正確な音声については不明な点が多い。古ヘブライ文字およびヘブライ文字は22の子音字から構成されるが、実際には1つの文字が複数の音を表していた可能性がある。おそらく紀元前1千年紀のヘブライ語には少なくとも25の子音があって、ח[ħ, x]ע[ʕ, ɣ]ש[ʃ, ɬ]の2種類の音を表していた[60]。外来語のpを表すための強勢音のがあったと考える学者もある[61][62]。このうちティベリア式発音で区別が保たれているのはשだけだが、発音は[ʃ, s]の2種類となり、後者はסと同音になる。

6つの破裂音(p b t d k g)は、重子音の場合を除いて母音の後で摩擦音化(p̄ ḇ ṯ ḏ ḵ ḡと翻字される)するが、現代語ではp̄ ḇ ḵがそれぞれ[f v x]と発音されるだけで、他のṯ ḏ ḡt d gと区別されない。また、3つの摩擦音のうち[v]ו[x]חと同音になる[63][64]

現代ヘブライ語ではセム語に特有の強勢音が消滅し、ט()は[t]צ(ṣ)は[ts]ק(q)は[k]と発音される。またע(ʿ)はא(ʾ)と同音の[ʔ]として発音されるか、または無音になる[63]

借用語のために現代ヘブライ語には新しい音素[tʃ](צ׳)、[dʒ](ג׳)、[ʒ](ז׳)および[w](綴りの上では[v]と区別されず)が存在する[65]

現代ヘブライ語では重子音は消滅している。また古代ヘブライ語と異なり、音節頭に子音連結が出現することがある[66]

現代ヘブライ語の子音
唇音 歯茎音 後部歯茎音 硬口蓋音 軟口蓋音 口蓋垂音 声門音
破裂音 p b t d k g ʔ
鼻音 m n
破擦音 ts (tʃ) (dʒ)
摩擦音 f v s z ʃ (ʒ) x ʁ[67] h
接近音 (w) j
側面接近音 l
  • 括弧内は主に外来語に現れる音

母音

ティベリア式発音では7つの母音[i e ɛ a ɔ o u]シュワー[ə]、および3つの超短母音[ĕ ă ŏ]の、全部で11種類の母音を区別する[68]

現代ヘブライ語は5母音で、ティベリア式発音の[ɛ][e]に変化し、また[ɔ]は語源によって[a]または[o]のいずれかに発音される。シュワーは(発音される場合には)[e]と同音であり、超短母音は通常の母音と同様に発音される。二重母音は[aj oj uj]の3種類がある[69]

強勢

ヘブライ語には強勢がある。約7割の語は最終音節に強勢があり、残りは後ろから2番目の音節に強勢がある[70]。外来語についてはこの限りではない[71]

文法

ヘブライ語の文法は少し分析的言語 (Analytic language) の特徴を持っている。与格奪格対格の代わりに、前置詞を使う。しかしまた、動詞と名詞の語形変化が重要である。

他のセム語と同様、ヘブライ語の語根の大部分は三子音から構成されるが、少数は四子音からなる[72]

名詞は2つの(男性・女性)、3つの(単数・双数・複数)を持つが、双数の使用は限定的である[73]。また定冠詞ha-によって定性を示す。変化はしないが、独立形と連語形の2つの語形があり、名詞がほかの名詞を修飾することによって作られる連結語(スミフート)において、修飾される名詞は連語形を取る[74]。形容詞は名詞と同様に変化し、修飾する名詞と性・数・定性を一致させる。

連結語は現代ヘブライ語でも使われるが、主に複合語として語彙化した場合に使われ、属格は通常はミシュナー・ヘブライ語以来の属格前置詞šelなどによって分析的に表現することを好む[75]

人称代名詞は3つの人称、性、数(ただし双数形はない)によって異なる。ただし一人称は性による違いがない。また独立した代名詞のほかに接尾辞形を持つ。指示代名詞は近称と遠称があり、それぞれ性・数で変化する。

聖書ヘブライ語の動詞は完了と未完了の2つの形があり、それぞれが代名詞と同様に人称、性、数によって変化する。未完了形からは願望形(一人称のみ)・命令形(二人称のみ)・指示形の3種類のの動詞形が作られる。また能動と受動の2種類の分詞不定詞を持つ[76]

聖書ヘブライ語の風変わりな特徴として、未完了形の前に接続詞va-がつくと完了の意味に変化する。逆に完了形が接続詞və-がつくと未完了の意味になる。これは、ヘブライ語の未完了形yiqtolが歴史的に未完了形*yaqtuluと古い完了形*yaqtulの融合したものであり、va-に後続するときにのみ後者の意味が残存しているものと考えられる。完了形が未完了の意味になるのはおそらく類推による。この特徴はミシュナー・ヘブライ語以降は消滅した[77]

現代ヘブライ語では能動分詞を現在に、完了形を過去に、未完了形を未来に使う。未来の複数形では性による変化が消滅している。不定詞は変化せず、l-が加えられる。命令形は存在するが、くだけた表現では使われなくなりつつあり、かわりに不定詞や未来形が使われる[78]

他のセム語と同様、動詞は派生活用形をもち、アラビア語文法にならって語根pʿlをもとにそれぞれパアル(またはカル)・ニフアル・ピエル・プアル・ヒフイル・ホフアル・ヒトパエルと呼ばれる[79][80]。ヒフイルは使役的、ヒトパエルは再帰的な意味を表すことが多い。ニフアル・プアル・ホフアルはそれぞれカル・ピエル・ヒフイルに対する受動的な意味を表す。

聖書ヘブライ語の語順はVSO型がもっとも普通だが、主語を強調してSVOになったり、目的語を強調してOVSまたはVOSになることがあった。また、代名詞主語は強調する場合以外は省略される[81]。後にSVO型へ移行した[82][83]


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