箱
★1a.男が箱をあける。
『江談抄』第2-3 冷泉帝が夜の御殿に入り、神璽の箱の結び緒を解いて開けようとした。そこへ藤原兼家がかけつけ、これを奪い取ってもとのように結んだ。
『神道集』巻8-47「富士浅間大菩薩の事」 駿河国冨士郡の竹林から現れた赫野(かくや)姫は、国司と夫婦約束をしたが、やがて「富士山の仙宮へ帰る」と告げ、反魂香を入れた箱を与えて、「時々開けて見よ」と言い残した。国司が箱の蓋を開けると、煙の中にほのかに姫の姿が見えた。
『丹後国風土記』逸文 神女が水の江の浦の嶼子(=浦島)に、「私に再び逢おうと思うなら、決して開けてはならない」と告げて玉櫛笥(たまくしげ)を渡す。故郷の丹後国筒川に戻った嶼子は、寂しさのあまり玉櫛笥を開ける。中からかぐわしい姿のものが、風雲とともに天に飛びかける〔*『万葉集』巻9 1744歌では、箱から白雲が出て、浦島は心消え失せ肌も衰え髪も白くなった、と述べる。『浦島太郎』(御伽草子)では、箱から紫の雲3すじが立ち昇り、24~25歳の年齢もたちまち変わり果てた、と記す〕。
*紙包みの中の白髪が飛んで来て、若者が白髪頭になってしまう→〔白髪〕2bの『龍宮に遊んだ男』(沖縄の民話)。
寝覚めの床の伝説 龍宮から故郷丹後の筒川に帰った浦島は、知る人もいないので村を出、夢うつつのような状態で流浪して木曽の山中に到り、釣りをして暮らす。ある時、土地の人に龍宮の思い出話をするうち、ふと玉手箱を開けると、たちまち浦島は老人になり、ハッと驚いて目が覚めた。それゆえこの地を「寝覚め」という(長野県木曽郡上松町。*寝覚めの床の下に龍宮城がある、という伝えもある)。
*若かった浦島が、自らの手で玉手箱を開けたとたん老いて倒れるのは、→〔肖像画〕4bの『ドリアン・グレイの肖像』の、青年の容貌を持つドリアンが、自らの手で肖像画を切り裂いたとたん初老の男に化して死ぬ物語と、同質のものであろう。
*→〔すりかえ〕4の『今昔物語集』巻30-1では、平中が女の排泄物の入った筥(=箱)を開け、病死する。玉手箱を開ける物語の変型と見ることができる。
★1c.男が開けてはいけない箱を開けたために、鼻血が出る・死ぬ、などの目にあう。
『太平記』巻1「御告文の事」 後醍醐帝が、告文(かうぶん。=親書)を鎌倉の幕府へ送る。道蘊(だううん)が「告文披見は恐れあり。文箱を開かずに勅使に返し参らすべき」と申言するが、相模入道(=北条高時)はかまわず、斉藤利行に告文を読ませる。たちまち利行は目がまわり、鼻血が出たので、読み終わらぬまま退出する。利行の喉には悪瘡(=できもの)ができ、7日たたないうちに血を吐いて死んだ。
『平家物語』巻11「能登殿最期」 壇の浦の合戦で、平家は敗北する。平家の船中に、内侍所(=三種の神器のうちの鏡)を納めた唐櫃があった。源氏の兵たちが、唐櫃の錠をねじ切って蓋を開こうとすると、たちまち彼らは目がくらみ鼻血が出た。捕虜になっていた平大納言時忠が、「あれは内侍所である。凡夫が拝見してはならぬものだ」と言い、兵たちは退いた。
★1d.箱を開けても、中のものを見なければ、無事でいられる。
『レイダース 失われた聖櫃(アーク)』(スピルバーグ) 強大な魔力を持つ古代の聖櫃を、ナチス・ドイツの一派が手に入れる。蓋を開けると、中から煙のようなものが湧き出て、美女や悪魔の顔に変わる。それを見たナチスの幹部や兵たちは皆、身体が燃え出して溶けてしまう。捕らわれていたアメリカ人考古学者インディ・ジョーンズと恋人マリオンの2人だけは、目を固く閉じていたため、無事であった。
『一千一秒物語』(稲垣足穂)「黒い箱」 ある夜、紳士がシャーロック・ホームズ氏の許(もと)へ黒い頑丈な小箱を持ち込み、「これを開けてもらいたい」と依頼する。ホームズ氏はいろいろな鍵を使って小箱と取り組み、夜の1時半になってふたが開いた。「なんだ。空っぽじゃありませんか」とホームズ氏は云った。「そうです。何もはいっていないのです」と紳士が答えた。
★2.女が箱をあける。
『天稚彦草子』(御伽草子) 長者の3人娘の末子が天稚彦(天稚御子)と結婚して、幸福に暮らす。ある時、天稚彦は「この唐櫃を開けるな。もし開けたら、私は帰って来れなくなる」と妻に言い残して、天に昇る。ところが妻の2人の姉たちがやって来て、唐櫃を開けてしまう。中には何もなく、煙だけが空へ昇って行く→〔夫〕3。
『黄金のろば』(アプレイウス)巻6 冥王の妃ペルセポネの容色の美の一部を小箱に封じ、それをプシュケが女神ヴェヌスのもとへ届けに行く。途中、プシュケは箱を開けて見る。幽冥界の眠りが立ち昇り、彼女は倒れる。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章 女神アテナが嬰児エリクトニオス(*→〔精液〕1b)を箱に入れ、「開けてはならぬ」と禁じて、この箱をケクロプスの娘たちに預ける。娘たちが中を見ると、大蛇が嬰児に巻きついていた。
『日本書紀』巻5〔第10代〕崇神天皇10年(B.C.88)9月 倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)は、いつも夜暗いうちに帰って行ってしまう夫・大物主神に、「お姿をお見せ下さい」と請う。神は「明朝、汝が使う櫛笥(くしげ)の中に、私は入っていよう。私の姿に驚いてはいけない」と言う。朝になって、姫が櫛笥を開けると、中には小蛇がいた〔*『今昔物語集』巻31-34の類話では、天皇の娘である女が、夫の正体を知ろうと、櫛の箱の中にある油壺を見る。油壺の内には、たいへん小さな蛇がとぐろを巻いていた〕→〔箸〕3。
*倭迹日襲姫命(やまとひそひめのみこと)という人物もいる→〔赤ん坊〕7bの『和漢三才図会』巻第1・天部。
★3a.箱の中の男性器。
『閹人あるいは無実のあかし』(澁澤龍彦『唐草物語』) 美男のコムバボスは、シリア王妃ストラトニケーの長旅の護衛をするに先立って、自らの性器を切り取った(*→〔去勢〕1)。彼は性器に防腐処置をほどこし、小箱に封印してシリア王に預けた。旅から帰った後、コムバボスは預けておいた小箱の中身をシリア王に見せる。シリア王は、王妃とコムバボスの不義を疑っていたが、切断された性器を見て、疑いを解いた。
『今昔物語集』巻27-21 勢田橋を渡る紀遠助に、怪しい女が箱を託し、「美濃国の某所の橋で待っている女に届けて下さい。箱を開けてはなりません」と言う。しかし遠助は依頼されたことを忘れ、箱を持ったまま帰宅する。妻が遠助の留守中に、「どこかの女への贈物だろう」と嫉妬して箱を開けると、人の目玉と男根とが数多く入っていた。その後、遠助は病気になり、死んでしまった。
*多くの目玉の入った袋→〔袋〕6の『述異記』(祖冲之)11「袋の中の目玉」。
★3c.箱の中の宝物。
『古本説話集』下-66 賀茂神社の使いが比叡山の貧僧のもとへ、白木の長櫃を運んで来る(*→〔百〕4)。中には白い米と良質の紙が入っており、どれだけ取っても少しも減らなかった。おかげで僧は、たいそう裕福に暮らすことができた〔*『宇治拾遺物語』巻6-6に類話〕。
『鉢かづき』(御伽草子) 臨終の母が、13歳の姫の頭に手箱をのせ、その上に鉢をかぶせた。後に鉢が割れ、箱の中から金銀の宝物が出てきた。
『和漢三才図会』巻第74・大日本国「摂津」 神武天皇が長髄彦(ながすねひこ)と戦った時、大和の国神・椎根津彦(しいねつひこ)が、持っている箱から数万の矢を取り出して、神武天皇の軍を助けた。食が尽きれば、箱の中から食物を出して、軍卒らに与えた。また、箱から出した宝物で周辺と物々交換を行ない、さまざまな物を得て、御軍(みいくさ)は豊饒になった→〔矢〕6。
★3d.箱の中の蚊。
『蚊(がじゃん)の話』(沖縄の民話) 沖縄の人が唐へ行き、珍しい合唱の声を聞いた。唐の人が「蚊の歌だ」と教えたので、沖縄の人は、箱にたくさん蚊を入れてお土産にした。ところが、那覇へ帰った後、歌箱に耳を当てたが歌は聞こえず、箱を振っても音がしない。「変だ」と思って箱を開けてみたら、たくさんの蚊が、みんな逃げてしまった。それから沖縄に蚊がひろがった。
*箱から災いが出てひろがるというのは、パンドラの箱の物語と同じである→〔妻〕1の『仕事と日』(ヘシオドス)。
『三国遺事』巻1「紀異」第1・金ユ信 王が占師楸南を試すために、箱の中に鼠を1匹入れて「これは何か?」と問う。楸南が「鼠8匹」と答えたので、王は、にせ占師として楸南の首を討つ。その後に鼠の腹を割くと、子が7匹入っていた。
*→〔三者択一〕3の『ヴェニスの商人』(シェイクスピア)第2~3幕。
『カター・サリット・サーガラ』「マダナ・マンチュカー姫の物語」4・挿話10の4 神通力を持つと称する婆羅門を試すため、王が「蓋つきの水差しの中身を当てよ」と命ずる。婆羅門は中身がわからず、幼い頃「蛙」というあだ名をつけられたことを思い出して、「蛙よ。水差しのためにお前は死ぬのだ」と自嘲する。ところが水差しの中身は蛙だったので、王は婆羅門を賞讃する。
『ものしり博士』(グリム)KHM98 ものしり博士を詐称する百姓クレープスを試すため、殿様が「おおいをした大皿の中身を当てよ」と言う。クレープスは困って「なんということだ。憐れなクレープスよ」とつぶやく。ところが皿の中身は海老(クレープス)だったので、殿様は感心する。
★5.箱の中に入る人。
『武道伝来記』(井原西鶴)巻1-2「毒薬は箱入の命」 橘山刑部家の女中小梅が、毒入りの菓子で仲間の女中7人を殺した。刑部は処罰のため、木箱を作って中に小梅を入れ、殺された女中たちの親兄弟を呼び寄せて、恨みを晴らすべく大釘を打たせる。小梅は全身に釘を打たれ、11日目の暮れ方に死んだ。
*棺の中に入る人→〔棺〕1aの『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)13。
★6.箱を頭からかぶる人。
『箱男』(安部公房)「たとえばAの場合」 大きなダンボール箱をかぶって街を歩く箱男の真似をして、Aはアパートの自室で箱に入る。すると、とても懐かしい場所のような気がして落ち着いた。Aは箱に覗き穴をあけ、食料と便器を持ち込み、手淫も試みる。1週間後、Aは箱をかぶって通りへ出、そのまま戻らなかった〔*→〔後ろ〕3の『カンガルー・ノート』でも、主人公の「ぼく」はダンボール箱に入れられる〕。
『日本霊異記』中-6 ある人が書写した法華経を収めるため、白檀・紫檀の箱を指物師に作らせたが、経は長く、箱は短くて、中に入らない。そこで21日間、仏に祈ると、経は箱に収まった。書写した経と原本の経を較べると同じ長さだったので、不思議なことであった〔*→〔像〕7の『美神』(三島由紀夫)と類想〕。
★8.歪(いびつ)な空間の中の箱。
『東洋更紗』(稲垣足穂)4「ロバチエウスキイの箱」 ロバチエウスキイ(=ロバチェフスキー。非ユークリッド幾何学の創始者)は、四角い箱を大切にしていた。ある日、その箱が少し歪になっていることに彼は気づく。人々に問いただしたが、誰も箱に手を触れた者はいない。それでロバチエウスキイは、「箱ははじめからあんなにゆがんでいたのだ」と、思うようになった。
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