矢
『アンズーの神話(ズーの神話)』(古代アッカド) 怪鳥アンズー(=ズー)が、エンリル神のすきを見て、主神権の象徴である天命の書板を奪って逃げる。ニンギルス(=ニヌルタ)神がアンズーに向けて葦の矢を放つが、アンズーが「葦の矢よ、もとの茂みへ帰れ」と言うと、矢は戻って来る。
『黄金伝説』95「聖クリストポルス」 異教徒の王が聖クリストポルスを柱に縛りつけ、4百人の兵士に命じて矢を放たせる。矢はすべて空中で止まり、1本が向きを変えて王の眼にささる→〔血〕2。
『黄金伝説』122「聖サウィニアヌスと聖女サウィナ」 皇帝アウレリアヌスが聖サウィニアヌスを杭に縛り、矢を射させるが、矢はすべて空中に静止する。翌日、皇帝がサウィニアヌスを嘲ると、矢が飛んできて皇帝の眼をつぶす→〔血〕2。
『今昔物語集』巻2-25 阿闍世王が、盗みをした男を殺そうと弓で射る。王は弓を3度射るが、矢は男の身体に当たらず、くるりと回って王の方に向かって落ちた。王が驚き恐れて男に問うと、男は盗みの理由を語る。男は「殺されたい」と願って、法を犯し盗みをはたらいたのだった→〔自殺願望〕3。
『今昔物語集』巻9-20 継母のために家を追われた伯奇は川に身を投げて死に、鳥と化して父母の前に姿をあらわす。継母が「悪心ある怪鳥だ」と言って父に射させるが、矢は鳥の方には行かず、継母の方へ飛んでその胸に突きささる。
『法句譬喩経』巻4「利養品」第33 優填(ウテン)大王が、仏に帰依し斎戒する夫人を縛って射殺そうとする。しかし王が矢を放つと、矢は王の方へ戻って来る。数度試みても同じなので、王は恐れて夫人のいましめを解いた。
『古事記』上巻 葦原中国平定のために高天原から派遣された天若日子は、「自分がこの国を得よう」と考え、高天原へ何の報告もせぬまま8年間が過ぎた。雉・鳴女(なきめ)が飛来した時、天若日子は弓で射る(*→〔あまのじゃく〕2)。矢は雉を貫いて、高天原まで届いた。高木神が矢を投げ返し、「もしも天若日子が邪心をもって射た矢ならば、天若日子に当たれ」と言った。矢は天若日子の胸に刺さり、彼は死んだ〔*『日本書紀』巻2神代下・第9段一書第1に類話〕。
『黄金のろば』(アプレイウス)第4~5巻 女神ヴェヌスが息子のエロス(=クピード)に、「プシュケを世界で一番卑しい人間と結婚させよ」と命ずる。ところがエロスは、愛の矢を射ようとして誤って自分の身を矢先で傷つけてしまい、エロス自身がプシュケを恋するようになる。
『椿説弓張月』前篇巻之1第1回 鎮西八郎為朝(*→〔瞳〕2a)が自らの弓の腕前を誇ったので、少納言信西は弓の名手2人に為朝を射させ、「矢を受け止めてみよ」と言う。2人の名手は、2本ずつ矢を放つ。為朝は最初の2本を左右の手で握り、3本目を上衣の袖に受け、4本目は口でくわえて鏃(やじり)を噛み砕いた。
『ヴィルヘルム・テル』(シラー)第3幕第3場 代官ゲスラーの命令で、ヴィルヘルム・テルは息子の頭に載せたりんごを弓で射抜く。しかし矢を2本持っていた理由を問われ、テルは「もし息子に矢が当たったら、第2の矢でゲスラーを射るつもりだった」と答えて、捕らえられ連行される。テルは途中で脱出し、ゲスラーを待ち伏せして、弓で射殺す。
『十訓抄』第10-56 高倉院の時、御殿の上の鵺(ぬえ)を源頼政に射させるよう、ある人が奏上した。五月闇(さつきやみ)の中、頼政はみごとに鵺を射当てたが、蟇目矢(ひきめや)のほかに征矢(そや)を持っていたのは、もし失敗した時には、このことを奏上した人を射るためだった。
吉備津彦と温羅の伝説 百済の王子温羅(うら)が日本に来て、岡山の鬼の城に住んだ。温羅は身長約4メートルで、鬼のごとき姿だった。四道将軍の吉備津彦と温羅が戦ったが、双方の矢が途中で喰い合って落ち、勝負がつかない。住吉大明神が童姿で現れ、吉備津彦に「1度に2本の矢を射よ。1本は喰い合い、1本は温羅に当たる」と教え、吉備津彦は温羅を退治することができた(岡山市吉備津)。
★4.クピードの二本の矢。
『変身物語』(オヴィディウス)巻1 クピードは、アポロンとダフネ(=ダプネ)を射るために、矢筒から2本の矢を取り出す。1本は恋心をかきたてる金の矢で、もう1本は恋を去らせる鉛の矢である。クピードは金の矢でアポロンを射、鉛の矢でダフネを射る。たちまちアポロンは恋心を抱いてダフネを追い、ダフネはこれを嫌って逃げる。
★5a.三本の矢を折る。
『常山紀談』巻之16 重病の毛利元就が子供たちを集める。そして彼らの数ほどの矢を取り寄せて、「多くの矢をたばねて折ろうとしても、折り難い。1本ずつに分けて折れば、たやすい。兄弟心を同じくして相親しむべし」と遺言した〔*一般には、3人の息子に3本の矢を折らせる、という形で伝えられる〕。
『乱』(黒澤明) 戦国武将・一文字秀虎は、引退して子供たちに国を譲ろうと考え、3人の息子(太郎・次郎・三郎)に、「3本の矢を1度に折ってみよ」と命ずる。太郎と次郎が試みるが、折れない。秀虎は「このように兄弟3人力を合わせれば、国は安泰だ」と教訓する。しかし三郎は、父・秀虎の単純な考えを不満に思い、3本の矢を無理やり折ってしまう。
*→〔分割〕4aの『イソップ寓話集』53「兄弟喧嘩する農夫の息子」が原型であろう。
★5b.五本の矢を折る。
『元朝秘史』巻1 アラン・ゴア(=チンギス・ハンの遠祖)は、5人の男児を産んだ。彼女は、5人の息子たちに1本ずつ矢を与えて折らせ、ついで、5本の矢の束を折らせた。1本の矢はたやすく折れたが、5本の矢の束は折れなかった。アラン・ゴアは息子たちに、兄弟団結の意義を教えた。
『三国志演義』第46回 諸葛孔明は周瑜に向かって、「3日で10万本の矢を調達する」と豪語する。1日目・2日目は孔明は動かず、濃い霧のたちこめた3日目の夜更け、20隻の船で、揚子江北岸の曹操の陣へ押し寄せる。曹操の陣から射かけられるおびただしい矢を、各船の幔幕や藁束で受け止めてから、孔明は引き上げる。各船に5~6千本ずつ、計10万本余の矢が孔明の手に入る〔*類話である→〔藁人形〕2の『南総里見八犬伝』第9輯巻之35下第161回では、2~3万本の矢を得る〕。
『和漢三才図会』巻第74・大日本国「摂津」 神武天皇が長髄彦(ながすねひこ)と戦った時、天皇の軍は矢が尽きて退却した。大和の国神・椎根津彦(しいねつひこ)が、すぐに持っている箱から数万の矢を出し、天皇の軍は気力を得て、逆賊を射て退けた。椎根津彦はさまざまな物資を調達・供給したので(*→〔箱〕3c)、天皇は「汝はどうして自在神力の術があるのか?」と問う。椎根津彦は「我は天祖のはじめの子、蛭子(ひるこ)命の大神である。天下の富持神である」と言った〔*西宮の恵比寿神である〕。
*イザナキとイザナミの子・蛭子(水蛭子)→〔子捨て〕3の『古事記』上巻・〔足〕1aの『日本書紀』巻1。
『高館』(幸若舞) 平泉に身をよせる義経を討つべく、頼朝が軍勢を派遣する。弁慶は敵軍を相手に奮戦するが力尽き、衣川の真砂に長刀を突き立て、真言を唱えつつ、立ったまま死ぬ。敵勢は、弁慶が生きていると思い、遠くから矢を射かける。弁慶の身体に多くの矢が刺さるさまは、蘆を束ねて板戸を突くごとくであった。
『マハーバーラタ』第6巻「ビーシュマの合戦と死の巻」 パーンドゥ一族とクル一族の大戦争が始まって10日目。クル軍の総大将ビーシュマは、パーンドゥ家のアルジュナが次々に放つ矢を全身に射込まれて、ついに倒れる。しかし隙間もなく刺さった矢のために、ビーシュマの身体は地面に触れない。ビーシュマは無数の矢の床に横たわって、静かに死を待つ。
★8.白羽の矢。
『賀茂』(能) 播州室(むろ)の明神に仕える神職が賀茂神社に参詣して、白木綿に白羽の矢を立てた川辺の祭壇を見る。水汲みの2人の女が、その由来を説明する。「昔、秦(はだ)の氏女(うじにょ)が水を汲んでいた時、川上から白羽の矢が流れ来て、水桶に止まった。矢を持ち帰り、庵の軒にさして置くと、氏女は懐妊して男児を産んだ。後に矢は雷となって天に昇った。母と子と矢が、賀茂三所の神である」。
『猿神退治』(昔話) 村の鎮守が毎年1人ずつ娘を食う。人身御供になる娘の家には、白羽の矢が立つ。今年白羽の矢が立った家で皆が泣いている所へ、旅のばくち打ちが通りかかる。ばくち打ちは「鎮守様なら村人を守るはず。これは化け物に違いない」と考え、猛犬「天地白」を使って化け物を退治する(福島県南会津郡)。
*神が矢に姿を変えて、女と結婚する→〔川〕1の『山城国風土記』逸文、〔厠〕1の『古事記』中巻。
★9.矢の落ちた所に住む娘を、妻とする。
『蛙の王女』(ロシアの昔話) 王が3人の息子に命ずる。「各自、別々の方向へ矢を放ち、自分の矢が落ちた屋敷の娘を妻とせよ」。長男の矢は貴族の邸の真向かいに落ち、彼はそこの姫君を妻とした。次男の矢は商人の邸の玄関にささり、彼はそこの娘を妻とした。末子のイワン王子の矢は、きたない沼に落ち、蛙がその矢をくわえていた。イワン王子は、蛙を妻とした→〔蛙〕2b。
矢と同じ種類の言葉
- >> 「矢」を含む用語の索引
- 矢のページへのリンク