ペルーの歴史とは?

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ペルーの歴史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/14 15:59 UTC 版)

この項目では、ペルー共和国歴史について述べる。
現在のペルーに相当する地域は先コロンブス期アメリカ大陸で最も高度な文明が発達した地域であり、知られているものだけでも、チャビン文化チャビン・デ・ワンタル)、ワリ文化ティワナク文化ワリ帝国スペイン語版英語版、中期ホライズン)、シカン文化チムー文化チムー王国)などが考古学的に発掘されている。15世紀にそれらの諸文化を綜合する存在として現れたタワンティン・スウユ、あるいは後世インカ帝国と呼ばれることになる国家は当時の地球上最大級の国家として繁栄した。1533年にタワンティン・スウユがスペイン人の征服者、フランシスコ・ピサロによって滅ぼされた後、スペインの領土となったアンデス山脈一帯はペルー副王領として再編され、リマ南アメリカの西半分を統括した副王領の中心地となったが、植民地時代を通して現在のペルーに相当する地域は徐々に周辺地域と比べた衰退が明らかになっていった。
1821年に独立を宣言し、1824年に独立を達成したものの、その後も内政は安定せず、1879年から1883年まで続いた太平洋戦争ではチリに敗北し、南部の領土を割譲した。20世紀に入ってからも内政は安定せず、経済的にも社会的にも低開発な状態に留まり、1968年の軍事クーデターによって成立したベラスコ将軍の軍事革命政権によって実施された一連の社会改革も、ペルー社会に肯定的な影響を及ぼすことはできなかった。1980年の民政移管後には深刻な社会不安と経済危機に見舞われ、左翼ゲリラと政府の間で内戦に陥っている。また、1941年からペルーはエクアドルアマゾン川流域の低地を巡って数次に及ぶ国境紛争を繰り広げ、1998年に最終的にこの紛争に勝利して広大な領土を併合している。




註釈

  1. ^ 最初期のペルー副王領は現在のペルーのみならず、ポルトガル領ブラジル以外のパナマより南の南アメリカ全体を統括していた[14]
  2. ^ ドビンズの推計値は増田、柳田(1999:13)からの孫引きであることを明記しておく。
  3. ^ 皮肉にも彼の子孫のエルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナは、彼とは異なり20世紀後半のラテンアメリカの革命闘争に従事したのであった。
  4. ^ 日本とペルーが1873年に国交を結ぶきっかけとなったマリア・ルス号事件は、この過程で発生した事件であった[68]
  5. ^ オンセ=onceはスペイン語で11を意味する。
  6. ^ この面積に関しては20万km²と主張している資料も存在する[120]

出典

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