主な来歴
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1989年8月 日本で開催された「第7回世界子ども音楽祭」でグランプリ受賞。 1990年5月 1stシングル「天の子守歌」でポニーキャニオンよりデビュー。 1990年11月 2ndシングル「Yes,Happy」発売。カネボウ化粧品90年冬のイメージソングに起用される。1stアルバム「オユンナ ОЮУНАА」同時発売。 1990年12月 紅組史上最年少(当時)でNHK紅白歌合戦に出場。その澄みきった歌声が天使の歌声と評され、日本にモンゴルブームを巻き起こす。 1991年6月 3rdシングル「花」発売。 1991年11月 「アジアミュージックシーンIN香港」にサリーイエン、アンディーラウ、谷村新司等と香港スタジアムで共演。 1992年8月 4thシングル「初恋」(税理士制度50周年イメージソング)発売。 1992年9月 2ndアルバム「オユンナII黄砂」発売。モンゴル国立音楽専門学校より同朋高等学校音楽科へ留学(1994年3月卒業)。 1992年10月 5th シングル「エージンハイル」(モンゴル日本共同制作映画 『チンギス・ハーン』)主題歌発売。 1993年7月 6thシングル「星空はメリーゴーランド」(NHK衛星放送年間イメージソング)「ヒロシマの少女の折鶴」発売。 1994年1月 7thシングル「遠くへ行きたい」(アレンジ:姫神)(よみうりテレビ『遠くへ行きたい』主題歌 )発売。 1994年5月 ひろしまフラワーフェスティバルのフラワー歌手に選ばれる。 1995年4月 日本青年館で開催された「~とどけ心の歌声神戸の空へ!アジアの友へ~ 阪神大震災チャリティーコンサート」にアグネス・チャン、キム・ヨンジャ、白竜等と出演。南こうせつの主催する日比谷野外音楽堂「GREEN PARADISE」に参加。 1995年10月 8thシングル「共に生きて」(NHK『アジア発見』テーマソング)発売。名古屋市で開催された「世界公園フェスティバル」にジョン・デンバー、シーナ・イーストン等と共演。 1996年8月 モンゴルの首都ウランバートルで孤児支援のためのチャリティーコンサート開催。 1996年12月 「オユンナ基金」設立 1998年2月 4thアルバム「生命あるものはみな-Human Being-」発売 1998年3月 名古屋音楽大学ピアノ科卒業 1999年8月 広島市で開催された「世界音楽祭オーガスト・イン・ヒロシマ'99 グランドコンサート“TOGETHER”」にスティーヴィー・ワンダー、谷村新司、西城秀樹、ディック・リー、レスリー・チャン、イ・ウンミ等と参加。 2000年2月 ポニーキャニオンよりガウスエンタテイメントへ移籍。9thシングル「だけど I LOVE YOU」(作詞 沢田知可子)(NHKみんなのうた)発売。 2000年11月 岐阜市・大阪府大東市で開催された平和フォーラム「21世紀の創造」にロニー・ブローマン(国境なき医師団・ノーベル平和賞受賞者)、明石康(元国連事務次官)、小山内美江子(作家)等と参加。 2001年7月 ウランバートル市で開催された環境をテーマにした市民交流祭(日本とモンゴルの環境省による共催)に環境親善大使である加藤登紀子、ノロヴバンザドと共演。 2001年8月 マキシシングル「ヒロシマの折鶴〜Papaer Cranes〜」をプライベートレーベルとして発売。 2002年4月 オユンナの歌う「ヒロシマの少女の折鶴」が中学校の英語の教科書(三省堂)の副教材として採用。 2005年3月 名古屋大学大学院環境学研究科卒業。 2006年4月 中学2年生の国語の教科書(三省堂)にオユンナそのものが題材として掲載。 2006年11月 5thアルバム「Wish〜ねがい〜」(プライベートレーベル)発売。 2010年9月 マキシシングル「わすれもの」発売。 2013年3月 台湾4都市9公演コンサートツアー実施。
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主な来歴
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2009年12月30日 三軒茶屋の「土間土間」で赤羽在住の林家ぺー&パー子とカンドウスタッフが飲んでいる時、誰かが「赤羽って、AKBNですね。」とつぶやく。→構想スタート。 2010年5月1日 - プロジェクトスタート。メンバー募集開始。 2010年8月13日 - 代々木公園野外ステージにてデビューライブ開催。 2010年8月18日 - グループの公式ブログを設立。 2010年9月30日 - 初の冠番組「AKBNGO!」放送開始。 2010年10月 - 赤羽警察署の振り込め詐欺撲滅キャンペーンにおいて、赤羽駅前でのパレードに参加。 2011年3月から、東日本大震災の義捐金として、「赤い羽根募金」の名に似せた「赤羽募金」の活動を開始。 同年5月4日 - 念願のデビューシングル『大好きだよ!』をリリース。初週売り上げが1万枚以上、新星堂週間ランキングでは1位、オリコン週間インディーズランキング2位、オリコン週間総合ランキング32位をそれぞれ記録した。 2011年11月2日 - 2ndシングル「ごめんね☆My Way」発売。デイリーチャート9位。オリコン週間ランキング16位にチャートイン。オリコン週間インディーズランキング1位 2012年2月25日 - AKBN0オーディション募集要項に新システム、紅白コースと武道館コース2つを導入。 2012年5月2日 - 3rdシングル「純情サテライト」発売。デイリーチャート5位。オリコン週間ランキング15位にチャートイン。 2012年5月21日 - かねて目標に掲げていた赤羽会館でのライブを行い、500人(主催者発表)を動員した。 2012年8月13日 - デビュー2周年の日にAKBN 0からNゼロ(元AKBN 0)に改名。 2012年8月13日 - 4thシングル「Let's get all!」発売。デイリーチャート4位オリコン週間ランキング20位。 2013年1月30日 - ニコニコ生放送にて冠番組「Nゼロ(元AKBN0)のニコニコぷんぷん大放送!」を放送開始。 2013年4月16日 - クライアントと個人的に連絡を取り合っていたとして正規メンバー3人を強制中退処分とする。他に11期研究生1人が同様の理由により契約解除となり、また、連絡を取り合っていたクライアント1名が今後のイベントへの出入りを一切禁じられた。 2013年7月14日 - 日本青年館大ホールにて14thライブを行い1008人(主催者発表)を動員。第3のステップ達成。 2013年9月25日 - 5thシングル「ドギマギFirst Love」を発売。オリコンデイリーチャート3位、週間ランキング9位にチャートイン。グループ初の週間TOP10入りを果たす。 2014年1月16日 - グループ初となる1stアルバム「First 0(ラブ)」を発売。 2014年5月7日 - 6thシングル 「Blue Sky Blue / 我らスマアホ症候群」 を発売。オリコンデイリーチャート6位、週間ランキング12位にチャートイン。 2014年7月28日 - 6月と7月に11期生と10期生の合わせて2名が相次いで中退。度重なるスキャンダルを受けて、公式ブログを通じ「今後、メンバーとクライアントがプライベートで連絡を取り合った場合、損害額を算出し、双方に損害賠償を請求すると異例の警告を行う。 2014年8月13日 - デビュー4周年の日にNゼロ(元AKBN 0)からNゼロに改名。 2014年12月31日 - 7thシングル「だから!Don't say it」を発売。オリコンデイリーチャート1位、週間ランク4位にチャートインする。その週のオリコン週間チャート1位は、仮面女子でインディーズ女性アイドルとして獲得した。 2015年7月22日 - 8thシングル「抱きしめて☆my heart」発売。オリコンデイリーチャート10位、週間ランク16位にチャートインする。 2015年8月13日 - デビュー5周年記念スペシャルライブを王子つつじホールで開催。 2015年11月10日 - 2ndアルバム「Second 0(ラブ)」を発売。 2016年4月20日 - 9thシングル「全力★Far Away」発売。オリコンデイリーチャート6位、週間ランク14位にチャートインする。 2016年8月14日 - 渋谷伝承ホールで6周年&20thライブを開催。 2017年3月15日 -10thシングル「ドーピングゼロ~正々堂々と勝負して~」を発売。オリコンデイリーチャート12位、週間ランク23位にチャートインする。 2017年8月13日 - 目黒パーシモン小ホールでデビュー7周年記念スペシャルライブを開催。 2018年3月28日 - 11thシングル「ボクとキミとヒコーキ雲」を発売。オリコンデイリーチャート7位、週間ランク19位にチャートインする。 2018年7月18日 - 3rdアルバム「Third 0(ラブ)」を発売。 2018年8月12日 - 渋谷伝承ホールで8周年記念スペシャルライブを開催。 2019年2月27日 - 12thシングル「ときめき♡Destiny」を発売。オリコンデイリーチャート10位、週間ランク20位にチャートインする 2019年8月12日 - 滝野川会館大ホールで9周年記念スペシャルライブを開催。 2020年9月6日 - 王子つつじホールで10周年記念スペシャルライブを開催。 2021年8月15日 - 上馬高齢者集会所で11周年ライブを開催。
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主な来歴
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/07 18:49 UTC 版)
1982年 長崎県立島原高等学校、国立名古屋工業大学高分子工学科、国立名古屋工業大学大学院博士前期課程材料工学科有機材料コース修了。 1989年 ミズノ株式会社入社(商品開発本部ウエア開発研究室配属)オリンピック競技ウエア(水着、陸上ウエア等)の研究開発に従事。 特に 2000 年シドニー五輪、開発担当の『サメ肌水着』が13の世界新樹立 特許出願約30件(サメ肌水着世界特許等) 2003年 ミズノ株式会社を退社(技術開発部ウエア開発課)。2004年 元気塾設立(学習塾、カイロ整体院) 2011年 アーティストファクトリー・ジャパン株式会社設立。2012年 社名を株式会社集中力へ変更
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主な来歴
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/22 05:47 UTC 版)
スキーのための体力づくりで始めたキャディーのアルバイトからゴルファーに。18歳からゴルフを始め、1982年にプロテストに合格する。 近年は、宮本勝昌や藤田寛之などと共に、自身を中心としたグループ「TEAM SERIZAWA」を結成し、互いに切磋琢磨しあうだけに留まらず、ジュニアレッスン会を始めとした様々なゴルフイベントを開催している。 最近は実兄の芹澤名人がキャディーを引き受ける事が多い。信雄が優勝した際には兄弟で喜びを分かち合った。 1989年、ベストドレッサー賞(スポーツ・芸能部門)を受賞した。 1996年、第22回 日本プロゴルフマッチプレー選手権でメジャー大会初優勝。 2000年、第8回 東建コーポレーションカップ優勝。 2009年、PGAシニアツアーデビュー。“目指すはシニア賞金王”と公言して挑んでいる。 2010年、第3回 富士フイルムシニアチャンピオンシップでシニアツアー初優勝。
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