リベラリズムとは? わかりやすく解説

リベラリズム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/07 13:51 UTC 版)

井上達夫」の記事における「リベラリズム」の解説

liberalism(リベラリズム)」の定訳である「自由主義」を誤訳であるとし、自由ではなく正義こそがリベラリズムの根幹思想だとする。リベラリズムは「啓蒙」と「寛容からなり理性によって人間伝統慣習から解放する啓蒙的姿勢。そして、理性の限界存在することを受け入れ自分達の考えが必ずしも正しくない可能性直面した上で他者からの批判受けて自身変化することも許容する寛容姿勢。この二つ合わせた規範概念がリベラリズムであるとする。その結果として導かれるのは、他者との対話通してより良い正義実現目指す姿勢であり、すなわち熟議通した民主政であるとしている。

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リベラリズム(自由主義)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/26 04:05 UTC 版)

国際政治経済学」の記事における「リベラリズム(自由主義)」の解説

経済学の用語では、リベラリズムは、古典派経済学新古典派経済学オーストリア学派シカゴ学派関連したアプローチである。 推奨される政策貿易対す国家統制規制最小限あるいは撤廃する輸出品目を生産する組織民営化要求する歴史リベラリズムのアプローチは、アダム・スミス業績、つまり、重商主義対すスミス主義革命黎明期における経済学とされるものに遡ることができる。スミスは、最も効率的な方法希少資源付加価値のある商品サービス変えるうえで、競争恩恵分業奨励した自由市場仕組みどのように個々アクターによる利己的な行動社会全体にとって最大利益へと変えるのかについてのシンボルである、見えざる手について言及した。リベラリズムへの貢献は、デイヴィッド・リカードによってなされ、彼の比較優位説は、異な国家間貿易が、たとえ他国犠牲にすることで利益を得ると直感的に感じている状況であっても双方にとって利益となると論じた。リベラリズムの見方は、18世紀スミスによって提起され以来西欧学界で強い。代替システムであるケインズ主義大学など広範な支持獲得したのは1940年代から1970年代初めの間である。ジョン・メイナード・ケインズは、国内マクロ経済政策に主に関心持っていたが、しかし、IPEにおいて、彼の成熟した見解公的パワー私的パワー中間求めグローバルな金融管理体制好んだ点でリアリズム範疇合致するケインズ主義合意は。1950年代にすでに、フリードリヒ・ハイエクオーストリア学派ミルトン・フリードマンシカゴ学派批判によって後に挑戦を受け、1970年代には、支配的な影響力を奪うことになった戦争経済的帰結や平和促進経済的手段についての考えを含む国際関係へのケインズアプローチは、2008年以降グローバルな金融危機および不況到来によって、特にドナルド・マークウェルの研究通じて注目されている政策立案領域では、西欧諸国は、リベラリズムとリアリズム双方見方立った混合的な課題追求してきた。これは、一時的にほかの学派優勢だった時期があるけれども、近代商業時代から現代まで当てはまる。1914年にいたる時期は、実際のところ諸国重商主義イデオロギー部分的に影響されていたといっても、古典派経済学黄金期であると時に描写される第二次大戦後、ブレトン・ウッズ体制創設されたが、それは、民間商業行動の自由を認め一方で政府国際金融管理することを許容する点で本質的にリアリズム的な構築物である。1971年リチャード・ニクソン大統領は、ブレトン・ウッズ協定反転開始し2008年まで国際貿易と金融のいっそうの自由化の波が続いた国内的には、1970年代上の大西洋諸国や、1990年代以降中国インドなどのアジア大国もまたリアリズムとリベラリズムの政策組み合わせ追求したアメリカ財務省やIMFによって強制的に全面的な自由化実行迫られ中小国さまざまな危機直面した2008年、リベラリズムの影響は、ケインズ主義再登場衰退していった。2008年後半からは、世界各国指導者たちは、新たなブレトン・ウッズ体制をますます求めている。

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リベラリズム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/05 14:36 UTC 版)

リベラル」の記事における「リベラリズム」の解説

詳細は「自由主義」、「理性主義」、「啓蒙主義」、および「寛容」を参照 リベラリズム(自由主義)は、中世的な教会や諸領主による権威宿命論に対して、「人間には自由に判断し決定する事が可能であり、自己決定権を持つ」という政治哲学であり、18世紀ヨーロッパ啓蒙主義として広まった当初の主題宗教改革での信教の自由であり、三十年戦争後ヴェストファーレン条約により近代的な主権国家誕生して国家単位での信教の自由確立したこのため異な宗教を持つ間で寛容多様性概念が重要となった政治的リベラリズム多元主義)。またプロテスタント内部よりリベラリズム(自由主義神学)が発生したいかなる私人も、教会宗教の違い理由として、他人社会的権利享有をそこなう権利持ってはおりません。…(中略)…いや、われわれはたんなる正義という狭い限度満足することなく慈愛博愛寛大がそれに加えられねばなりません。 — ジョン・ロック寛容についての書簡』 またイギリス清教徒革命名誉革命アメリカ独立革命フランス革命などのブルジョワ革命市民革命)によってブルジョワジー実権握りアダム・スミス代表される個人主義的な私有財産基づいたレッセフェールによる経済的リベラリズム(古典的リベラリズム、自由主義経済資本主義)が進展すると、伝統的な共同体解体都市への人口集中プロレタリアートとの貧富拡大劣悪な労働条件世界恐慌発生など社会不安増大し各種社会主義台頭改良主義的な社会民主主義私有財産制限廃止暴力革命主張する共産主義などの集産主義)、あるいは植民地獲得競争ブロック経済などが進展した帝国主義ファシズム統制経済)。ジョン・メイナード・ケインズらは、リベラリズムの立場から有効需要理論唱え政府による金融政策や、公共事業などの財政政策により非自発的失業最小にできると主張した。またヨーロッパ諸国では福祉国家論などが進められた(修正資本主義混合経済)。これらの社会的公正重視したリベラリズムは、ニュー・リベラリズム新自由主義)やソーシャル・リベラリズム社会自由主義)と呼ばれるようになった。(後述のように、アメリカ合衆国では単に「リベラリズム」との呼称普及した影響で、従来古典的リベラリスト一部リバタリアニズム名乗るようになった。)その後フリードリヒ・ハイエクなど、古典的リベラリズムの復権主張してケインズ主義などを社会主義的批判する立場は、ネオ・リベラリズム新自由主義)とも呼ばれるようになった

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