リベラリストとしての一面
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 09:45 UTC 版)
「ハスケル・ウェクスラー」の記事における「リベラリストとしての一面」の解説
アメリカを代表するリベラルな映画人として知られており、劇映画、ドキュメンタリーにおいても政治色の強い内容のものを数多く手がけている。特にベトナム戦争中の1960年代から70年代中盤にかけては、反戦をテーマにした作品を多く手がけている。撮影と監督をつとめた『アメリカを斬る 」では、ベトナム戦争を起因に暴動まで発展した1968年の民主党大会を題材にしており、『敵に対する序論』では1974年のベトナム戦争末期に反戦活動の旗手であったジェーン・フォンダとともに北ベトナムに取材活動に渡るなどの活動を行った。 こうした行動とやや攻撃的ともとれる内容から、公安当局から監視されたり、上映に対しての圧力がかかるなどの辛酸をなめるが、プロテストソングの第一人者であるウディ・ガスリーをあつかった『ウディ・ガスリー/我が心のふるさと』では、アカデミー賞を含め、全米批評家賞などの栄誉に輝き、労働運動を扱った『メイトワン1920』でもノミネートを受けていることから、映画界ではその思想的な部分を差し引いてもその手腕は高く評価されている存在である。
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