映画界
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「ヴァージニア・チェリル」の記事における「映画界」の解説
ヴァージニアとチャップリンの出会いには二通りの説がある。1928年夏、アドラーとの結婚が破たんしたヴァージニアはハリウッドに遊びに来ており、ハリウッド・アメリカン・リージョン・スタジアムで行われたボクシングの試合を見に来ていたチャップリンに目をかけられ、チャップリンのスクリーンテストを受けることになった、というもの。もう一つはチャップリン自身の弁によるもので、サンタモニカのビーチで水着姿で撮影中のヴァージニアの姿が忘れられず、スクリーンテストへの誘いの電話をかけた、というものである。チャップリンはヴァージニアにエドナ・パーヴァイアンスのような雰囲気を感じており、また、ヴァージニア以外の女優にも『街の灯』として結実する新作に登場させる盲目のヒロインの役に必要な「盲目の人間の演技」のテストを行わせたが、ヴァージニアのみが「自然に盲目らしく見せる」ことに成功したこともあって、ヴァージニアが新作のヒロインに選ばれた。ヴァージニアの両親、ジェームズとブランシュはヴァージニアの映画界入りには賛成していなかった。 しかし、ここで一つ問題が起こる。ヴァージニアが特にチャップリンを気に入っておらず、チャップリンもまたヴァージニアには好意を持てなかったことで、チャップリン視点でいえば、個人的に好意を寄せていない女優と共演するのは初めてだった。『街の灯』の撮影のうち、ヴァージニア演じる盲目の花売り娘が放浪者と出会うシーンが最初に撮影されたのは1929年1月29日から2月14日の間で、チャップリンがインフルエンザと食中毒で床に臥せっていた期間を挟んで4月1日から10日までの間に一度は撮影されたが、チャップリンは撮り直しを重ねても出来栄えに満足せず、当該シーンの撮影はいったん放置された。半年後の1929年11月ごろから再び当該シーンの撮影が再開されるが、その半年間、ヴァージニアは夜毎にパーティーに出かけたりして退屈をしのぐ日々だった。相変わらずチャップリンはヴァージニアに興味が持てず、気分は散漫になりがちであった。そして、一つの事件が起こる。重要なシーンの撮影を間近に控えたとき、ヴァージニアは「美容室の予約がある」という理由で早退を求め、これを聞いたチャップリンは不満が爆発してヴァージニアとの契約を停止してしまった。代わりに『黄金狂時代』でヒロインを務めたジョージア・ヘイルが盲目の花売り娘役を演じることとなり、テストフィルムまで撮られ好評を得たものの、側近の忠告に気持ちがぐらついて気が変わり、別の女優をテストしてみたものの気に入らなかったこともあって、チャップリンは10日後にヴァージニアを復帰させることを決断した。ところが、ヴァージニアは週給を停止前の75ドルから倍の150ドルにしてくれたら戻る、最初に契約した時は未成年だったから契約は無効だ、とチャップリンに訴え出る。週給の件は、ハーストの愛人マリオン・デイヴィスの入れ知恵であった。完全に鼻をへし折られた形のチャップリンではあったが、好意という形ではないにせよヴァージニアと仕事をすることにようやく気が向いたのか再契約に応じ、出会いのシーン、花売り娘の家でのシーンおよびラストシーンの撮影が順調に進むこととなった。『街の灯』全体の製作も憑き物が落ちたかのように順調となり、チャップリン自身もこれまでの不安を一気に吹き飛ばしたかのようであった。かくして『街の灯』の撮影は1930年10月30日に終わった。 『街の灯』の撮影終了後、ヴァージニアはフォックス・フィルムと契約し、初期のトーキー映画『興奮を求める女子(英語版)』(1931年)では若き日のジョン・ウェインと共演。ジョン・フォード監督の『ザ・ブラット(英語版)』(1931年)にも出演し、ジョージ・ガーシュウィンが音楽を担当したミュージカル映画『デリシャス(英語版)』(1931年)でジャネット・ゲイナーと共演したが、ジェームズ・メイソンの初期出演作2作のうちの一つである『荒れた海(英語版)』(1936年)への出演が、女優としてのキャリアの最後となった。ヴァージニアは「偉大な女優になる気はなかった」と回想している。
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「映画界」の例文・使い方・用例・文例
- 映画界
- トムは映画界にデビューするとすぐに10代の若者の間で人気が出た。
- その映画監督は自分の権力を使って、映画界に特別な場を設けました。
- 彼女の映画界からの引退は世間の話題をさらった.
- 映画界の大立者.
- 映画界の花形女優, 銀幕の女王.
- 映画界の花形
- ハリウッドという,米国の映画界
- 彼は1973年にスタートした「仁義なき戦い」シリーズで映画界にセンセーションを巻き起こした。
- 選ばれて本当に驚いているが,日本映画界に貢献してきたすべての人を代表して賞をいただけるのはとてもうれしい。
- 主演を務めた女優の真(ま)木(き)よう子さんは,「大森監督の制作チームで働くような人々が日本映画界にいる限り,私は決して女優をやめません。」と語った。
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