膳所藩 幕末の領地

膳所藩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/28 23:58 UTC 版)

幕末の領地

明治維新後に、滋賀郡7村(京都町奉行管轄の旧幕府領6村、狭山藩領1村)、錦部郡6村(旧神戸藩領4村、狭山藩領2村)が加わった。

文化・産業・人物

学問・武芸

1808年に藩校として遵義堂が開かれ、幕末期には蘭学と西洋砲術も教授された。藩儒には、英文学作品を日本ではじめて和訳紹介したとされる黒田麹廬(行次郎。1850年ごろ、『ロビンソン漂流記』を「漂荒記事」のタイトルで翻訳した)や、関藍梁(後述)などがいる。明治・大正期の国粋主義教育者として著名な杉浦重剛は、藩儒の子として生まれて遵義堂に学んだ。

居合剣術の今枝流は、寛永年間に宮津藩士今枝良重・良政父子によって編み出されたが[2]、良政は主家改易に伴う浪人を経て、300石で膳所藩本多家に仕えた[2]。なお、今枝一族からは他の武術をも取り込んだ複数の武術流派が生まれ[注釈 4]各地に伝わったが、膳所藩の今枝流は居合剣術の形を保って幕末まで続いた[2]

特産品

最初の膳所藩主となった戸田一西は、前領地の武蔵鯨井(現在の埼玉県川越市鯨井)から味の良い紅しじみを運び、瀬田川で養殖に成功して特産品瀬田しじみにしたと伝えられている[3][4](ただし、現在セタシジミと呼ばれる生物種[注釈 5]は琵琶湖の固有種である[5])。漁民は戸田一西(左門)の名から「左門しじみ」と呼んで善政を讃えたという[3]。第二次世界大戦前までは京都に一泊すれば、朝食には必ずしじみ汁が出ることで有名となった。

江戸時代初期、膳所藩の御庭焼として膳所焼が高名であり、大名間の贈答用茶器などが生産された。膳所焼は小堀遠州の好みとされる遠州七窯に数えられている。膳所焼は、菅沼定芳が御用窯を開いたのがはじまりとされ、菅沼家に代わって入封した石川忠総のもとで最盛期を迎えた[6]。しかし、忠総の死後に石川家が膳所から去ったこともあり、膳所焼は衰微した。江戸時代後期以降、民間で膳所焼再興が幾度か試みられた[注釈 6]

膳所茶は、幕末期から特産品化が進んだ。ペリーが来航した際、膳所藩江戸屋敷詰の儒者関藍梁は、幕府の応接役林大学頭に従って黒船に乗船していた。ペリーは、関が所持していた藩領産の緑茶を振る舞われて気に入り所望。これを受け、関は藩主に茶の特産品化を進言。宇治で製茶法を学んだ元藩士の太田重兵衛が茶司に任命され、園山茶園が開かれて特産品化が進められた。

ゆかりの人物

江戸時代後期、山林奉行に属した藩士加藤九蔵(「餅九蔵」の異称でも知られる)は、領内の植林に尽力した。九蔵の死後、文化5年(1808年)に藩主本多康禎がその功績を讃えた木札を建て、明治45年(1912年)に石碑「餅九蔵植林記念碑」が建てられている。

幕末期の越後長岡藩家老として著名な河井継之助は、その先祖が膳所藩本多家に仕えていたという説がある。

藩士野口家出身の野口賀柔・槇子兄妹は岩倉具視に近侍し、幕末期の岩倉の活動を支えた。槇子はのちに岩倉の継妻になっている。

このほか、明治期に活動した膳所藩出身者には、粟津高明(明治時代のキリスト教界の指導者)などがいる。

脚注

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注釈

  1. ^ 膳所藩主となった本多家は、戦国時代に三河国宝飯郡伊奈城の城主だった家(伊奈本多家、彦八郎家)で、膳所藩初代藩主となった本多康俊の名から康俊系本多家とも呼ばれる。康俊は伊奈本多家に養子に入った人物で、実父は酒井忠次(左衛門尉酒井家)であり、母方で松平清康徳川家康の祖父)の血を引く。
  2. ^ 大津付近は幕府直轄地となり、大津奉行や大津代官が置かれた。
  3. ^ 徳川家茂の暗殺の計画があったとされる(膳所城事件)。処刑された尊王攘夷派の11名は、明治維新後に膳所藩十一烈士として顕彰され、安昌寺に祀られている。
  4. ^ 良政の甥にあたる今枝良臺が開いた理方一流など
  5. ^ Corbicula sandai
  6. ^ 「膳所焼」の語は、御庭焼に先立つ古窯や、江戸時代後期以後に膳所焼の再興を試みたさまざまな窯も含めた総称として用いられることもある。現代において滋賀県伝統的工芸品に指定されている膳所焼は、1919年に岩崎健三による再興の成果である。

出典

  1. ^ 二木謙一監修・工藤寛正編「国別 藩と城下町の事典」東京堂出版、2004年9月20日発行(396ページ)
  2. ^ a b c d 村山勤治「滋賀県諸藩における武芸教育に関する研究(その1) 膳所藩の武芸教育について」『滋賀県スポーツ科学委員会紀要』第6巻、1985年、2018年3月3日閲覧。
  3. ^ a b 瀬田川の紅蜆”. 瀬田川てくてくマップ. 国土交通省近畿地方整備局琵琶湖河川事務所. 2018年8月31日閲覧。
  4. ^ しじみ (pdf)”. FOOD紀 わが町の「地産地消」をたずねて. 平和堂. 2018年8月31日閲覧。
  5. ^ セタシジミ”. 滋賀県. 2018年8月31日閲覧。
  6. ^ 公益財団法人 膳所焼美術館”. 滋賀県博物館協議会. 2018年3月3日閲覧。


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