西代藩
西代藩
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/24 19:24 UTC 版)
西代藩(にしだいはん)は、江戸時代中期に河内国に存在した藩。 延宝7年(1679年)、近江国膳所藩第2代藩主・本多康将の次男・本多忠恒は、河内国錦部郡・近江国高島郡・甲賀郡において1万石を分知され、西代藩が立藩した。 第2代藩主・本多忠統は正徳元年(1711年)、西代(大阪府河内長野市西代町)に陣屋を構えた。忠統は大番頭・寺社奉行と昇進し、享保10年(1725年)には若年寄に累進した。享保17年(1732年)、伊勢国神戸藩に転封となり廃藩となった。
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