B型肝炎の原因ウイルスであるB型肝炎ウイルス(HBV)は、1963年Blumbergらによるオーストラリア抗原の発見が契機となって同定された。発見当初は免疫血清学的手法を用いて研究されてきたが、1970年にHBVの本態であるDane粒子が同定され、さらに1979年ウイルス粒子から、そこに含まれるウイルスゲノムがクローニングされるに至り、HBVは一躍分子生物学の研究対象となり、HBVおよびB型肝炎に関する知見は飛躍的に進展した。世界でのHBV感染者の分布には大きな地域差があり、東南アジアやアフリカでは感染者率が10%を上回る国もあり、大きな保健医療上の課題となっている。しかし最近では、世界的なワクチン接種活動の拡大によって、感染頻度の低下が期待されている。 疫 学 HBVの持続感染者は世界中で3億人以上存在し、既感染者は20億人に上ると言われている。 持続感染者が人口の8%以上のいわゆる高頻度国は、アジアとアフリカに集中している。これに対し、日本、ヨーロッパ、北米などは感染頻度2%以下の低頻度国である。HBV感染は主に、輸血、不適切な観血的医療行為などによる経皮的感染と、性交渉、分娩時の経粘膜感染によるものであると考えられる。我が国では1972年にHBs抗原検査が導入されて以来、輸血後B型肝炎は減少の一途を辿っているが、1995~1996年、日赤血液センターでの初回献血者集団においてHBs抗原陽性率を求めた結果から、30歳未満では陽性率1%以下であるものの、40代では約1.5%と依然として高い値を示すことが分かっている。また、低年齢層における陽性率は、母子感染防止事業が開始された1986年以降年々減少し、1997年の調査では0.05%と報告されている。米国では、アジア、アフリカ系移民を除いた場合、主な感染経路は成人期の性的接触と 経静脈的薬物乱用であるため、10代後半から30代の男性が最も高い陽性率を示している。HBVの持続感染は出生時または乳幼児期の感染によって成立し、成人期初感染では、消耗性疾患、末期癌などの免疫不全状態を除けば、持続感染化することはまれである。持続感染 が成立した場合、大部分は肝機能正常なキャリアとして経過し、その後免疫能が発達するに従い、顕性または不顕性の肝炎を発症する。そのうち85~90%はseroconversionを起こし、最終的に肝機能正常の無症候性キャリアへ移行する。残り10~15%が慢性肝疾患(慢性肝炎、肝硬変、肝細胞癌)へ移行し、肝機能異常を持続する。一過性感染の場合、70~80%は不顕性 感染で終わるものの、残りの20~30%のケースでは急性肝炎を発症する。このうち約2%が劇症 肝炎を発症し、この場合の致死率は約70%とされている。 病原体 病原体 HBVはDNA型の肝炎ウイルスで、ヘパドナウイルス科に分類される。直径約42nmの球状ウ イルスで、外被(エンベロープ)とコアの二重構造を有している。表面を被うエンベロープ蛋白 がHBs抗原、その内側のコア蛋白がHBc抗原と呼ばれる。コアの中には、不完全二本鎖のHBV DNAやHBV関連DNAポリメラーゼが存在している。HBV DNAは約3,200塩基からなり、HBs抗原、HBc抗原、X蛋白質、DNAポリメラーゼをコードしている。HBVは、HBs抗原のエピトープの違いによって4つのサブタイプ(adr、adw、ayw、ayr)に分けられている。近年遺伝子レベルでの分類が行われ、これまでに7種類の遺伝子型(ゲノタイプ)が同定されている。HBe抗原はコア蛋白の一部で可溶性抗原であるが、HBc抗原とは免疫学的に交叉反応は起こさない。 臨床症状 急性B型肝炎は比較的緩徐に発病する。微熱程度の発熱、食欲不振、全身倦怠感、悪心・嘔吐、右季肋部痛、上腹部膨満感などの症状がみられ、引き続き黄疸が認められるようになる。黄疸が出現するのは成人例で30~50%、小児例では10%以下である。重症例を除いて、これらの症状は1カ月程度で回復する。また前述のように、宿主の免疫能に異常がなければ以上の過程でHBVは生体から排除され、キャリア化することはない。しかし、免疫能の不十分な乳幼児、宿主の免疫能が低下した病態、免疫抑制剤の投与を受けている場合などの感染においては、キャリア化へ移行する例が存在する。 病原診断 B型肝炎のウイルス診断としては、HBs抗原・抗体、HBc抗体、HBe抗原・抗体、HBV DNA検 査、およびHBV DNAポリメラーゼ活性の測定が行われている。図に急性B型肝炎における各種ウイルスマーカーの経過と、B型肝炎の基本的な判定基準を示す。HBVの感染状態ではHBs 抗原が持続的に産生されており、HBs抗原が陽性であればB型肝炎と診断しうる。HBs抗体は HBVに対する中和抗体と考えられており、HBs抗原が経過とともに減少、消失し、HBs抗体が出現してくる。しかしまれには、HBs抗原の抗原決定領域に変異があるために、HBs抗原が検出 されないことがある。また、HBVによる劇症肝炎の場合も、診療が開始された時点では既に HBs抗原が消失していることがある。したがって診断の際には、IgG-HBc・IgM-HBc抗体価を 合わせて測定することが望ましい。すなわち、HBs抗原陰性でもIgM-HBc抗体が高力価であれ ばHBVキャリアを疑い、さらにHBV DNAの検出などを行う。IgG-HBc抗体はIgM-HBc抗体に遅れて出現する。HBc抗体は中和抗体でなく、IgG-HBc抗体陽性の場合、現在HBVに感染している場合と、既に治癒している場合の両方の可能性がある。 治療・予防 急性B型肝炎は本来、自然治癒する傾向が強い疾患である。治療上最も大切な点は極期を過ぎたか否かを見極めることであり、劇症化への移行の可能性に留意しながら対処する必要がある。特に、肝予備能を反映するプロトロンビン時間、ヘパプラスチンテストなどの凝固系検査は明らかな改善傾向を示すまで測定し、また腹部超音波、CT検査により肝萎縮の程度を把握する。急性B型肝炎の生命予後は、重症化、劇症化しなければきわめて良好である。劇症 化した場合には血漿交換、人工肝補助療法、生体肝移植などの治療が必要となる。 HBV感染の予防は感染経路を遮断することであり、輸血用血液および血液製剤のウイルス検 査、またはワクチン接種が有効である。B型肝炎ワクチンは我が国では1985年に認可され、翌年からは母子感染防止事業にグロブリン製剤との併用で用いられ、大きな成果をあげている。 また、医療従事者などのハイリスクグループにおいても予防接種が感染防止に有効である。第 一世代のワクチンは、HBVキャリアの血漿より精製されたHBs抗原を用いたものであるが、そ の後、組換えDNA技術を応用してHBs遺伝子を酵母や動物細胞で発現させ製造した第二世代、さらにプレS蛋白をHBs抗原に付加させたワクチンも認可されている。ハイリスクグループに おけるワクチン接種による感染予防法、汚染事故の発生に伴う事後処置法については、「ウイル ス肝炎感染対策ガイドライン‐医療機関用‐」(1995年改訂第III版、財団法人ウイルス肝炎研究財団作成)を参照されたい。 感染症法における取り扱い(2003年11月施行の感染症法改正に伴い更新) ウイルス性肝炎(E型肝炎及びA型肝炎を除く)は5類感染症全数把握疾患に定められており、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出る。報告のための基準は以下の通りとなっている。 ○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって検査所見による診断がなされたもの 1)B型肝炎 ・血清抗体の検出 例、患者血清中のIgM・HBc抗体が陽性のもの(キャリアの急性増悪例は含まない) 2)C型肝炎 ・抗原の検出 例、HCV抗体陰性で、HCV・RNAまたはHCVコア抗原が陽性のもの ・血清抗体の検出 例、患者ペア血清で、第2あるいは第3世代HCV抗体の明らかな抗体価上昇を認めるもの 3)その他のウイルス性肝炎 HDV、HEVなど上記以外の肝炎ウイルスによる急性肝炎や、その他の非特異的ウイルスによる急性肝炎 ○病原体検査や血清学的診断によって、ウイルス性肝炎と推定されるもの (この場合には、病原体の名称についても報告すること) ○上記のウイルス性肝炎の届出基準を満たすもので、かつ、劇症肝炎となったものについて は、報告書の「症状」欄にその旨を記載する。劇症肝炎については、以下の基準を用いる。 ・肝炎のうち症状発現後8週以内に高度の肝機能障害に基づいて肝性昏睡II度以上の脳症をきたし、プロトロンビン時間40%以下を示すもの。発病後10日以内の脳症の出現は急性型、それ以降の発現は亜急性型とする。 (国立感染症研究所ウイルス第二部 鈴木 哲朗) |