陸軍特別攻撃隊の開始とは? わかりやすく解説

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陸軍特別攻撃隊の開始

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/23 07:57 UTC 版)

万朶隊」の記事における「陸軍特別攻撃隊の開始」の解説

雷撃跳飛爆撃研究訓練続けていたものの、陸軍中央航空関係者の間で 圧倒的に優勢な航空戦力対し尋常一様方策では対抗できないとの意見主流占めつつあり、1944年3月には艦船体当たりを主とした航空特攻戦法検討開始され春に機材研究にも着手した特攻兵器研究第3陸軍航空技術研究所所長正木博少将進めており、正木日本中の権威呼ばれる学者集めて研究進めたが、中でも東京帝国大学建築科浜田稔教授は「甲板ぶつかってこわれてしまう陸用爆弾でも、飛行機爆弾をつけたまま体当たりすれば、爆弾自体爆発力弱くとも、飛行機自体自重三層甲板を貫くことは可能」とする理論公表した各界権威助言によって特攻推し進める正木に対して鉾田陸軍飛行学校校長藤塚止戈夫中将当時)、教導飛行研究部福島大尉らは「1、急降下爆撃場合は、敵戦闘機防御砲火による損害多く接敵占位するまでに困難が多い。しかし、一旦目標とらえて急降下にはいれば、爆撃目的達する率が多い」ところが体当たり攻撃のばあいは「1、武装戦闘行動劣り結果として不利である」「1、体当たり攻撃最大の欠点は落速の不足にある。爆弾の落速に比較すれば飛行機はその二分の一程度であるから装甲板貫通することができない。従って体当たり攻撃では、一般として撃沈可能性はない」という反論報告書作成し体当たり攻撃導入反対している。 1944年3月28日陸軍航空本部には特攻反対意見多かったことから、内閣総理大臣陸軍大臣参謀総長東條英機大将航空総監航空本部長安田武雄中将更迭後宮淳大将後任据えた後宮補佐するため、次長には陸軍航空第一人者となっていた菅原道大中将就任した後宮航空総監になった直後4月に、後宮陸軍航空本部幕僚集めて会議開催した。その席の冒頭後宮が「現況打開するため、必殺体当たり部隊編成する」旨の発言行い幕僚らに意見求めた。このときは主に若手参謀から強硬な反対論出たため、後宮命令で、一旦は白紙撤回としこの会議自体をなかったこととした。しかし、東條後宮必殺体当たり部隊諦めことはなく、4月17日東條日本本土へ空襲懸念されていた超重爆撃機B-29対し「これに対して十分な対策講じ、敵の出鼻を叩くため一機対一機の体当たり行き、一機も撃ち洩らさぬ決意でやれ。海軍はすでに空母対し体当たりでゆくよう研究訓練している。」と述べて対空特攻体当たり部隊編成示唆している。 特攻開始向けて準備進んでいた5月27日ニューギニア飛び石作戦攻略してきたダグラス・マッカーサー元帥率い連合軍南西太平洋方面軍は、ニューギニア攻略仕上げと、マッカーサーが強いこだわりを持つフィリピン奪還準備として、ビアク島来襲大規模な上陸作戦が行われた(ビアク島の戦い)。ニューギニア西端のエフマン飛行場英語版)に配備されていた飛行第5戦隊長の高田勝少佐は、出撃命令待っていたがなかなかこなかったので、二式複座戦闘機屠龍」4機での自爆攻撃決断し、「屠龍」4機に高田以下8名の搭乗員乗り込み出撃した。4機は、連合軍上陸部隊歩兵の上陸が完了し、「LST-1級戦車揚陸艦」が海岸にのし上げて戦車揚陸開始した頃に、超低空飛行艦隊接近してきた。各機は海岸揚陸中の「LST」に爆弾投下、うち1発が命中した不発弾であったため損害はなかった。そこに船団護衛していた「P-47」が現れ、たちまち2機の「屠龍」を撃墜し高田機も被弾した。残った1機が上陸支援を行う第77任務部隊司令官ウィリアム・フェクテラー少将旗艦である駆逐艦サンプソン英語版)に突入しようとしたが、被弾のためサンプソンへの突入わずかに逸れ付近駆潜艇「SC-699」に側面水面付近に命中した機体一部海面接触してからの激突速度落ちていたことと、爆弾投下済みであったため、「SC-699」の木製船体エンジン食い込ませて、船内多少破壊したものの沈没には至らず戦死者も2名に止まった。1機残され高田は、伝声管同乗していた本宮利雄曹長に「只今より自爆するから基地打電せよ」と命じたのち「天皇陛下歳」と叫んで拳銃自決した高田機はそのまま墜落したが、本宮海中投げ出され一命取り留めている。この日の戦果実際に駆潜艇1隻撃破であったが、南方軍駆逐艦2隻撃沈、2隻撃破大戦果を挙げたとの過大な戦果発表行い陸軍内部特攻推進派に勢いをつけることとなったこの後前線航空部隊では、艦船攻撃際し爆弾投下前に被弾し生還望めない場合機上信管外し体当たりできるように現地改修することもあった マリアナ沖海戦敗北後開催され1944年6月25日元帥会議で、伏見宮博恭王が「陸海軍とも、なにか特殊な兵器考え、これを用いて戦争をしなければならない戦局このように困難となった以上、航空機軍艦小舟艇とも特殊なもの考案し迅速に使用する要する」と発言し陸軍参謀本部総長東條海軍軍令部総長嶋田繁太郎は2〜3考案中であると答えているが、この会議実質的に特攻兵器として採用することが日本軍として組織決定された。 サイパンの戦い守備隊玉砕悲報報じられ1944年7月7日人目のある官公庁街を避けて市ヶ谷河田町個人邸宅借り航空寮」と名付けられ秘密の会議室で、大本営陸軍部が、陸軍航空本部陸軍航空技術研究所などの陸軍航空関係首脳招集しての会議開催された。のちにこの会議陸軍特攻大きな転機となったので「市ヶ谷会議」とも呼ばれるが、闊達な意見交換ができるようにと参謀などの実務責任者呼ばれて後宮菅原などの組織トップは敢て参加していない。その会議冒頭大本営陸軍部参謀が「わが海軍航空兵力の主力は、すでに全滅し、さらにサイパン島失陥した現在、敵の海上兵力撃滅するには、もはや尋常一様攻撃手段では、とうてい成功する道はなくなった。」「いまや体当たり攻撃により、1機をもって1艦を撃沈する特別攻撃採用するほかないのであります」と特別攻撃隊編成迫った。そこで陸軍航空審査部員の酒本秀夫技術少佐など技術者から「飛行機近代科学結晶であり、この飛行機体当たりすることは、技術進歩逆行する」「各部門ごとに命中精度の向上、射距離延伸性能の向上などに日夜神経をすり減らしているのに、何のために心血を注いできたのか」「空気力学的に考えても、操縦上の見地から言っても常な練度を必要とするためなかなか容易に体当たりできるものではない」などの反対意見出されたが、既に大本営陸軍部内では特攻開始決まっており、この会議陸軍航空の諸機関集めて特攻開始承諾させるという儀式に過ぎなかった。陸軍特攻開始方針がいつ決定したのかは定かではないが、3月28日航空総監部次長就任した菅原は「就任した3月時点ですでに特攻作戦については実施前提とした議論がされていた」と証言している。 航空特攻についての研究命じられていた第3陸軍航空技術研究所所長正木博は、「市ヶ谷会議」後の1944年7月11日、「捨て身戦法依る艦船攻撃考案」として対艦船特攻6つ方法提案した。その6つ方法のなかで5番目にあげられた「1噸爆弾胴体下に装備し上甲板又は舷側激突するか、水中爆発期する方法この方法は弱艦船撃沈でき、強艦船に対してかなりの効果期待できる」という提案即刻対応可能ということになり、重量は1トンであっても陸軍の破甲爆弾では貫通力不足であるため、海軍から800kg通常爆弾支給受けて、「九九式双発軽爆撃機」に同爆弾を1発装備して特攻機とすることとした。同時に四式重爆撃機飛龍」も特攻機にすることに決定し、800kg爆弾2発を搭載することとした。7月中旬からは九九双軽と四式重爆飛龍」の体当たり機への改修秘かに進められた。主な改修点としては、爆弾爆薬をもっと効率的に装備できるようにするなどの特攻機不可欠なものの他に、片道なのだからとして一部簡略化する改修行われジュラルミンの不足から素材一部ブリキ変更するとか、配管簡略化し、エンジンより燃料タンク直結させることによって燃料コック省略するとか、操縦席計器羅針儀高度計速度計回転計のみに限定するといったように爆弾積んで敵艦体当たりする必要な最低限軽装備が徹底された。 機首には3本細長いのような管を設置したが、これは搭載爆弾誘爆装置起爆管)であり、特攻機敵艦突入すると、この起爆管が作動し爆弾機体より離れて敵艦喫水線下で炸裂するという仕組みであった。この仕組みでは体当たりをしない限り爆弾投下することができないため、のちに緊急避難時などに投下できるような改修加えられることとなった鉾田跳飛爆撃研究をしていた岩本演習帰り立川飛行場立ち寄ると、そこに3本細長いのような管が突き出た異様な九九式双発軽爆撃機」が格納庫駐機してあるのを見かけている。岩本はここで「市ヶ谷会議」で酒本とともに特攻開始反対した竹下福寿少佐より、この異様な九九式双発軽爆撃機」が体当たり用の飛行機であり、細長い爆弾起爆管であることを聞かされ驚いている。しかし、同じ鉾田福島は、当初正木集めた学者反論するなど、特攻反対であったのに、この頃には特攻容認転じており、上記通り倉澤とともに特攻戦術意見書参謀本部提出している。

※この「陸軍特別攻撃隊の開始」の解説は、「万朶隊」の解説の一部です。
「陸軍特別攻撃隊の開始」を含む「万朶隊」の記事については、「万朶隊」の概要を参照ください。

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