荒木経惟 荒木経惟の概要

荒木経惟

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/08 14:42 UTC 版)

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荒木 経惟
(あらき のぶよし)
国籍 日本
生年月日 (1940-05-25) 1940年5月25日(80歳)
出身地 大日本帝国東京市下谷区(現・東京都台東区三ノ輪
最終学歴 千葉大学工学部
事務所 フリー
活動時期 1964年 -
弟子 野村佐紀子
公式サイト www.arakinobuyoshi.com
受賞歴
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経歴

概要

父の長太郎は下駄職人で、アウトローというわけではなかったが若気の至りで刺青を入れていた。長太郎は近所でも有名なアマチュアカメラマンとしても活躍し、荒木がカメラマンになるきっかけを与えた。生家の近所に位置する「投げ込み寺」として有名な浄閑寺が、彼の死生観を決定付けたと語っている[1]

写真集の発行点数がきわめて多く、私家版を含めて400冊以上を発表している。ヌード写真や近年は少女も含む人物写真を得意とするが、花などの静物写真、東京を対象とした都市写真の作品も多く、人情味溢れるスナップ写真も有名である。

岡本太郎を尊敬し、好きで好きで堪らなかったが遂に太郎にレンズを向ける機会に恵まれなかった。2006年に岡本太郎の正体をつかむため、彼の作品をカメラに収めることを決意した。

1990年に、亡くなった妻の陽子を撮影して話題となる。この写真を発表した写真集『センチメンタルな旅・冬の旅』をめぐり、意見が対立した篠山紀信としばらくのあいだ絶縁状態が続いた。

2006年9月には、ベルギーシャルルロワの写真美術館で個展を開催中に、美術館外壁に貼られていた女性の写真に火炎瓶を投げつけられる事件が起きた。

弟子に写真家野村佐紀子がいる。2013年末に前立腺癌による網膜中心動脈閉塞症のため右眼の視力を喪失する。2014年に、撮影したポジフィルムの右部分を黒マジックで塗りつぶした新シリーズ「左眼ノ恋」を発表[2]する。

写真以外の活動

JR四国 アラーキー列車

1981年に映画作品として日活ロマンポルノ「女高生偽日記」を監督し、自身も出演した。1997年に荒木と妻の陽子が現わした私的小説を原作に、竹中直人が監督して主演する映画「東京日和」が制作されて荒木が駅員の役で出演した。

「アラキネマ」と称するスライド写真と音楽を同期して投影するライブパフォーマンスを1986年から行っており、映像化したビデオをQuest社から2010年までに30本発表している。パフォーマンスとしての「アラキネマ」は、AaT RooMの田宮史郎と安斎信彦の二人の操作と、安田芙充央のピアノで構成される。

2013年の「瀬戸内国際芸術祭」で荒木作品をJR四国113系にラッピングした「アラーキー列車」を発表し、3月から11月にかけて運行した[3]

セクハラ問題

美術家で元ファッションモデルの湯沢薫は、荒木から受けた性的虐待2017年8月5日にFacebookで公にした[4]。湯沢が19歳の1990年に荒木と雑誌の仕事をした際に被害を被り、以来精神疾患を患いモデル業を休業し、心的外傷は現在も払拭できず、荒木の顔写真や作品を目にすると心身に異常を覚えた。冒頭に「What's about art?(芸術とは何か?)」と記して、芸術の名のもとに性的虐待が行われたことを批判し、荒木の作品を芸術として享受している人々に対して疑義を呈した。

ポールダンサーのKaoRiは、2001年から2016年にかけて「ミューズ」と称されて荒木の専属として作品の被写体モデルを務めたが、その間に荒木から精神的苦痛を被ったと、2018年4月1日にウェブサービス「note」で公にした[5][6]。荒木との撮影やパフォーマンスは、契約書を交わさぬために報酬などで不平等な関係を強いられて経済的困窮に追い込まれた。荒木が都度公言していた「ミステリアスで、なんでもする女」との印象は自身にとって不本意ながら、彼を取り上げる写真業界やさまざまなマスメディアにより広範に流布され、ストーカー、嫌がらせ、窃盗などの被害をたびたび被った。荒木に待遇の改善を繰り返して求めたがすべて無視され、営業妨害、名誉棄損と恫喝され、長期の精神的苦痛に耐えかねて自殺も思案した。これらを記しつつ、荒木の人権感覚や芸術を口実に搾取を正当化する姿勢、彼を肯定的に扱う業界やマスメディア、を非難した。

ファッションモデル水原希子は、KaoRiの告発に触発されて、自身が受けたセクシュアルハラスメントパワーハラスメントを2018年4月9日にInstagramで公にした[7]。20代前半の2010 - 2014年頃に企業広告で、上半身裸で胸部を自らの前腕で覆う姿で被写体モデルを務めたが、平素の撮影時よりもかなり多い20数名の関係者らしき男性たちが撮影の場に来訪した。「この業界にいる若いモデル、そして女性、男性にもこの記事を読んでほしい。モデルは物じゃない。女性は性の道具ではない」と業界全体の問題として批判した。2013年の元旦に資生堂が「わたし、開花宣言」と新聞紙面で広告した写真は、荒木が水原の上半裸身を撮影したもので[8]、「20代前半の頃」「上半身裸になって手で胸を隠して撮影」と水原が記した内容に合致している。資生堂は2018年4月13日に「水原の所属事務所に事実確認を依頼し、自社内を調査したが、当社の広告撮影時に起きた出来事かどうかについては分からなかった」とインターネットメディアの問いに答えた[9]

写真業界人の反応

2011年に休刊した写真雑誌『Photo GRAPHICA』の編集者だった沖本尚志は、同雑誌で担当した荒木の特集「KaoRi Sex Diary」[10]がKaoRiの被害事例として記されたことに、2018年4月9日にFacebookで私見を記した[11]。KaoRiが記す内容はほぼ事実と思われるが経済的困窮は知らなかった。荒木に忖度した責任の一端は自身にもあり「皆が等しく負うべき負の遺産である」と業界について記した。「僕の荒木さんの写真に対する評価はこれからも変わることはない。今回露呈した事実も、基本的には荒木さんとKaoRiさん二人の間の問題だからだ。」と記し、作品の制作に伴う犠牲は当事者間の問題で評価に影響しないとしている。

平凡社の編集者として『荒木経惟写真全集』(全20巻)などの刊行に携わった畑中章宏は、2018年4月10日にTwitterで「アラーキーの元担当編集者として30冊以上の書籍にかかわった立場から、なにかしらコメントしてもいいけど、批判と擁護を含めて本1冊ぶんぐらいは必要だからコメントしません。」と記した[12]

写真家の横木安良夫は、KaoRiの批判と荒木の擁護を、2018年4月10日にFacebook[13]と自身が運営するウェブサイト「CRP CROSSROAD PROJECT」[14]で公開した。過去にKaoRiと荒木が恋人に近い関係にあったと推察し、荒木に「飽きられ」て男女の関係が綻びたKaoRiが荒木へ「リベンジ」しており荒木は被害者、と記した。自らの芸術観を「芸術という特殊な、現代においての価値観は、憲法よりも上にたつ」と表し、荒木の表現を「ストレートに女性を搾取」することで「それこそまやかしの愛ではなく、生と死と愛と憎しみをコラージュする、それこそ真実の愛なのだ。」と称賛し、文末に「KaoRiさん今あなたがすることは、荒木経惟を許してあげることだと思う。直接謝ってもらう必要はない。お金をもらったところで、あなたは救われることもない。許してあげてください。」と記した。




  1. ^ 生と死、人生と写真、花、わが陽子、父、母……アラーキー
  2. ^ 荒木経惟 「左眼ノ恋」タカ・イシイギャラリー、2014年5月
  3. ^ 鉄道ファン・railf.jp 113系「アラーキー列車」運転開始
  4. ^ ABOUT SEXAL ABUSE OF NOBUYOSHI ARAKI”. www.facebook.com. 2018年4月13日閲覧。
  5. ^ その知識、本当に正しいですか?”. note.mu. 2018年4月1日閲覧。
  6. ^ 荒木経惟、長年のミューズからの「#MeToo」”. 美術手帖. 美術出版社 (2018年4月7日). 2018年4月8日閲覧。
  7. ^ 「モデルは物じゃない」水原希子が撮影の無理強いを告白 2018/4/9”. www.buzzfeed.com. 2018年4月10日閲覧。
  8. ^ 荒木経惟×澁谷克彦 裸の美と、化粧の美 2013/5”. www.shiseidogroup.jp. 2018年4月10日閲覧。
  9. ^ 水原希子、ヌード撮影「強要」を告白 資生堂が事実関係を調査も...「分かりませんでした」”. www.j-cast.com. 2018年4月14日閲覧。
  10. ^ 『Photo GRAPHICA』(2008年10月号、エムディエヌコーポレーション)
  11. ^ 衝撃だった。”. www.facebook.com. 2018年4月13日閲覧。
  12. ^ 畑中章宏@21世紀の民俗学 (@akirevolution) 0:51 - 2018年4月10日”. twitter.com. 2018年4月13日閲覧。
  13. ^ 横木 安良夫 4月10日 17:30”. www.facebook.com.. 2018年4月18日閲覧。
  14. ^ 荒木経惟とKaoRi告白問題についての私見  (敬称略)”. www.photoxcamp.com.. 2018年4月18日閲覧。
  15. ^ 1970-1997年にかけて撮影。既発表含む。


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