過去
★1.過去を隠す・消す。
『こころ』(夏目漱石)上「先生と私」5~6 「先生」は、雑司ヶ谷のKの墓に毎月墓参りする。「先生」を尊敬する「私」が「墓参のお供をしたい」と言うと、「先生」は「あなたに話すことのできない理由があって、他人といっしょにあそこへ墓参りには行きたくない」と答え、過去を隠す→〔下宿〕1a。
『欲望という名の電車』(ウィリアムズ) ハイスクールの女教師ブランチは、生徒との関係をはじめとする性的スキャンダルで、町を追われる。彼女は過去を隠し、ニューオリンズの貧民街のアパートに住む妹のもとに、身を寄せる。しかし妹の夫スタンリーが、上品ぶったブランチを嫌悪し、彼女の過去をあばいて強姦する。以前から心を病んでいたブランチはとうとう発狂し、精神病院に収容される。
『レーン最後の事件』(クイーン) シェイクスピアが手紙の中に「自分は親友セドラーによって毒殺されつつある」と書き残す。セドラーの子孫である男が、300年前の先祖の悪行を隠蔽するため、その手紙を捜し出して焼き捨てようとする。
★2.油断・慢心などにより、ついうっかりと過去の悪事を語る。
『アクハト』(ウガリットの古詩) ヤトパンがダニルウ(ダニエル)王の息子アクハトを殺す。7年の喪の後、アクハトの妹プガトが仇討ちの旅に出かけ、ヤトパンの野営する天幕に立ち寄る。ヤトパンはプガトにむかって問わず語りに過去の殺人行為を述べる。
『グレティルのサガ』79~86 木を切る時に膝を傷つけたため動けなくなった豪勇グレティルを、釣針のソルビョルンとその部下たちが殺す。後にソルビョルンが人々にグレティルを殺した自慢話をすると、そこにグレティルの兄、大船のソルステインがいて、ソルビョルンはその場で斬り殺される。
『太平広記』巻432所引『原化記』 客30余人が会食した時、人間の変身のことが話題になる。「変身譚の多くは妄説だ」と言う人がいたので、1人の男が「私自身、5~6年前に一時的に虎に変身して王評事という人を食ったことがある」と語った。ところが、その会席の主人は、王評事の息子であった。主人は、「父の仇だ」と言って男を殺した→〔虎〕3。
『発心集』巻8-10 金峰山(きんぷせん)の礼堂で妻と情交した男が、その罰を恐れるが、何事もなく月日が過ぎて行った。40余年の後、親しい人が金峰山参詣のため精進するのを男は笑い、かつての過ちを語って、「それでも罰は当たらなかった」と言う。すると、その夜のうちに男の両眼はつぶれてしまった。
*→〔泡〕7の『泡んぶくの仇討ち』(昔話)・〔夫〕5bの『くもりのないお天道さまは隠れているものを明るみへ出す』(グリム)KHM115。
*加害者が過去の悪事を語るのとは逆に、被害者がかつて濡れ衣を着せられた災難を語ると、その場に真犯人が居合わせる、という物語もある→〔偶然〕4の『戦争と平和』(トルストイ)第4部第3篇。
言うな地蔵の伝説 人を殺した男が、現場に立っている地蔵に「このことを誰にも言うな」と口止めする。地蔵は「わしは何も言わないが、お前こそ言うなよ」と答える。その後、男は良心にかられて自首した。以来、その地蔵は「言うな地蔵」と呼ばれるようになった(滋賀県伊香郡余呉町小谷。*数年後に男は再びそこを通り、道連れの旅人に過去の悪事を語ると、その旅人は殺された人の子であったため、仇を討たれる、という形もある)。
『テレーズ・ラカン』(ゾラ) ラカン夫人は、1人息子カミーユを姪テレーズと結婚させ、老後の世話を彼らに期待する。しかしテレーズは愛人ローランと共謀してカミーユを殺し、事故による水死に見せかける。テレーズとローランはカミーユの幻影に苦しめられ、しだいに精神状態が異常になり、ある夜、ラカン夫人の前でカミーユ殺しを告白する。だが、その時ラカン夫人は中風で口もきけず身体も動かせぬ状態になっており、2人の犯罪を誰にも訴えることができない。
*→〔生き肝〕4の『南総里見八犬伝』第9輯巻之3第97回・〔狂気〕3の『日本永代蔵』巻4-4「茶の十徳も一度に皆」。
★4.過去の悪事が露見したと思いこみ、問われもせぬのに白状する。
『おせつ徳三郎』(落語) 主人が用事で小僧の定吉を呼ぶ。定吉は、かつて行なった小さな悪事がバレて叱られるものと思いこみ、「店の金をくすねて寿司を食べたことですか? 近所の猫を天水桶に放りこんだことですか? 皆、朋輩にそそのかされてやったことです」と弁解する。
『御神酒徳利』(落語) 占いの名人と誤解された善六が(*→〔占い師〕2)、旅宿で盗まれた巾着のありかを占いでつきとめてくれるよう、依頼される。困っていると、犯人である女中が「占い師様は何もかもお見通しだ」と思いこんで、善六の部屋へ来て盗みを告白し、巾着の隠し場所を教える。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第1巻44~45ページ お菓子が1つなくなったので、サザエがカツオを呼び、「あんただね」と問い詰める。カツオは「どのことさ。ああ。ハンドバッグに蛙を入れたこと?」と言う。サザエは箒を振り上げてカツオを追いかける。
『改心』(O・ヘンリー) 金庫破りの名人ジミー・ヴァレンタインは足を洗い、犯罪者だった過去を隠して正業に従事し、銀行家の娘と婚約する。ところが、5歳の少女が金庫室に閉じ込められ扉がどうしても開かない、という事件が起こる。窒息もしくは恐怖によって少女が死ぬ可能性が高いので、ジミーは金庫破りの前身がばれることを覚悟の上で、ドリルを使って扉を開け、少女を救い出す。
★5b.現在の問題解決が、過去の犯罪行為の経験にもとづくことが露見する。
『輟耕録』(陶宗儀)「女の知恵」 ある男が妻に殺されたらしいのだが、死体に傷跡が認められず、取調べの役人は困惑する。役人の妻・韓氏が、「脳天に釘を打ち込んで殺したのかもしれません」と言うので、死体の髪を分けると太い釘が打ち込まれていた。役人からこのことを聞いた上官は、韓氏が再婚で、先夫と死別していることを知り、その墓をあばく。すると先夫の頭にも釘が打ち込んであり、韓氏がかつて先夫を殺したことが明らかになった。
*『煤煙』(森田草平)32で、女主人公眞鍋朋子が、同様の方法で幼い頃、カナリヤを殺したことを語る。「留針をカナリヤの頭に打ち込んだらすぐ死んだ。血も出ないし、柔らかい毛におおわれて留針もわからない。どうして死んだか、家族には知れずじまいだった」。
『飢餓海峡』(水上勉) 昭和22年(1947)、樽見京一郎は犯罪者仲間2人とともに、北海道から青森へ小舟で逃げたが、途中、仲間割れが起こって樽見1人が生き残り、質屋から盗んだ50万円を独り占めした。彼は青森で親切な娼婦八重に出会い、6万円余りを与えた。10年後、舞鶴で会社社長となっている樽見の家へ、八重が礼を言うために尋ねて来た。樽見は過去の悪事がばれることを恐れ、八重を殺した。
『ゼロの焦点』(松本清張) 室田佐知子は女子大卒業の才能豊かな女性だったが、終戦後の一時期、生活のために、立川でアメリカ兵相手の売春婦をしたことがあった。彼女は後に、金沢の煉瓦会社社長と結婚し、地方の名士となって活躍する。しかし彼女の暗い過去を知る元警官鵜原憲一が、思いがけず金沢へやって来た。室田佐知子は現在の生活を守るために、鵜原憲一を殺した。
★7.過去を創造する。
『偉大なる存在』(小松左京) この宇宙には、まれに、造物主にも等しい偉大な存在が誕生することがある。日本のキイ半島山中の掘立小屋に住む老人は、心に思うだけで、1つの宇宙人種族を造り出した。その宇宙人たちは、何万年にもわたる堂々たる歴史を持っていた。つまり老人は、宇宙人種族の現在のみならず、過去をも創造したのだ。地球人科学者たちは、既存の科学の崩壊に直面して、何の対応もできなかった。そのうちに老人は、どこかよその星雲へ行ってしまった。
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