諸説概論とは? わかりやすく解説

諸説概論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 03:29 UTC 版)

本能寺の変」の記事における「諸説概論」の解説

なぜ光秀信長討ったのか。「これが定説だ」とか「通説になっている」というものは現在のところ存在しない。変の要因については、江戸時代から明治大正経て昭和40年代ごろまでの「主流中の主流」の考えは、野望説怨恨説であった。「光秀にも天下取りたいという野望があった」とする野望説は、謀反反逆というものは下克上戦国時代には当たり前の行為であったとするこのころ認識から容易く受け入れられ古典史料記述がある信長光秀加えた度重なる理不尽な行為こそが原因であったとする怨恨説と共に史学会でも長らく揺らぐことはなかった。これは講談軍記物など俗書広く流布されていたことに加えて前節著名な逸話述べたように、二次三次的な古典史料に対して考証検証不十分だったことに起因する。2説以外には、頼山陽主張した自衛のために謀反起こしたとする説など、受動的な動機主張するものの総称である不安説(焦慮説/窮鼠説)もあったが、怨恨恐怖復讐自衛に置き換わっただけで論拠本質的な違いはなかった。 戦後には実証史学に基づく研究進んだが、この分野で先鞭をつけた高柳光寿野望説論者で、昭和33年1958年)に著書明智光秀』を発表してそれまで比較有力視されてきた怨恨説根拠一つひとつ否定した怨恨説論者である桑田忠親がこれに反論して、両氏比較良質な一次史料考証基づいた議論戦わせたが、桑田昭和48年1973年)に同名著書明智光秀』を発表して単純な怨恨説私憤説)ではなく武道面目立てるために主君信長謀殺したという論理で説を展開したので、それが近年には義憤説、多種多様な名分存在説発展している。信長非道阻止説の小和田哲男もこの系譜に入る。また野望説は、変後光秀行動・計画支離滅裂さ批判されたことから、天下取りたいという動機同じにしながら事前計画なく信長無防備に本能寺にいることを見て発作的に変を起こしたという突発説偶発説)という亜種発展した。しかし考証見地からの研究判明したことは、結局、どの説にも十分な根拠がないということであり、それがどの説も未だに定説至らない理由となっている。 野望説怨恨説も不安説等も光秀が自らの意思決起したことを前提とする光秀単独犯説光秀主犯説)であったが、これとは全く異な主張現れた。作家八切止夫は、昭和42年1967年)に著書信長殺し光秀ではない』を発表して主犯別在説(いわゆる陰謀論一種)の口火を切った。八切は「濃姫斎藤利三共謀して本能寺に兵を向けさせた。その際四国侵攻準備中の織田軍をマカオ侵略誤認した宣教師が、爆薬投げ込んで信長殺害したもの」で「光秀自身はまった関与していない」と書き光秀無罪という奇想天外な主張をしたので、歴史家には無視されたものの、史料取捨選択と独自解釈について一石を投じるものとなったまた、昭和43年1968年)に岩沢愿彦が「本能寺の変拾遺 ―『日々記』所収天正十年夏記について」という論文発表して勧修寺晴豊の『日々記』を活字復刻したことをきっかけにして公家衆日記研究進み平成3年1991年)に立花京子は『晴豊公記』の新解釈に基づく論文信長への三職推任について」を、平成4年1992年)には今谷明著書信長天皇中世権威挑む覇王』を発表して注目集めた平成ごろになって史学会では朝廷黒幕説(朝廷関与説)が脚光を浴びて有力な説1つのように見なされるようになった従来より黒幕説は登場人物自由に動かして物語”を書きやすいことから作家好まれたものであり、数えきれないほどの人物黒幕として取り上げられていたが、そういった創作分野史学混ざったことで一層触発されて、現在も主犯存在説黒幕存在説共謀説)の2系統、そして複合説呼ばれる複数の説を混ぜたものが増え続けている。平成21年2009年)に明智憲三郎発表した著書本能寺の変 427年目の真実』は共謀説に分類される。 こうして光秀単独犯説定番だったものが、光秀背後で操る黒幕がいたとか、陰謀があったとか、共謀者がいたとかいう雑説増えていくと、黒幕説(謀略説)には何の史料根拠もなく空中楼閣に過ぎないという当然の反論批判登場した平成18年2006年)に鈴木眞哉藤本正行共著信長謀略殺されたのか―本能寺の変謀略説嗤う』で黒幕など最初からいないとして黒幕説には以下の共通する5つ問題があると指摘した事件起こした動機には触れても、黒幕とされる人物集団が、どのようにして光秀接触したかの説明がない。 実行時期の見通しと、機密漏洩防止策への説明がない。 光秀謀反同意しても、重臣たちへの説得どうしたのかの説明がない。 黒幕たちが、事件の前も後も、光秀謀反具体的に支援してない事への説明がない。 決定的なことは、裏付け史料まったくないこと。 藤本平成22年2010年)に発表した著書本能寺の変信長油断光秀殺意』でも朝廷黒幕説を含めた各種黒幕説を批判している。 また平成26年2014年)の石谷(いしがい)家文書公表によって、近年四国征伐回避説(四国説)も着目されているが、この説の取り扱いについては後述する。 本能寺の変の謎については結局は肝心動機わからず定説存在しないため、さまざまな諸説空説登場し歴史家・作家だけでなく歴史愛好家も自らの主張展開して百家争鳴という現状であるが、平成6年1994年)に歴史アナリスト後藤敦別冊歴史読本(『完全検証信長襲殺 : 天正十年一番長い日』)誌上で、これらの諸説整理して大きく3つ分けてさらに50細分化して分類した下表はそれに別資料8つ加えて58にまとめたものである。これらには一部重複するあるいは複合する内容や同じことを別の表現言っているものがあるために、それぞれが全く異なる説であるというわけではない。表の中身には研究創作とが混ざっており、中には何ら史料裏付けがなく、全くの憶測で説が提唱されている場合もあり、すべて同等に扱うのは適切ではないが、全体像明らかにするために一覧として示した本能寺の変真相をめぐる諸説後藤敦による整理他を参考に)光秀単独犯説光秀主犯I. 積極謀反II. 消極謀反野望説 突発説偶発説・油断説) 怨恨説私憤説) 不安説(焦慮説、窮鼠説) ノイローゼ内通露顕人間性不一致秀吉ライバル視説 III. 名分存在説義憤説)IV. 複合説 救世主神格化阻止暴君討伐朝廷守護源平交代説 信長非道阻止四国征伐回避説 不安・怨恨説 怨恨突発説 不安・突発説 野望突発説安・野望説 怨恨野望説 その他の複合説 主犯存在説黒幕存在説V. 主犯存在説主犯別在説)VI. 従犯存在説 羽柴秀吉実行犯斎藤利三実行犯徳川家康主犯伊賀忍者実行犯複数実行犯複数黒幕存在説 石山本願寺羽柴秀吉実行犯近江土豪連合関与丹波国関与長宗我部元親関与濃姫関与光秀の妻関与羽柴秀吉関与説 VII. 黒幕存在説黒幕説)VIII. 黒幕複数説(共謀説) 朝廷黒幕足利義昭黒幕羽柴秀吉黒幕毛利輝元黒幕徳川家康黒幕堺商人黒幕フロイス黒幕説・イエズス会黒幕高野山黒幕森蘭丸黒幕説 法宗門黒幕織田信忠黒幕光秀秀吉共謀光秀家康共謀光秀秀吉家康共謀説(土岐明智家滅亡阻止説) 足利義昭朝廷黒幕毛利輝元足利義昭朝廷黒幕近衛前久徳川家康黒幕堺商人徳川家康黒幕上杉景勝羽柴秀吉黒幕徳川家康・イギリス・オランダ黒幕足利義昭羽柴秀吉毛利輝元黒幕説 その他IX. 関連信長の対朝廷政策との関連 家臣団統制との関連 信長自滅信長不死家康暗殺説無罪説という分類もあるが、分類都合上除き本文中に記した

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