番組の制作における「政治的公平性」が公に問われた事例
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「毎日放送」の記事における「番組の制作における「政治的公平性」が公に問われた事例」の解説
2022年1月1日に関西ローカルで放送された新春特別番組『東野&吉田のほっとけない人』(東野幸治とブラックマヨネーズの吉田敬が司会を務めたトーク番組)では、大阪維新の会・日本維新の会と関係の深い松井一郎(大阪市長で日本維新の会の代表)、吉村洋文(大阪府知事で日本維新の会の副代表、肩書はいずれも放送の時点)、橋下徹(弁護士、元・大阪府知事および大阪市長、大阪維新の会初代代表、日本維新の会の前身である国政政党・おおさか維新の会初代代表)を揃ってゲストに迎えたことに対して、政治的公平性の観点から毎日放送の内外で批判が相次いだ。『東野&吉田のほっとけない人』は、2021年1月3日から不定期で関西ローカル向けに放送。2021年内の放送回数は7回で、橋下は第1回・第2回(3月3日)・第3回(3月10日)・第6回(11月17日)、松井は第1回、吉村は第3回にもゲストで出演していた。第3回までは毎日放送のテレビ制作局(当時)がゲストのキャスティングや制作を担当していたが、毎日放送のテレビ単営局化を経て、第4回(9月1日)放送分から担当を制作スポーツ局へ移管。「政治的公平性の面で問題」とされた回は、通算で8回目(2022年の初回)放送であった。制作スポーツ局では、前身のテレビ制作局時代から「関西地方の視聴者の関心の高いゲストを招いて、(東野や吉田との)トークを通じて素顔を引き出す」という意図の下に『ほっとけない人』を制作。第1回では松井・第3回では吉村が出演したパートの視聴率がとりわけ高かったため、総合演出の担当者曰く「世間の人々が松井と吉村に高い興味を示していることを(視聴率を通じて)実感したので、2021年を総括するに当たって、(同年の時点では政界を引退している)橋下を加えた3人に出てもらえたら面白い」との認識で、第8回の放送に向けてキャスティングを企画した。番組の編成を司る総合編成局は「吉村が『現職の大阪府知事』、松井が『現職の大阪市長』という肩書で出演するのであれば高い視聴率を見込める」としてこの企画を容認したが、吉村と松井への出演交渉については報道情報局に委託。制作局長を兼務している制作スポーツ局長の岸本孝博は、以上の事情を背景に、「報道(情報局)が(出演交渉に)関与しているなら、(放送で取り上げる)内容が(報道情報局に)理解されているはず」「『制作スポーツ局と総合編成局の間で(第8回の制作をめぐる)状況が共有されている』ということは、会社(毎日放送全体)としてのオーソライズが為されているはず」と認識していたという。 毎日放送社長の虫明洋一は、第8回の放送をめぐって局の内外から政治的公平性に関する疑義が相次いだことを受けて、専務をリーダーに据えた検証チームを2022年1月17日付で発足。放送に関連した全部局の関係者からのヒアリングを通じて検証を進めたところ、以下の問題点が浮上したことから、同年3月1日に開催の第666回番組審議会で報告した。テレビ大阪代表取締役社長の田中信行は、2022年1月27日の新春記者会見で、「(当時毎日放送で始まったばかりの)社内調査の結果を(自社の番組制作で)参考にしたい」との意向を示したうえで、「『行政の長』として吉村や松井を(自社の番組に)招くことがあり得るにしても、大阪府内では(会見の時点で)維新(系の勢力)が非常に強いので、感覚が麻痺しないように(番組の制作や報道活動で自戒)しなければならない」との見解を述べている。毎日放送では、松井が大阪市長・吉村が大阪府知事へ就任してから(第7回以前の『ほっとけない人』を含めた)自社制作番組へ迎える際に「大阪市長」「大阪府知事」という肩書しか用いていなかった。報道情報局でも、そのことを前提に2人へ出演を打診。担当した局員は『ほっとけない人』で予定されていた内容に疑問を持っていたものの、報道情報局自体が同番組の制作に直接関与していないため、当事者意識を持てないまま放送を容認してしまった。報道情報局長の奥田信幸によれば、「制作(スポーツ局)と(総合)編成(局)が(高い)視聴率を狙いに行った番組である以上、報道情報局としては問題と思うものの、収録済みの映像を放送しないことが難しいとも感じていた」 という。 総合編成局では、管理職やチーフ級の局員が政治的な公平性を十分に認識していながら、制作スポーツ局が管轄している制作現場への注意喚起(途中経過の報告の要請など)を怠っていた。総合編成局で『ほっとけない人』を担当している局員も、第8回の収録に立ち会っていながら、収録された映像の編集作業までには関与していない。その結果、実際に放送された映像では、松井を「日本維新の会の代表」、吉村を「日本維新の会の副代表」と紹介。結果としてナレーションや橋下の発言に政治的公平性への配慮がうかがえたものの、放送法で規定されている「番組編集の自由」を裏打ちするだけの多角的な精査や組織的な検討が、制作スポーツ局にも総合編成局にも圧倒的に不足していた。 毎日放送の総合編成局・報道情報局・制作スポーツ局には「アドバイリー制度」が設けられていて、「番組アドバイザー」に任命された局員が番組内容のチェックに当たっている。しかし、実際には表現や放送用語のチェックにとどまっていて、番組全体の問題点を網羅する機能を果たしていなかった。 日本民間放送連盟(民放連)が定める放送基準に「政治に関しては公正な立場を守り、一党一派に偏らないように注意する」、毎日放送の放送基準で「政治に関する問題(を放送で扱う場合に)は公正な立場を守る」との一文があるにもかかわらず、このような基準に示された政治的公平性への認識が制作や編成の現場にまで正しく浸透していなかった。 毎日放送では、以上の検証結果を受けて、「『番組を担当する部局や担当者が責任を持ちつつ、民放連や自社の放送基準を順守することが番組制作の基本である』ということを、全社で改めて共有する」「いわゆる『組織の壁』による当事者意識の欠落などが生じないように、それぞれの部局の組織が内部で円滑なコミュニケーションを取れるように運営されていることを改めて確認する」「全ての社員に対して、部局ごとの役割の周知を改めて徹底させる」という姿勢を表明。全社員を対象に「政治的中立」を含む多角的なテーマの社内研修を実施するとともに、制作のプロセスにおける適切な助言や番組内容のチェックを徹底させるべく、「アドバイザリー制度を速やかに全社横断的な専門組織へ再編する」といった改善策を打ち出した。第666回番組審議会で上記の報告を受けた番組審議委員からは、「バラエティ番組が視聴者に及ぼす影響が他のジャンルの番組より大きいにもかかわらず、『バラエティ番組だから(出演者がどのような立場で何を語っても)許される』という甘えのようなものがなかったか」「(日本維新の会の動向に対して)批判めいたナレーションを収録後の映像へ入れてはいたが、そのことを免罪符にしてスタジオ収録でのトークを出演者に委ねる手法は、(『政治的公平性に配慮した』という)アリバイを作っているかのようで姑息に感じる」「社内の他の部門に対して意見を言えないような空気感(社内環境)の下で、一つのもの(番組)を(『組織の壁』を超えてでも社員)みんなで作り上げることへの責任感が少し欠如しているのではないか」といった指摘が相次いで寄せられた。 朝日新聞東京本社論説委員の田玉恵美は、以上の検証結果に独自取材の成果を交えた論説記事を執筆。2022年3月16日付朝刊の『多事奏論』(専門分野の異なる複数のベテラン記者が記事の執筆を交互に担当する連載企画)に、「番組審議会 放送の自律へ、議論もっと可視化を」というタイトルで掲載された。田玉は、毎日放送に対して「(局の内外から政治的公平性を疑われるような番組を放送した)責任は厳しく問われるべきだろう」との見解を示す一方で、「『番組審議会』という外部の(有識者が参加する機関の)目を交えながら(放送内容を)検証するだけにとどまらず、視聴者に向けて検証過程の積極的な可視化に踏み切ったことは(日本の放送業界で)あまり前例がなく、(放送局における)番組審議会の役割を考えるうえで一石を投じているようにも思う」と評価している。この記事では、第666回番組審議会報告書の概要に記されていない審議会の内情を、毎日放送関係者からのコメントを基に紹介。「『出演料を受け取らない』という条件で(現職の)政治家がバラエティ番組に出演することへの意図に思いが至らないのか」という指摘や、日本の都道府県の中でも(放送の時点で)新型コロナウイルス感染症に伴う死者数の水準がとりわけ高い大阪府での感染拡大対策よりも第49回衆議院議員総選挙(2021年10月31日投・開票)における日本維新の会の躍進を放送で強調したことへの疑問が審議委員の一部から呈されていた一方で、毎日放送からの出席者が審議委員に対して「収録では(新型)コロナ(ウイルス感染症)の話も出たが、盛り上がらなかったため放送しなかった」と説明していたことを明らかにしている。 毎日放送では、上記の改善策に沿って、放送法に関する社内研修を2022年4月15日に実施。同年6月1日には、「オートノミーセンター」を総合編成局内へ新設するとともに、同局次長の清水伸浩が初代のセンター長に就任した。「オートノミー」とは「自主」「自律」を意味する英語(autonomy)で、ラジオ放送事業の分社化(2021年4月1日)から総合編成、報道情報、制作スポーツの各局に設けていた番組アドバイザリーを集約させたうえで、他部との兼任者を含む10数名のメンバーが番組制作プロセスでの助言や制作内容のチェックに携わるという。 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会では、放送倫理上の問題の有無を判断する「審議」に入らないことを決めたうえで、小町谷育子委員長による談話を2022年6月2日に公表。「テレビ放送の政治的公平性で問われるのは、『量』ではなく『質』である」「毎日放送や番組審議会による自律的な自浄作用が理想的な形で働いた」という理由で、「紙一重」の判断ながら審議を見送ったことを明かした。そのうえで、「『審議に入らない』という結論だけが独り歩きすることによって、『ほっとけない人』に垣間見えた問題点が放送界に共有されないことを危惧する」として、2022年の7月25日までに第26回参議院議員通常選挙の投・開票が予定されていることを念頭に以下の問題点を指摘した。バラエティ番組で政治問題を取り上げる場合には、話題性の高い政治家に対する視聴率重視のキャスティングが適切であるかどうかを、今一度見直す必要がある。また、「情報の提供」と「娯楽の提供」という要素が混在しているニュース番組や情報番組で、視聴率を偏重すれば『ほっとけない人』と同じようなことが起きかねない。 視聴率にとらわれながら制作される番組では、コメンテーターなどの出演者の意見が過激になったり、面白さを求めるあまり情報が偏ったりする結果として、誤った印象を視聴者に与えかねない。政治に関する番組で上記の事態へ至った場合の悪影響(が甚大であること)は触れるまでもないが、『ほっとけない人』はその最たる例になっているのではないか。 『ほっとけない人』の放送では、大阪府・大阪市による新型コロナウイルス対策を評価するうえで「行政側にとって都合の悪い」とされる事実も、行政を担っている政党(大阪維新の会)の政策についての異論や反論も一切出されていなかった。その結果として、同党の政策が一方的かつ肯定的に放送で流されたきらいがある。この放送を見る限り、「質」の面での政治的公平性を確保すべく、毎日放送が自主性を発揮しながら創意工夫を凝らした形跡をうかがうことは難しい。上記の事態は『ほっとけない人』以外の番組でも起こりうるので、毎日放送に限らず、他局の番組制作者にも「政治的公平性を質の面で担保するためには、異なる視点の提示が欠かせない」ということを忘れないで欲しい。 政治を扱う番組で大切なのは、放送局が放送に至るまで、視聴者の立場で政治的公平性を真剣に議論することである。その鋭意な努力を欠いたまま制作された番組では偏った情報が流れかねないので、視聴者はこのような情報を受け取った結果として、最も大きな不利益を被ることになる。
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