観光 観光の概要

観光

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/09 17:19 UTC 版)

概説

概念の変遷、用語(狭義・広義)

パリエッフェル塔を訪れる人々(2007年)

観光の定義は時代とともに変遷し、識者の間でも見解が異なっている[4][5]

もともとは「日常の生活では見ることのできない風景風俗習慣などを見て回る旅行」を意味したが、旅行が安全性になり快適になるにつれて「楽しみのための旅」全般を指す言葉として広く使用されるようになっている[1]

現在、ごく一般的な意味の「観光」(つまり「(人々による)観光行動」を指す言葉としての「観光」)は、「人々が気晴らしや休息ならびに見聞を広めるために(※)、日常生活では体験不可能な文化や自然に接する余暇行動である」と規定することができる[1]

(※)「〜のために」は目的を示している表現であり、一般的な定義文としてはこれが妥当、無難ではある。ただし補足説明をしておくと、観光のなかには、一部ではあるが、ダークツーリズムのように「悲しみ」の感情に焦点をあて動機になっているような、つまり単純な娯楽が目的ではない場合もある[6]。また、昔は単に「見るだけ」「聞くだけ」というタイプの観光が多かったが、ここ数十年ではニューツーリズムという用語・概念が用いられるようになっており、(ただ何かを「見る」「聞く」だけの旅ではなく)体験を重視した旅などが模索されている[7][8]。つまり自分の身体を動かして実際に何かを行うような観光も広まってきている。

また「観光」という用語は広義には(まれには)、「人々の観光行動」によって生起する社会現象[1]も指す。つまり人々による「観光行動」に加えてそれに関連する諸事象を含めて社会現象としての「観光現象」まで指すこともある[3]。(このような特殊な意味だとはっきりさせる場合は、最初から「観光現象」という。)

日本国政府諮問機関による公式な定義は、#日本の観光政策を参照のこと。

サイトシーイングとツーリズム

関連性が高い英語としては、サイトシーイング(: sightseeing)とツーリズム(: tourism)があるが、後述するとおり日本語の「観光」とは語源が異なるため完全には対応しない[1]

サイトシーイング

サイトシーイングは「現地の名所を訪れる活動[9]」などと定義される。日本での観光概念と親和性が高いとされるが[3]、ごく狭義のものを指しているにすぎず[10][11]、単なる物見遊山にとどまらなくなった今日の観光形態[7]を網羅しているとは言い難い。

ツーリズム

英語のツーリズム(: tourism)は「関心を持たれる場所を訪れるための商業的な組織や運営[12]」などと定義される。英語tourは、轆轤を意味するラテン語のターナス(: tornus)を語源としており、各地を旅行して回ること(巡回旅行)を指す用語として生まれた語であることからも、内容や目的ではなく旅行の態様を重視する側面があり、商業主義の彩色が強いとされる[1][10][13]。したがって英語のtourismは日本語の「観光」とは別概念なので、日本語の「観光」を英語に翻訳する場合はtoursimを用いず、leisure travelなどと訳すことが多い。

一方、フランス語の: tourisme(カタカナ表記はトゥリスム[14]やツーリスム[15]など)の定義は「楽しみのために旅をしたり場所を訪れること[16]」とされ、日本での観光の概念に近いといえる。

(日本語には英語もフランス語も流入し、どちら起源の言葉も外来語として使われているので、外来語の「ツーリスム」が本当は英語由来の意味で使っているのか、フランス語由来の意味で使っているのか、人によって異なり、混乱している。また英語圏でフランス語を借用することも行われるので、そうした深い次元でも意味が錯綜する。)

ツーリズムを観光の上位概念とする解説もあり[4]、目的地での永住や営利を目的としない日常生活圏を一時的に離れる旅行全般及びそれに関連する事象とするものや[17]、通勤・通学以外のすべての旅行がツーリズムであるとするものもある[10]。(フランス語の定義に近いことをいっている)

ツーリズムの定義については日本国外でも意見が分かれており、ビジネス目的も含む旅行全般を指すとするものと[注釈 1]レクリエーション[注釈 2]の一形態であるとするものに大別される[10]

国連専門機関である世界観光機関(UNWTO)などの国際機関は、ツーリスト(: tourist)を「個人が普段生活している環境、訪問地における雇用を除く、一年未満のビジネス、レジャー及びその他のあらゆる目的で訪問地を一泊以上滞在した者[18]」などと定義している[13][19]

歴史

第8代ハミルトン公爵グランドツアー

古代において、苦痛で危険なものであった旅は、必要に迫られて行うものが大部分で、楽しみや好奇心を満たすためだけの旅は殆ど行われていなかったと考えられる。しかしながら、エジプトのジェセル王のピラミッド付近の小神殿からは紀元前1244年に相当する日付とともに書紀の兄弟が観光旅行をしていたことを記した落書きが発見されているなど、観光を主たる目的とする旅が既にこの頃から存在していたことが伺われる[20]古代ギリシャローマにおいても、古代オリンピックの観戦、神々を祀る神殿への参詣や名所旧跡を訪ねる旅が行われていたが、それらの担い手は裕福な特権階級に限られていた[21]

古来から行われていた観光の形態の一つとしては聖地への巡礼の旅が挙げられる[20]。例えば、スペインでは世界各国からサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼者を1000年以上にわたって受け入れてきた歴史がある[21][22]

近世に入ると、ヨーロッパ各地を周遊する教育の旅(グランドツアー)を師弟にさせることがイギリスの貴族・ジェントリ層で流行した。当時は治安が悪く道中には海賊強盗が跋扈していたうえに、国際紛争が頻発しており、現地の売春賭博で身を持ち崩す者も多数いたが、旅によって得られる経験とその後のキャリアは危険を補って余りあるものであった[21][23][24]。また産業革命による経済成長に合わせて温泉地や海浜での夏季滞在も行われるようになり、格別の用務のない自発的な旅行が上流社会で定着していった。これらの社会現象がツーリズムの萌芽であるとされる[25]

ツーリズムという言葉が登場したのは1811年のことで、『Sporting Magazine』に掲載されたのが始まりであるとされる[10]。興味本位での見物行為が知識人の顰蹙を買っていたのか、当時は侮蔑的ニュアンスを含んでいたという[26]

近代に入ると欧米の若者たちにもファッションとして普及し、蒸気機関による海上・陸上の交通が発達するに連れて行き先も世界各地に及ぶようになった。1840年代にイギリス人トーマス・クックトーマス・クック・グループの創業者)が鉄道を利用したパッケージツアーを始めたのが、旅行産業の誕生であるとされる[21][23][27]


注釈

  1. ^ a b 2000年度版『観光白書』では「兼観光」という言葉が用いられており、楽しみを兼ねる商用旅行の存在も観光の一形態として認められている[13]
  2. ^ Clare A. Gunnは、レクリエーションは公共が関与する事業であるとしている[10]。一方、日本交通公社『余暇社会の旅』(1974年)p277では、レクリエーションは肉体・精神の回復、観光は精神の発展にあるものとされている[4]
  3. ^ 「名どころは これを都の案内者 圖會はしらとも 思ふうつし画」とあり、現在でいうところの旅行ガイドブックのような役割を担っていたことがうかがえる[28][29]
  4. ^ 具体的には湯治[32]
  5. ^ 「他国の制度や文物を視察する」、転じて「他国を旅して見聞を広める」の意[1]
  6. ^ 幕末維新ミュージアム霊山歴史館副館長の木村幸比古は、「他国の本質的な物事、優れた光、天下の風光をくまなく観る、理解する」という意であると解説する[36]
  7. ^ 用語としての観光は、朝日新聞データベース「聞蔵」による検索結果によれば、当初は固有名詞に使用されるケースしかない。普通名詞として使用された初めてのケースは、1893年10月15日に日本人軍人による海外軍事施設視察に使用された「駐馬観光」である。その後日本人軍人から外国人軍人、軍人以外の者の海外視察等へと拡大してゆき、最終的には内外の普通人の視察にも使用されるようになっていったが、いずれも国際にかかわるものである点ではかわりはなかった。
  8. ^ 一方、外国人武官による大日本帝国陸軍の視察などに「観光」の語を使用する事例も確認される[5]
  9. ^ 戦後に静岡県熱海市長を務め、『観光立国』を刊行。
  10. ^ 朝日新聞データベース「聞蔵」による記事検索では、ツーリストは1913年から外国人にかかわるものとして使用されているが、原語のtourist自体が当時原語国で外国人にかかわるものに限定されていたのかの立証は、これからの研究課題である。ツーリズムという用語については朝日新聞データベース「聞蔵」によれば、戦前は検索されないどころか、昭和末期までほとんど検索結果に表れてこない状況である。なお、観光が国内観光、国際観光を区別しないで使用されるようになったのは、戦後連合国の占領政策が終了する時期、つまり日本人の国内観光が活発化する頃からである。
  11. ^ 「観光」という言葉は国内の旅行に関しても昭和初期から一部で使用されるようにはなっていた。たとえば1936年に国際観光局が発行した「観光祭記念 観光事業の栞」には「日本国中の年も村落も、それぞれその土地を美しく立派にし、観光客の誘致を図ること、之は日本国内の問題ですから国内観光事業と呼ぶことができます」と記されている。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m "観光". 日本大百科全書. コトバンクより2022年5月3日閲覧
  2. ^ "観光". デジタル大辞泉. コトバンクより2022年5月3日閲覧
  3. ^ a b c d "sightseeing". 世界大百科事典. コトバンクより2022年5月3日閲覧
  4. ^ a b c 溝尾 2015, pp. 4–6.
  5. ^ a b c d e f g h 千相哲「「観光」概念の変容と現代的解釈」『商経論叢』第56巻第3号、九州産業大学商学会、2016年3月22日、1-18頁、CRID 1050564286125976704hdl:11178/267ISSN 1349-7375 
  6. ^ 井出明「日本におけるダークツーリズム研究の可能性」(PDF)『進化経済学会論集』第16巻、2012年、446-450頁、CRID 1010282257091112713 
  7. ^ a b 2.ニューツーリズムの概念”. www.mlit.go.jp. ニューツーリズム創出・流通促進事業. 観光庁 (2010年7月1日). 2022年5月3日閲覧。
  8. ^ a b c 観光政策審議会. “II.21世紀初頭の観光振興を考える基本的視点”. 21世紀初頭における観光振興方策 ~観光振興を国づくりの柱に~(答申第45号). 国土交通省. 2022年5月4日閲覧。 “また、「観光」という言葉は、中国の四書五経の一つ「易経」の一文である「観国之光」が語源とされているが、それは「国の文化、政治、風俗をよく観察すること」、「国の風光・文物を外部の人々に示すこと」というような意味・語感を有していたといわれていること等も考えあわせると、いわゆる「観光」の定義については、単なる余暇活動の一環としてのみ捉えられるものではなく、より広く捉えるべきである。”
  9. ^ SIGHTSEEING” (英語). Lexico Dictionaries. Oxford dictionary. 2022年5月3日閲覧。 “The activity of visiting places of interest in a particular location.”
  10. ^ a b c d e f 溝尾 2015, pp. 2–4.
  11. ^ 溝尾 2015, pp. 12–13.
  12. ^ TOURISM” (英語). Lexico Dictionaries. Oxford dictionary. 2022年5月2日閲覧。 “The commercial organization and operation of holidays and visits to places of interest.”
  13. ^ a b c d e 竹内 et al. 2018, pp. 1–4.
  14. ^ "tourisme". プログレッシブ 仏和辞典 第2版. コトバンクより2022年5月2日閲覧
  15. ^ 加藤一輝 (2021年9月27日). “グザヴィエ・ド・メーストル『部屋をめぐる旅 他二篇』訳者解題”. note. 幻戯書房編集部. 2022年6月2日閲覧。
  16. ^ Editions Larousse. “Définitions : tourisme - Dictionnaire de français Larousse” (フランス語). www.larousse.fr. 2022年5月2日閲覧。 “Action de voyager, de visiter un site pour son plaisir.”
  17. ^ "観光". 世界大百科事典. コトバンクより2022年5月3日閲覧
  18. ^ UNWTOの資料の中で観光客(Tourists)の定義について教えてください。”. UNWTO (2019年2月25日). 2022年5月5日閲覧。
  19. ^ OECD Glossary of Statistical Terms - Tourism Definition” (英語). stats.oecd.org. 経済協力開発機構 (2001年9月25日). 2022年5月5日閲覧。 “Tourism is defined as the activities of persons travelling to and staying in places outside their usual environment for not more than one consecutive year for leisure, business and other purposes not related to the exercise of an activity remunerated from within the place visited.”
  20. ^ a b 石井 2022, 前編 第1部 第1章 旅の始まり
  21. ^ a b c d 竹内 et al. 2018, pp. 11–16.
  22. ^ a b c d 『現代スペイン情報ハンドブック 改訂版』三修社、2007年、40頁
  23. ^ a b c d 清水菜月 (2021年3月15日). “御朱印ブームとアニメ聖地巡礼―「脱魔術化」と「再魔術化」のはざまで―” (PDF). human.kanagawa-u.ac.jp. PLUS No.17. 神奈川大学人文学研究所. 2022年5月3日閲覧。
  24. ^ 小林麻衣子「英国人のグランドツアー : その起源と歴史的発展」『Booklet』第18巻、慶應義塾大学アート・センター、2010年、36–50頁、CRID 1050001338948805760 
  25. ^ 石井 2022, 前編 第4部 第1章 新しい旅の形
  26. ^ 石井 2022, 後編 第1部 序章 近代ツーリズムとは
  27. ^ 石井 2022, 後編第1部 第5章 大陸間旅行の発展:帆船から蒸気船へ.
  28. ^ 藤川玲満「秋里籬島の狂歌 : 籬島社中と名所図会に関して」『清心語文』第18号、ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会、2016年11月、14-28頁、CRID 1050001202792776704ISSN 1345-3416 
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  31. ^ a b c 竹内 et al. 2018, pp. 16–19.
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  42. ^ 富田 昭次『ホテルと日本近代』(学芸出版)
  43. ^ a b c 『現代スペイン情報ハンドブック 改訂版』三修社、2007年、41頁
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  45. ^ 第2章第1節 2 バブル経済とその崩壊(昭和61年(1986年)~平成14年(2002年))”. www.mlit.go.jp. 平成25年版 観光白書. 国土交通省. 2022年5月8日閲覧。
  46. ^ 観光政策審議会 (1995年6月2日). “今後の観光政策の基本的な方向について(答申第39号)”. www.mlit.go.jp. 国土交通省. 2022年5月5日閲覧。 “なお、本答申においては、観光の定義を「余暇時間の中で、日常生活圏を離れて行う様々な活動であって、触れ合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」と考える。”
  47. ^ 観光立国推進基本法”. www.mlit.go.jp. 観光庁. 2022年5月5日閲覧。






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