石垣 石垣の概要

石垣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/14 16:44 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
マチュ・ピチュ

概説

古代インド·マガダ国王舎城時代の石積み
石積みの柵(アラン島)
中城城(沖縄本島)

石垣は古来あらゆる文明で見ることができる。その手法も、自然の石をそのまま積み上げるものや、割った石や切った石を美しく組み上げて見栄えを良くしたもの、さまざまな種類の石を組み合わせて力を分散させ排水を良くして堅固にしたものなどがある。

石垣が築かれる目的は「土地の境界線」、「国境」、「防御施設」、「土地の補強」などである。また城砦、の建物自体の基礎として石垣が用いられることも多かった。欧米では更に城下に造られた民家の壁も、石を積み上げ漆喰などを塗って造ることがあり、町の名も"Stonewall"と呼ぶ例がある。あるいは、特定の建物をそう呼んだり、たとえば、"Stone Inn"といった例もみられる。

スコットランドなどでは、羊の牧草地を石の柵で囲み、あるいはアラン島では風の強い土地の耕作地を、わずかな土が風で飛ばないように石の柵で囲むといった例もある。日本などにある棚田のあぜは石垣によって崩れないように補強されている。

珍しい例では、陸繋島水軍城である甘崎城があり、満潮時には見えないが、潮が引くと石垣が見える仕組みで、つまり、潮で陸路ができた時のみ防御の役割を担う石垣になっており、海中縄張り(海に没した石垣)という珍しい光景から、元禄4年(1691年)にこの沖を航行したドイツ人医師ケンペルが、帰国後、『日本誌』において、「水中よりそびゆる保塁あり」と記述を残している[1]

琉球諸島など日本の南方の島々の伝統的な村落では、屋根の上に石を積み、家屋の周りに石垣を積むことで台風などの強風を防いでいる。例えば石垣島竹富島など八重山諸島には、琉球石灰岩の石垣に囲まれた家々が建ち並ぶ景観が残っている。また、首里城中城城などのグスクでも、石灰岩を切石にして構造物のように積み上げた石垣を見ることができる。

西洋

古来、西洋では石造りの家が多かった[2]。西洋での定住の文化がユーラシア大陸中西部以西の樹木に乏しい地帯や樹木の入手困難な地域から発達したためである[3]。そのため、以後、西洋では必ずしも樹木の乏しくない地域でも石造りの建築が主に用いられるようになった[3]

石で家を造るには丈を高く積む必要があり、絶対に崩れてはならず、隙間もないような石積みが必要であった[2]。したがって、基礎を確定し、同時に上層の石が動かないように、できる限り大石を用いて石積みを行う必要があった[2]。西洋の石垣は屋壁を築くための家屋建築の石積みにならった技術である[2]

ヨーロッパの石垣は、石の間にモルタルまたは漆喰を塗って固めるのが一般的である。それらを使わずに石だけで積んだマチュピチュ遺跡や日本のような石垣を、英語では dry stone wall または単に dry stone と呼ぶことがある。

南米

インカ建築英語版では、石だけで作った壁もあれば、モルタルや日干し煉瓦(アドベ)を使用した例もある[4]。アドベは主に海岸部で使用され、石は山岳部で使用された[5]。地震が多い地域にも関わらず多くの建物が残っていることから技術力の高さがうかがえる。

インカの石垣は、隙間の入る余地のない計算された石垣が特徴であるが、同じような石材を並べたパターンと多角形を組み合わせたパターンが見られる。インカの民族史的記述によるとボリビアのティワナク文化(遺跡は世界遺産となっている)の記念碑に感銘を受けて近隣地域から石工を雇ったとされる[6]


  1. ^ 森本繁 『村上水軍全紀行』( 新人物往来社、 2009年) pp.54 - 55.甘崎城は、鎌倉期の島城で、瀬戸内海の水軍城としては、国内最古。
  2. ^ a b c d e 田淵実夫『石垣』(法政大学出版局、1975年)176頁
  3. ^ a b c d 田淵実夫『石垣』(法政大学出版局、1975年)177頁
  4. ^ Hyslop, John. Inca settlement planning. Austin: University of Texas Press, 1990. ISBN 0-292-73852-8 pp.11-12
  5. ^ Vergara, Teresa, “Arte y Cultura del Tahuantinsuyo”, p.317
  6. ^ Gasparini, Graziano and Margolies, Luize. Inca architecture. Bloomington: Indiana University Press, 1980. ISBN 0-253-30443-1 pp.78
  7. ^ 三ツ寺遺跡
  8. ^ 三浦正幸 『城のつくり方図典』 (小学館、 2005年)
  9. ^ 村田修三「中世城郭とは」(『講座 日本技術の社会史 第六巻 土木』日本評論社、1984年)
  10. ^ 中井均「織豊系城郭の画期-礎石建物・瓦・石垣の出現-」(村田修三編『中世城郭研究論集』新人物往来社、1990年)
  11. ^ 加藤理文編 『城の見方・歩き方』( 新人物往来社、 2002年)
  12. ^ 北川建次・関太郎・髙橋衞・ 印南敏秀・佐竹昭・町博光・三浦正幸編集委員『瀬戸内海事典』( 南々社、 2007年)
  13. ^ 日本の城づくり | Trace 「トレース」
  14. ^ 島原城石垣を正確に復元 12年に豪雨で崩落
  15. ^ 城郭石垣の断面形状と安定性評価
  16. ^ 城の石垣、木の根で崩落 各地で膨らみ押し出す被害
  17. ^ 城の石垣、木の根で崩落 各地で膨らみ押し出す被害”. 朝日新聞デジタル (2012年2月8日). 2012年2月9日閲覧。
  18. ^ 吉田城石垣のはらみ進行か”. 東日新聞 (2012年2月4日). 2012年2月9日閲覧。
  19. ^ 弘前城が動く


「石垣」の続きの解説一覧




石垣と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

石垣のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



石垣のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの石垣 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2022 GRAS Group, Inc.RSS