エベレスト 名称

エベレスト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/05 10:40 UTC 版)

名称

ジョージ・エベレスト

現在、エベレストはネパールでは「サガルマータ (सगरमाथा Sagarmatha)」、中国のチベット地区やチベット人では「チョモランマ (ཇོ་མོ་གླང་མ་ jo mo glang ma)」、中国では珠穆朗瑪峰 (Zhūmùlǎngmǎ Fēng) または聖母峰 (Shèngmǔ Fēng) と呼ばれている。

エベレストの存在が初めて文献上にあらわれたのは1717年康熙帝の命令を受けてイエズス会士ジャン・バティスト・レジス (Jean-Baptiste Régis) が『皇與全覧図』と呼ばれる中国地図を作成したときであった。そのチベット部分、現在のエベレストの位置に山の絵が描かれ「朱母郎馬阿林」(チュムランマアリン)と表記されている。この地図はレジス神父の故国フランスに送られ、それを受け取った同僚のイエズス会士ジャン=バティスト・デュ・アルドが地図製作者のジャン・バティスト・ブルギニョン・ダンヴィル (Jean-Baptiste Bourguignon d’Anville) に託し、ダンヴィルによって1735年、『中国新地図集』(Nouvel Atlas de la Chine) として出版された。ダンヴィルの地図では「チュム・ランクマ」(Tchoumou Lancma) と表記されている。これがヨーロッパに「チョモランマ」の名称が初めて紹介されたときである[5]

イギリス東インド会社は1765年以降、測量局を設けてインド各地の詳細な地図の作成を行っていた。1815年、ベンガル、ボンベイ、マドラスにあった3つの測量部が統合されてインド測量局が発足。さらに1818年8月1日にはインド大三角測量部 (The Great Trigonomentrical Survey of India) が別に設けられ、三角測量のエキスパートであるウィリアム・ラムトン (William Lambton) が部長に、28歳の士官候補生ジョージ・エベレストが主任助手に任命された。1833年に組織改編で大三角測量部がインド測量局の傘下に入り、ラムトンの逝去によってエベレストが第2代測量部長となった。1830年にはエベレストはインド測量局長官も兼務することになる[6]

エベレスト長官はインドの南岸からヒマラヤ山麓までの三角測量を終え、1843年にアンドリュー・スコット・ウォーに長官職を譲って退任した。ウォー長官の時代にヒマラヤ山脈の山々の計測が行われ、まずカンチェンジュンガが世界最高峰であると考えられた。しかし、彼らはさらに奥地にある山に興味を持った。この山は初め「ピークb」(Peak b)、次に「ピークh」(Peak h) のちに「ピーク15」(Peak XV) と呼ばれるようになる。インド測量局の主任測量士でデヘラードゥーンに駐在していたラーダナート・シクダール (Radhanath Sickdhar) がピーク15の測量を行い、海抜8840 mという標高を算定した(シクダールはエベレストが世界最高峰であると考えた最初の一人であるとされている)。ピーク15の地域はネパールとチベットに挟まれていたが、どちらの国にも入国ができなかったため、インド測量局では山の地域での呼称を確定できなかった[7]

1856年3月、ウォー長官はピーク15が8840 mでカンチェンジュンガの測量値(8582 m)よりも高く、おそらく世界最高峰であるという書簡を王立地理学協会に送付した。この書簡の中で、ピーク15の名称を「地方での呼び名は数多くあるだろうから、どれか一つを選ぶのは難しい」として、前任長官のエベレストにちなんで山の名前を「エベレスト山」(初めMont Everest、のちにMount Everest)としたいとし、以下のように述べた。

尊敬する前長官のサー・ジョージ・エベレスト大佐 (Colonel Sir George Everest) は、すべての地形に現地での呼称を採用するよう、私に教えてきた。しかしこの山には、おそらく世界最高峰であろうこの山には、現地での呼称を見いだすことができなかった。もし仮にそれがあったとしても、私たちがネパールへの立ち入りを許可される前に、それが見つかることはないだろう。今のところ、この高峰を名づける特権と責任とは、同等に私に委譲されているものと思う。この山の存在が、市民と地理学者に広く知られ、文明国家に深く浸透するかは、この高峰の名称いかんにかかっているであろう

まだ存命中だったジョージ・エベレスト自身は、この名前がヒンディー語と無関係でインドの人々に発音できない名前であるとして反対し、地理学協会にその旨を書き送ったが、1856年8月に開かれたベンガル・アジア協会の会合で世界最高峰の発見が報告されたあとの9月に王立地理学協会が「エベレスト山」の名称を受け入れ、インド政庁も承認した[8]。ちなみに現在のエベレストの発音(IPA:/ˈɛvərɪst/ または /ˈɛvərɨst/ EV-er-est)と実際のジョージ・エベレストの発音(/ˈiːvrɪst/ EAVE-rest)は異なっている。

ピーク15の名称については、ネパールに駐在した外交官ブライアン・ホジソンが1856年に地元で「デヴァドゥンガ」(Devadhunga) と呼ばれていると唱え、1907年にはインド測量局の技師ナタ・シン (Natha Singh) が地元の民が「チョー・ルンブ」(Chho Lungbhu) と呼んでいることを記録している。1909年にはエベレスト登攀のための情報収集をしていたグルカ連隊の将校チャールズ・グランヴィル・ブルース (Charles Granville Bruce) がクーンブ地方の出身のシェルパから「チョモ・ルンモ」(Chomo Lungmo) という名前を聞いている。他にも19世紀の終わりには「チョモカンカル」(Chomokangkar) というのが山の名前であるといわれたこともあったが、インド測量局は一貫して「エベレスト」の呼称を用い続けた[9]

1950年代に入って中国政府がチベット名「チョモランマ(Chomolangma、珠穆朗瑪)」を採用した。これは「世界の母なる女神」の意味であるという。1960年代にはネパール政府が「サガルマータ(世界の頂上の意味)」という名称を示した。この名前はネパールの著名な歴史学者バーブラーム・アーチャリヤが1938年に文芸誌『シャルダ』に紹介したものだが、カトマンズでは知られていない一部の地域での名称だった。ネパールは以後、この名称を使い続けている[10]

山の名称に人名を用いたことについては王立地理学協会やインド政庁でも議論があり、悪しき先例になると考えた人々も多かった。エベレスト山という名称が受け入れられたあとで、世界第2位のK2に関しても名称を「ウォー山(Mount Waugh、1860年)」あるいは「ゴドウィン・オースティン峰(Godwin-Austen、1886年)」としようという動きがあったが、いずれも地理学協会やインド政庁が受け入れなかった[11]


注釈

  1. ^ チベット文字による表記。環境によっては「ཇོ་མོ་ག」と字化けして表示される。
  2. ^ 8225 m[15]、8228 m[14]、8230 m[16]と振れがある。
  3. ^ 両名とも日本山岳会エベレスト登山隊(総隊長・松方三郎、登攀隊長・大塚博美)の隊員である。
  4. ^ 1996年にもハンス・カマランダーが山頂からスキー滑降に成功したが、所々でスキーを脱いで下山した。三浦雄一郎は1970年に7980 mからスキー滑降し、「The Man Who Skied Down Everest」として映画化されたことで有名[32]
  5. ^ 標高6500 mのC2からヘリコプターで下山[35]
  6. ^ 北側、南側の2つの通常ルートの合計。

出典

  1. ^ 人類初のエベレスト登頂 ウォルストリートジャーナル 「60年前のエベレスト初登頂」2013年5月28日 2020年2月1日閲覧
  2. ^ GPS-Messung von 1999
  3. ^ “エベレスト 標高は8848m86cm 中国とネパール改めて測定”. NHK (日本放送協会). (2020年12月8日). https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201208/k10012753511000.html 2020年12月9日閲覧。 
  4. ^ https://www.afpbb.com/articles/-/3320281?cx_part=top_topstory&cx_position=2
  5. ^ 薬師義美 2006, p. 41
  6. ^ 薬師義美 2006, p. 71
  7. ^ 薬師義美 2006, p. 106
  8. ^ 薬師義美 2006, pp. 107–111
  9. ^ 薬師義美 2006, pp. 111–112
  10. ^ 薬師義美 2006, p. 113
  11. ^ 薬師義美 2006, p. 115
  12. ^ ウェイド・デイヴィス 2015a, p. 73
  13. ^ ウェイド・デイヴィス 2015a, p. 74
  14. ^ a b c 山と渓谷社 2022, エベレスト関連の登山史年表.
  15. ^ 世界大百科事典小項目事典. “マロリー”. コトバンク. 株式会社DIGITALIO. 2022年7月9日閲覧。
  16. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. “マロリー”. コトバンク. 株式会社DIGITALIO. 2022年7月9日閲覧。
  17. ^ ピーター・スティール 2000, p. 63
  18. ^ ピーター・スティール 2000, p. 101
  19. ^ ピーター・スティール 2000, p. 217
  20. ^ a b 毎日新聞・東京版(夕刊1970年(昭和45年)5月14日 1面『エベレストに初の「日の丸」 日本山岳会、世界6番目の快挙 東南稜から登頂 松浦、植村両隊員』。
  21. ^ 山と渓谷社 2022, 第二章 女性だけでエベレスト.
  22. ^ 山と渓谷社 2022, 第七章 悪夢の大量遭難.
  23. ^ “ネパール人シェルパへの保険金引き上げ、エベレスト雪崩事故受け”. ロイター (ロイター通信社). (2014年8月11日). http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPKBN0GB0DK20140811 2014年8月12日閲覧。 
  24. ^ 大地震によるエベレスト雪崩、生存者が恐怖の体験語る
  25. ^ エベレスト商業登山、考え直すとき ナショナルジオグラフィック 2015年5月18日
  26. ^ ネパール大地震、ヘリ不足で村々が孤立 ナショナルジオグラフィック 2015年5月13日
  27. ^ エリック・R・サイモンスン, ラリー・A・ジョンソン & ヨッヘン・ヘムレブ 1999, pp. 316–318
  28. ^ 山と渓谷社 2022, 第三章 「三季登頂」への決着.
  29. ^ 山と渓谷社 2022, 第四章 無酸素登頂の長い一日.
  30. ^ 田部井淳子編『エヴェレストの女たち』(山と溪谷社, 1998年)ISBN 978-4635171137
  31. ^ 山と渓谷社 2022, 第六章 バリエーションの成果.
  32. ^ 山と渓谷社 2022, 第一章 初登頂へ、二つの登山隊.
  33. ^ 女性最年少でエベレスト登頂の13歳少女、体験語る AFP BB NEWS 2014年6月3日
  34. ^ a b c d 山と渓谷社 2022, 第九章 記録への挑戦.
  35. ^ ツイッターやネットの書き込みを読んで、三浦雄一郎の下山時のヘリコプター使用について様々な意見がある... - Yuichiro MIURA Everest 2013
  36. ^ a b “73歳日本人女性がエベレスト登頂、最高齢女性の記録更新”. ロイター. (2012年5月21日). http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPTYE84K02C20120521 
  37. ^ “ネパール人登山ガイド、25回目のエベレスト登頂に成功 記録更新”. AFPBB NEWS. (2021年5月8日). https://www.afpbb.com/articles/-/3345710 2021年6月14日閲覧。 
  38. ^ カミ・リタ・シェルパ&ラクパ・シェルパ: エベレスト登山最多回数”. 2022年7月9日閲覧。
  39. ^ “女性で初、エベレスト登頂1シーズン2回成功 ギネス記録に認定”. AFPBB NEWS. (2013年2月25日). https://www.afpbb.com/articles/-/2931080 2013年12月7日閲覧。 
  40. ^ Featured Everest Expedition: Team Everest '03 EverestNews.com
  41. ^ 両足義足でのエベレスト登頂成功した登山家マーク・イングリス”. 2022年7月9日閲覧。
  42. ^ “Armless Calgary man Sudarshan Gautam reaches dream of summitting Mount Everest”. Calgary Sun. (2013年5月20日). http://www.calgarysun.com/2013/05/20/armless-calgary-man-sudarshan-gautam-reaches-dream-of-summitting-mount-everest 2015年12月24日閲覧。 
  43. ^ “Canadian double-amputee summits Mount Everest”. CBC News. (2013年5月30日). http://www.cbc.ca/radio/asithappens/canadian-double-amputee-summits-mount-everest-1.1322725 2015年12月24日閲覧。 
  44. ^ “下肢切断者女性初のエベレスト登頂、インドの元バレーボール選手”. https://www.afpbb.com/articles/-/2945678 20222-07-09閲覧。 
  45. ^ Full list of all ascents of Everest up to and including 2010 (in pdf format)”. 8000ers.com (2011年9月24日). 2012年6月27日閲覧。
  46. ^ Ascents - Everest (without supplementary oxygen) 8000mers.com
  47. ^ CNN.co.jp : 1週間に2回エベレスト登頂 ネパール人女性がギネス認定
  48. ^ 「渋滞難所 はしごでスイスイ エベレストで設置計画に反発も」:イザ!”. SANKEI DIGITAL INC.. 2013年12月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年12月31日閲覧。
  49. ^ a b c 頂上にこの行列… エベレストでさらに4人死亡、混み合う「死のゾーン」 AFP 2019年5月24日 22:41 発信地:カトマンズ/ネパール
  50. ^ a b エベレスト登頂成功の米国人死亡、頂上で写真撮影中倒れる〔AFP=時事〕(2019/05/24-11:45)
  51. ^ a b c Everest 2015: The Cost to Climb Everest alanarnette.com Dec 15 2014
  52. ^ a b How much does it cost to climb Mount Everest? GRINDTV March 31, 2015
  53. ^ New Everest Permit Fee System alanarnette.com Feb 14 2014(記事中央の図表を拡大すると値段の詳細)
  54. ^ 日刊勝ち組スポーツ エベレストっておいくら?
  55. ^ a b 日本人登頂者一覧
  56. ^ a b c エベレストツアーが人気 登山の商業化危ぶむ声も 共同通信 2005年05月02日
  57. ^ The Himalaya by the Numbers
  58. ^ Everest 2012 Newsletter #17 - Himalayan Experience
  59. ^ HIMALAYAN EXPERIENCE STATISTICS
  60. ^ 最年少更新は不可能に=エベレスト登頂、中国も年齢制限」『時事ドットコム』時事通信、2010年6月22日。2010年6月22日閲覧。[リンク切れ]
  61. ^ Is the risk worth the glory? Child mountain climbers & child exploitation Women News Network 2014年7月23日
  62. ^ 「最高齢エベレスト登頂」奪還狙った85歳死亡 読売新聞(2017年5月7日)2017年5月7日閲覧
  63. ^ エベレスト登山に年齢制限は必要か 85歳登山家の死亡受け CNN(2017年5月9日)2017年5月9日閲覧
  64. ^ Nepal bans solo climbers from Mount Everest under new rules (BBC)
  65. ^ エベレストの単独登山を禁止、安全対策で規制改定 ネパール(AFP通信)
  66. ^ エベレスト登山者はごみ持ち帰りを ネパール、8キロ義務付け 日経新聞 2014年3月4日
  67. ^ エベレスト登山者にごみ収集を義務化へ、ネパール AFP 2014年3月4日
  68. ^ エベレストで登山者が捨てるごみ増加、世界最高峰のごみ溜めに”. AFP (2018年6月25日). 2018年6月28日閲覧。
  69. ^ エベレストで使い捨てプラスチック禁止へ、ネパール” (2019年8月21日). 2019年8月21日閲覧。
  70. ^ エベレストに「世界最高峰の派出所」設置―中国”. Record China (2008年11月25日). 2018年3月20日閲覧。





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