アラブの春
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概要
中東地域は、世界の原油・天然ガスの産出・埋蔵量の多くを持ち、アラブ世界の中のユダヤで核保有国と目されるイスラエル、世界の大動脈スエズ運河を抱えるエジプト、シーア派の大国のイラン、イラク戦争から再建中のイラク、アラブ諸国とも欧米とも対立した独自路線を掲げるカダフィ大佐のリビア、石油の富が公平に分配されていない湾岸諸国、対立が続くスンナ派とシーア派などを抱えていた。
幾多の戦争が起きた地域であり、情勢が不安定であったこの地域だが、2011年にチュニジアやエジプトなど30年以上の長期独裁政治が、数か月足らずの間に相次ぐ民衆のデモ活動で揺らぐことになった。 世界経済が不調のなか、もともとエジプトの騒乱では小麦価格の高騰による貧困層の困窮や、若年失業率(多いところでは5割)の大きさが原因としてあげられている。逆に革命を引っ張っているのは、まだ少数ながら教育を受け経済力を持ち、情報手段を持つ「中間層」である。
これらの革命の背景にはソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の役割も大きいとされる。衛星放送[注 1]やインターネットの普及で情報は瞬時に伝わり[注 2]、携帯電話、ツイッター、フェイスブックなどで抗議活動に関する呼びかけなどが行われた。CIAやジョージ・ソロスと関連付ける説もある[33]。
さらにイスラム教の合同礼拝(国民的宗教行事のため禁止は不可能)のため合法的に人が集まり、情報や人々の感情などが直接伝わることも革命を後押しするのに功を奏した。さまざまな情報に加えて、政権側によるデモの弾圧などで犠牲となった死者の棺は大通りを練り歩き、治安部隊などの行動は周知されることとなった。
事件の発端
2010年12月17日、チュニジア中部シディ・ブジド(スィディ・ブーズィード)にて失業中だった26歳の男性モハメド・ブアジジ(ムハンマド・ブーアズィーズィー)[34](アラビア語:محمد البوعزيزي)が果物や野菜を街頭で販売し始めたところ、販売の許可がないとして警察が商品を没収。これに抗議するためにガソリン(もしくはシンナー)をかぶり火をつけ、焼身自殺を図った。チュニジアでは失業率が公表されている14%よりも高く、青年層に限れば25〜30%という高い水準に達しており、同様に街頭で果物や野菜を売り生計を立てる失業者も多かった[34][35]。このトラブルがブアジジと同じく、大学卒業後も就職できない若者中心に、職の権利、発言の自由化、大統領周辺の腐敗の罰則などを求め、全国各地でストライキやデモを起こすきっかけになったとされている[36][37]。次第にデモが全年齢層に拡大し、デモ隊と政府当局による衝突で死亡者が出るなどの事態となった[36]。やがて高い失業率に抗議するデモは、腐敗や人権侵害が指摘されるベン=アリー政権の23年間の長期体制そのものに対するデモとなり、急速に発展していった[34]。その後、チュニジアの政権は崩壊した。
広範囲へ拡大
チュニジアでの一連の出来事(ジャスミン革命)は、瞬く間にアラブ諸国へ伝わった。
ヨルダンでも早い段階で反政府運動が飛び火し、サミール・リファーイー内閣が2011年2月1日に総辞職。
エジプトでは1月25日より大規模な反政府抗議運動が発生、これにより30年以上にわたるホスニー・ムバーラク大統領下による長期政権が崩壊した(2011年エジプト革命)。
立憲君主国のバーレーンでも反政府運動が計画され、政府は給付金を全世帯に給付するなど対処したようにみえたが、首都マナーマの真珠広場で行われた中規模反政府集会を政府動員の治安部隊が強制排除し、死者が出る事態となった(2011年バーレーン騒乱)。
カダフィ大佐による独裁体制が敷かれているリビアでも、カダフィの退陣を要求するデモが2月17日に発生。2月20日には首都トリポリに拡大し放送局や公的機関事務所が襲撃・占拠され、軍はデモ参加者に無差別攻撃を開始し多数の犠牲者が出た。政府側はサハラ以南のアフリカから多額の時給で民兵を雇用し、反政府派も施政権が及ばなくなったとされる東部や南部を武器をとり掌握するなど勢力を拡大、首都での戦いが避けられないという見方が報道によりなされた。これを受け、国連安保理は「民間人に対する暴力」としリビアに対し経済制裁と強い非難決議を採択した。その後、半年間に及ぶ事実上の内戦状態に突入したが、NATOによる軍事介入もあり、8月24日には首都トリポリが陥落、カダフィも殺害され、42年間に及ぶカダフィ政権が崩壊した(2011年リビア内戦)。
また、イランもこれらアラブ諸国の情勢に介入、エジプトやバーレーン、イエメンの野党・反政府勢力に接触し[38]。その後のイエメン内戦でフーシ派を支援している。
なお、カタールなどアラブ諸国の中でデモなどの動きがほとんどない国もある。
アラブ諸国以外への波及
現政権に対するデモなどの動きはアラブ以外の諸国にも広がり、革命に追随しようとする運動の呼びかけがインターネットの掲示板などに書かれた。ロシアやイスラエルなどでは大規模なデモが発生し、中国では政府が警戒を強化した。アメリカ合衆国では金融界に対してウォール街を占拠せよ運動が起こった。
挫折
2012年に入ると政権の打倒が実現した国でも国内の対立や衝突が起きるなど民主化に綻びが見られ始めた。
シリアではアサド政権側の政府軍と反体制組織に加え、外国勢力の介入やISILの台頭などによる泥沼の内戦状態に突入した(シリア内戦)。エジプトでは2013年エジプトクーデターにより選挙で選ばれた政権が幕を閉じることとなった。リビアとイエメンではこれまで続いてきた抗議運動の高まりにより政権を打倒したものの、その後国内が分裂しリビア内戦やイエメン内戦を招いた。
また、国内のスンナ派とシーア派の対立やアルカイダ系の介入などによる火種が周辺国にも影響を及ぼすおそれが懸念されるようになった[39]。これまで権力を独占してきた政権が崩壊した混乱により、軍が保有している武器が政府のコントロール下を離れテロリストに流出しており、テロリストの武装強化や凶悪化につながる事態にもなった[40]。
さらに、内戦が泥沼化したシリアでは国内のスンナ派とシーア派の対立やアルカイダ系の介入による火種が周辺の国々にも影響を及ぼし始めており[39]、2014年には元アルカイダ系のイスラーム過激派組織「ISIL」がシリアとイラクの国境をまたぎ台頭し、世界中にテロを輸出するなど情勢は深刻な事態に陥った。さらにこれらの戦争により大量の難民が欧州に殺到した(2015年欧州難民危機)。国際的な支援を得られなかったアラブの春は、一部地域を除き事実上挫折した[41](アラブの冬も参照)。
結果的に、2011年から始まった一連の民衆蜂起は、暴力と経済破綻への扉を開き、数百万人が難民や国内避難民となって家を追われ、数え切れない人々の人生が台無しとなるものであった[42]。
新たな動き
2018年に入ると、アラブ諸国ではデモなど反政府運動が再び起こるようになった。アラブの春と比べると影響は限定的ではあるものの、2021年までにアルジェリアとスーダンの2か国では長期政権を率いた大統領が辞任し、4か国では政府の長(首相)が辞任に追い込まれた。アラブの春との類似性よりこれらの運動を総称して「アラブの夏」「アラブの春2.0」と呼ばれている[43]。原因の一つとして、アラブの春以降も若者の高い失業率が改善されなかったことが挙げられている[44]。
ただし、2か国においては軍が反政府派に協力的だったことや、外国勢力の介入がなかったことなどが、以前のものとは異なる[45][46]。また、不安定な情勢は続いている。
注釈
出典
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