雲
『西遊記』百回本第2回 孫悟空は、須菩提祖師(すぼだいそし)仙人のもとで修行に励み、雲に乗る術を学んだ。一般に仙人は、結跏趺坐したまま雲に乗って空を飛ぶ。しかし孫悟空の術はそれとは異なり、キン斗雲の上でとんぼ返りを打って、ようやく雲は飛び上がる。そして1度とんぼ返りをする間に、雲は10万8千里も遠くへ行くことができるのである。
『聊斎志異』巻1-13「偸桃」 手品師が、数十丈もある長い縄を空高く投げ上げる。縄の先端はするすると雲の中まで入っていく。手品師の息子が縄をよじ登って、天上世界にある西王母の桃を取りに行く。やがて桃が1つ落ちて来る。続いて、息子の首や手足や胴体がバラバラに落ちて来る。手品師は「桃の番人に斬られたのだ」と言い、見物人たちから息子の葬式代を集める。手品師はバラバラ死体を籠に入れて蓋をする。蓋を取ると、元気な息子の姿が現れる。
*天から、阿修羅の手・足・指・耳・鼻が降ってくる→〔落下〕8の『龍樹菩薩伝』。
*→〔異郷訪問〕9の、豆のつるをよじ登って天上世界から宝物を盗んで来る『ジャックと豆の木(豆のつる)』を、連想させるところがある。
『ノンちゃん雲に乗る』(石井桃子) 小学校2年生のノンちゃん(田代信子)が木に登って、すぐ下にある池をのぞき込む。池の底には、青い空と白い雲が見える。ノンちゃんはバランスを崩して、池に落ちてしまう。おじいさんが熊手でノンちゃんを雲の上に引き上げ、「お前は地下天国に落ちて来たのだ」と教えてくれる。おじいさんに促されてノンちゃんは、自分のこと、にいちゃんのこと、おとうさん・おかあさんのことを語る→〔嘘〕10。
★4.縄で雲を引き寄せる。
『子不語』巻12-290 王廷貞が雨乞いをし、綿を重ねたような厚い雲が空に現れる。王が長い縄を投げ上げると、天上でそれを受け止める者がいるかのごとく、縄は落ちて来ない。龍に属する(=辰年の)8人の童子が、力いっぱい縄を引く。雲が西にあれば東に引っ張り、南にあると北に引き寄せる。まもなく大雨になり、水深が1尺ほどになったのを見届けて、王は縄を引き下ろした。
『日本書紀』巻1・第8段本文 スサノヲがヤマタノヲロチの尾を裂いて、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を見出した。一書に言う。「この剣の本の名は、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)である。ヤマタノヲロチがいる上に、常に雲気がただよっていた。それゆえ名づけられたのであろう」。
『史記』「高祖本紀」第8 秦の始皇帝は「東南に天子の気がある」と言って、これを抑圧しようとした。高祖(劉邦)は「自分がねらわれているのか」と疑い、山沢巌石の間に隠れた。しかし妻(呂后)は、いつも彼を見つけた。高祖が不思議がると、妻は「あなたのいる所には、その上に常に雲気があります。それであなたを見つけることができたのです」と答えた。
『西遊記』百回本第33回 平頂山蓮花洞に、金角・銀角兄弟が住んでいた。山を見回る銀角は、彼方に祥雲たなびき、瑞気立ちこめるのを見て、三蔵法師がやって来たことを知る。銀角は子分たちに、「三蔵は金蝉長老の化身で、10代も行を修めた人物だから(*→〔長寿〕4)、頭上に祥雲が輝くのだ」と教え、三蔵法師を捕らえてその肉を食おうとする。
★6.紫の雲。
『現代民話考』(松谷みよ子)6「銃後ほか」第10章の6 昭和20年(1945)8月。川越市を空襲すべく、敵機がしきりに上空を飛んだ。しかし上空は紫の雲におおわれ、敵機は川越市を見失ったため、空襲は受けなかった。紫の雲は、総鎮守・氷川神社から立ち昇ったとも、喜多院からとも言う(埼玉県)。
『沙石集』巻10末-13 行仙房は端坐して入滅した(*→〔死期〕1a)。その時、紫雲がたなびいて庵の前の竹にかかり、紫の衣でおおったかのようであった。音楽が空に聞こえ、良い香りが室内に満ちた。火葬の後に見ると、灰は紫色だった。
『浜松中納言物語』巻4 吉野山に住む尼君(=主人公中納言が契りを交わした河陽県の后の母)は、10月15日の夕方、念仏を唱えつつ、脇息に寄りかかったままで息絶えた。芳香が満ち、紫雲が峰のあたりに立ち巡った。中納言は、これまで話に聞くだけだった芳香や紫雲を実際に体験し、しみじみと感慨にふけった。
*天人が降下する時にも、紫の雲がたなびく→〔天人降下〕2の『狭衣物語』巻1。
★7a.雲が乙女を隠す。
『変身物語』(オヴィディウス)巻1 ユピテル(=ゼウス)が、広野を行く美女イオに目をつけ、黒雲をおこして地面を覆う。ユピテルは黒雲の中で、乙女の純潔を奪う。ユピテルの妻ユノー(=ヘラ)が天上から見下ろし、白昼に黒雲が湧いてあたり一面夜のようになったのに驚く。ユノーは地上へ降り、黒雲に退去を命ずる→〔牛〕4b。
*雲から造られたヘラやヘレネ→〔にせ花嫁〕4aの『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第1章・第3章。
★7b.雲が都市を隠す。
『首都消失』(小松左京) ある年の11月下旬。突如、直径60キロ・高さ千メートルの巨大な雲が発生し、東京とその周辺をすっぽり覆ってしまう。一切の通信は途絶し、雲の中へ入ることもできない。首都を失った日本を立て直すため、地方の知事たちが中心になって臨時政府を作る。雲は、太陽系外の宇宙文明から地球へ送り込まれた観測装置らしかった。その装置が東京の上に着陸したことは、日本にとって不幸だった。翌年の4月初め。雲は、出現した時と同様に、何の前触れもなく消えた。
★7c.人が雲を消す。
『雲を消す話』(稲垣足穂) 街角の人だかりの中で、変な男が褐色の薬液の入った小瓶を並べている。男は、空の雲を鏡に映して皆に見せ、薬液のついた布で鏡をこする。すると鏡面の雲が消え、見上げると空の雲もなくなっていた。何かの手品なのだろうが、「僕」は驚いて「星はどうなのかね」と聞いてしまった。男は「星というのは、高い所に打ち込んだ鋲(びょう)ですから、消せません」と答えた。
★8.雲の起源。
『マイトラーヤニー・サンヒター』 山岳は創造神プラジャーパティの最長子である。山々は翼を持ち、自由に飛びまわったので、大地は不安定だった。インドラ神が山々の翼を断ち切り、大地を安定させた。翼は雲となった。それゆえ雲は、おのれの母胎である山のほとりに、漂うのである。
★9a.8色の雲。
『古今和歌集』「仮名序」古注 素盞烏尊(すさのをのみこと)が妻とともに住むための宮を、出雲の国に造っていた。その時、8色の雲がたったので、素盞烏尊は「八雲立つ出雲八重垣妻ごめに八重垣作るその八重垣を」の歌を詠んだ。
『宝物集』(七巻本)巻5 伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冊(いざなみ)の尊(みこと)の娘が、出雲国の大蛇を恐れて泣いた。杵築(きづき)の宮が、酒7船(ふね)を大蛇に飲ませ、酔わせて殺した。大蛇を焼く煙が8色に立ち昇ったので、「八雲立つ」と歌にも詠むようになった。
★9b.原子雲。
『安芸のやぐも唄』(深沢七郎『庶民烈伝』) 暑い夏の朝、ピカッと光った空に白い雲を見た途端、おタミの眼は真っ暗になった。「雲は紫だった」とか「赤かった」とか「ダイダイ色だ」とか、皆いろんなことを言った。おタミのめくらの眼は、7色や8色の雲を鮮やかに思い浮かべた。若い頃に聞いた、街のアメ屋の唄を、おタミは思い出す。「やぐも立つ、いずもやえがき妻ごみに やえがき作るそのやえがきを」。何の唄だか知らないが、出雲の国にも、昔あんな雲が現れたのだろう。
★10.雲見。
『蛙のゴム靴』(宮沢賢治) 夏の暮れ方、カン蛙・ブン蛙・ベン蛙の3疋が、つめくさの広場に座って、雲見ということをしていた。夏の雲の峰は、どこか蛙の頭の形に似ているし、蛙の卵にも似ている。それで、日本人ならば花見とか月見とかいうところを、蛙たちは雲見をするのだ〔*カン蛙は、人間界で流行のゴム靴をはいて雲見に行く。ベン蛙とブン蛙はうらやましがって、雲を見ずにゴム靴ばかり見ていた〕。
*日本人の月見→〔八月十五夜〕10の『お月見』(小林秀雄)。
★11.雲占い。
『日本書紀』巻28天武天皇元年6月 天智天皇の死後、吉野の宮にいた大海人皇子は、大友皇子に対して挙兵するため、東国へ向かった。横河(=名張川か)まで来た時、天に黒雲が現れ、その広さは10余丈であった。大海人皇子は自ら式(ちょく。筮竹の類か)を取って占い、「天下が二分される兆しだ。私が天下を得るのだろうか」と仰せられた。
雲と同じ種類の言葉
「雲」に関係したコラム
-
一目均衡表とは、細田悟一氏の開発した相場を予想するテクニカル指標のことです。細田悟一氏のペンネームが一目山人(いちもくさんじん)だったことから、一目均衡表という名が付けられました。一目均衡表は、FXや...
-
FX(外国為替証拠金取引)のトレンド(trend)とは、為替レートがしばらくの間、ある決まった方向へ推移している状態のことです。トレンドの種類には、上昇トレンド、下降トレンド、レンジの3つの種類があり...
-
株式投資のスクリーニングとは、テクニカル指標や財務関連指標などを中心とした条件に合致した銘柄を抽出するシステムのことです。スクリーニングでは、テクニカル指標や財務関連指標の他に、投資金額や売買単位、業...
- >> 「雲」を含む用語の索引
- 雲のページへのリンク