せいおうぼ〔セイワウボ〕【西王母】
せいおうぼ 【西王母】
西王母
西王母
西王母
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/15 03:54 UTC 版)
| 西王母 | |
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『古今図書集成』の西王母の挿絵(清代)
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| 各種表記 | |
| 拼音: | Xīwángmǔ |
| 日本語読み: | せいおうぼ |
| 英文: | Queen Mother of the West |
西王母(せいおうぼ)は、中国で古くから信仰された仙女・女神。姓は緱(あるいは楊[1])、名は回、字は婉姈、一字は太虚[2]。道教の西王母はすべての女仙の頭首で、仙界の主神でもある[3][4]。東王父に対応する。
称号
「王母」は祖母や女王のような聖母といった意味合いであり、「西王母」とは西方にある崑崙山上の天界を統べる母なる女王の尊称である。九霊太妙亀山金母、太霊九光亀台金母、太虚九光亀台金母元君[5]、白玉亀台九霊太真元君[6]、白玉亀台九鳳太真西王母[7]、上聖白玉亀台九霊太真西王母[8]、紫微元霊白玉亀台九霊太真元君[9]、西華至極瑶池金母皇君[10]、西霊金母梵気祖母元君[11]、西漢金真万気祖母元君[12]、太華西真万気祖母元君[13]、太華西真白玉亀台梵気祖母元君[14]、九霊太妙白玉亀台玉光金真梵気祖母元君[15]、九霊太妙白玉亀台夜光金真万気祖母元君[16]、太妙天紫府化気西華金母元君[10][17]、西華清霊金母宏慈太妙無上元君[18]、九天掌法白玉亀台夜光金真祖母慈后治世元君[19]、掌法聖后白玉亀台金母元君[20]、西霊金真祖母太妙元君[21]、西池金母宏慈太妙元君[22]、九光玄女紫微元霊金母尊神[23]、白玉亀台九霊太妙青金丹皇夫人金母尊神[24]、西元亀山九霊真仙母青金丹皇后[25]、九光青金西漢夫人太真金母元君[26]、無極瑶池大聖西王金母大天尊[27][28]、西元九霊上真仙母[29]、金母元君[30][31]、西霊王母や西華金母[32]、西瑶仙姥や西瑶聖母[10]、西老[33]などともいう。大抵は俗称の王母娘娘(拼音: ワンムーニャンニャン)と呼ばれる[32]。
概要
最初の形象
歴史家の陳夢家によれば、殷墟から発掘された甲骨文字の卜辞に「西母」という神が見られ、それが西王母の前身であるという[34](対となる「東母」もあり、方角神であったともいう[35])。ただし、これと西王母との継承関係は必ずしも明確でないとされる[35]。
東周時代に書かれたとされる『山海経』西山経によると、西王母は崑崙山の西にある「西王母の山」または「玉山」と呼ばれる山に住んでおり、西山経には
- 「人のすがたで豹の尾、虎の玉姿(下半身が虎体)、よく唸る。蓬髻長髪に玉勝(宝玉の髪飾り)を戴く。彼女は天の厲と五残(疫病と五種類の刑罰)を司る。」
という半人半神の姿で描写されている[36]。また、海内北経には
とあり、基本的には人間に近い存在として描写されている[34]。
また、三羽の鳥(三青鳥)が西王母のために食事を運んでくるともいい(『海内北経』)、これらの鳥の名は大鶩、小鶩、青鳥であるという(『大荒西経』)。この三羽の鳥は、後世の三本足の烏の原型である[38][39]。
なお、西王母の居所は海内北経で「崑崙墟の北」、大荒西経で「崑崙の丘」そのものとされる。大荒西経には
- 「西海の南、流沙の浜、赤水の後、黒水の前に大山あり、崑崙の丘と名づける。神あり、人面虎身、文と尾あり、すべて白く、ここに処る。その下に弱水の淵めぐり、その外に炎火の山あり、物を投ずれば即ち燃ゆ。人あり、勝(髪飾り)を戴き、虎の歯、豹の尾あり、穴に処り、名を西王母という。この山、万物ことごとく有り[40]」
人王への遷移
春秋時代に形成され、戦国時代に流布された『穆天子伝』によれば、周の穆王が西に巡符して「西王母の邦」で最高の礼を尽くして彼女に会い、3年間逗留して帰国したという。この物語での西王母は完全に人間の女王の姿で描かれている。なお、西王母の邦は洛陽から西に1000キロメートルの位置にあったという。西王母の住む山は、西方の最果ての日没の山・崦嵫(えんじ)とされる[41]。
穆王のほかにも、堯・后稷・禹は西王母の国へ赴き、知識を学び、あるいは賜福を求めたと伝えられる。また、別の体系の伝説では、西王母が舜ら中原の帝王に白琯(玉製の管楽器)などの貢物を献じたという。
漢代に入ると、外交家としての張騫が武帝の命により西域に赴き、その証言では、大月氏(クシャーナ朝)は大宛国の西にあり、安息国(パルティア)は大月氏の西にあり、条支国は安息国の西にあり、西王母の邦はさらに条支国の西にあるとされた。視野の拡大に伴い、極西の伝説の王国となった[42]。
神人への転変
戦国時代の『荘子』によれば、西王母を「始めも終わりも知らず」の得道の真人としている。漢代になると西王母は神仙思想と結びついて変容していった。両性具有から男性的な要素が対となる男神の東王父として分離し[34]、ともに不老不死の支配者という性格が与えられていった。『軒轅黄帝伝』では太隂の精、天帝の娘と見做される[43]。西王母は太陰の元気[44]を象徴するため、常に月と関連づけられており、三青鳥(三足烏)をはじめ、九尾狐、玉兎、蟾蜍(ヒキガエル)、羽人などとともに当時のレリーフ(画像石)に彫られている。
『淮南子』では、西王母が持つ不死の薬は羿に与えられたが、姮娥(恒娥)に盗まれて月へ逃れた。人間の非業の永生を司る女神であった西王母であったが、「死と生命を司る存在を崇め祭れば、非業の死を免れられる」という、恐れから発生する信仰によって、徐々に「不老不死の力を与える神女」というイメージに変化していった。
班固の『漢武内伝』によれば、前漢の武帝が長生を願っていた際、西王母は墉宮玉女たち(西王母の侍女)とともに天上から降り、三千年に一度咲くという仙桃七顆を与えたという[45]。『漢武内伝』に登場する西王母の侍女の名前は、王子登、董双成、石公子、許飛瓊、阮凌華、范成君、段安香、安法嬰、郭密香、田四飛、李慶孫、宋霊賓である[45]。漢末の建平4年(紀元前3年)、華北地方一帯に西王母のお告げを記したお札が拡散し、騒擾をもたらしたという記述が、『漢書』の「哀帝紀」や「五行志」に見える。
道教女仙への転変
晋代・葛洪の『元始上眞衆仙記・枕中書』によれば、西王母と東王父は、元始天王と太元玉女(太元聖母とも呼ばれている)との間に生まれた双生の神であり、陰の気と陽の気の神格化と考えられる[46]。西王母は、東王父の双子の妹で、西方を治めた。
陶弘景の『洞玄霊宝真霊位業図』では、元始天王は「西王母の師」と言及される[47]。道教の上清経派が西王母信仰を吸収し、元始天王の弟子に列している。
唐代・杜光庭の『墉城集仙録』によれば、西王母は西華の至妙の気によって化生し、神洲伊川に生まれ、生まれつき飛翔することができ、陰霊の気を主宰する[48]。更に天上天下、三界十方の女仙を支配する最高位の存在で、玄女及び女媧と同樣に英雄と王権の保護神として、「天命」の形象化であると言われる。梵気の祖としての西王母は創造神とみなし[49][50]、斗母元君や玉清神母元君らの道教女神と同一視する傾向がある。
道教の文献に記載された西王母の娘の名前は、四番目の娘・南極王夫人(林)[51]、十三番目の娘・右英王夫人(媚蘭)[51]、二十番目の娘・紫微王夫人(清娥)[51]、二十三番目の娘・雲華夫人(瑤姫)[52][53]、そして末娘の太真王夫人(婉羅[54]あるいは玉巵[55])である[51]。『東遊記』には華林、媚嫻、青娥、瑤姫、王扈という五人の名前が出ている[56]。
宋代・張君房の『雲笈七籤』によれば、西王母は配下である戦の女神・九天玄女を派遣し、黄帝が蚩尤に勝つための兵法と神符を授けたとされる[57]。
丹波康頼の『医心方』では、『玉房秘訣』によれば、西王母は陰を養って得道した者で、彼女には夫がなく、童男(男の子)と性交するのが好きだったが、西王母と関係を持った人間の男はすぐ病にかかったという[58]。
中国民間における天の女帝
西王母はかつての「人頭獣身の女神」から「天界の美しき最高仙女」へと完全に変化し、不老不死の仙桃(蟠桃)を管理する、艶やかにして麗しい天の女主人として、絶大な信仰を集めるにいたった。西王母へ生贄を運ぶ役目だった青鳥も、「西王母が宴を開くときに出す使い鳥」という役どころに姿を変え、やがては「青鳥」といえば「知らせ、手紙」という意味に用いられるほどになったのである。
中国の民俗宗教では、王母娘娘と呼ばれており、玉皇大帝の配偶神として傍らに座しているとされ、七人の娘(七仙女)がいるとされる。天界にある瑶池と不老不死を司る蟠桃園の女主人でもある。中国民間では旧暦三月三日の「桃の節句」が西王母の誕辰で、この日には神々が彼女の瑶池に集まって蟠桃会を行なうと伝えている[32][59][60][61]。また、西王母は民間伝説の「牛郎織女」や「董永と七仙女」にも登場する。民話では、西王母が髪飾りで宇宙をさっと裂き、その割け目が天の川となり、織姫と彦星を分けた。物語の終わりに、西王母は二人の真摯な恋心に感動し、七夕に年に一度会うことを許した。
明代の神怪小説『封神演義』では「瑶池金母」という名前で登場し、昊天上帝の妻であり、竜吉公主はその娘ということになっている。『西遊記』では無数の珍しい宝物を持つ天界一の貴婦人である。
無極聖母[62]や無極老母[63]という名前でも呼ばれ、明清期の無生老母と同一視される。
ギャラリー
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『仙仏奇踪』の西王母の挿絵(明代)
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虎もしくはライオンに乗った西王母の画像(明代)
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禹之鼎による西王母の画像(清代)
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円山応挙(仙嶺)筆『西王母図』(1765年頃)
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東王公と西王母を描いた神獣鏡(漢代、ストックホルム東洋博物館所蔵)
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龍虎座という座席に座っている西王母のレリーフ(東漢、四川博物院所蔵)
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龍虎座という座席に座っている西王母のレリーフ(東漢、四川博物院所蔵)
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ベトナムの西王母の画像(阮朝)
脚注
出典
- ^ “『酉陽雑俎』巻十四”. ウィキソース. 2021年8月20日閲覧。
- ^ “『有象列仙全伝』巻一”. 光明之門. 2021年8月18日閲覧。
- ^ 『墉城集仙録』卷一「金母元君者、九霊太妙亀山金母也。一号太霊九光亀台金母、一号日西王母、乃西華之至妙、洞陰之極尊。.....天上天下、三界十方、女子之登仙得道者、咸所隷焉。」
- ^ 『道法会元』巻二:「西霊金母梵炁祖母元君,陰炁自然之神,女仙之主,居西霊大華宮,西華太妙宮,青天西華宮易遷府。」
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- ^ 徐 1998, pp. 164–222.
- ^ 『孝経援神契』「或名仙人杖、或名西王母杖」
- ^ 『大人賦』「低回陰山翔以紆曲兮、吾乃今日睹西王母。皬然白首戴勝而穴處兮、亦幸有三足烏為之使」
- ^ 『史記正義』引『輿地図』「有三足神鳥為王母取食」
- ^ 『山海経』大荒西経「西海之南、流沙之濱,赤水之後、黑水之前、有大山、名曰崑崙之丘。有神、人面虎身、有文有尾、皆白、處之。其下有弱水之淵環之、其外有炎火之山、投物輒然。有人戴勝、虎齒、有豹尾、穴處、名曰西王母。此山萬物盡有」
- ^ 『穆天子伝』「天子遂駆升于弇山。弇山、弇兹山、日入所也。乃紀其跡于弇山之石而樹之槐。眉曰:西王母之山」
- ^ 『史記』大宛列伝「安息長老傳聞條枝有弱水、西王母、而未嘗見」
- ^ 『軒轅黄帝伝』:「神人西王母者,太隂之精,天帝之女也。」
- ^ 張君房『雲笈七籤』巻十八:「西王母者,太陰之元気也。姓自然,字君思。下治崑崙之山,金城九重,雲気五色,万丈之巓;上治北斗,華蓋紫房,北辰之下。」
- ^ a b “『漢武内伝』”. ウィキソース. 2021年8月20日閲覧。
- ^ 『元始上眞衆仙記・枕中書』:「元始君経一劫,乃一施太元母,生天皇十三頭,治三万六千歳,書為扶桑大帝東王公,号曰元陽父;又生九光玄女,号曰太真西王母,是西漢夫人。.....西漢九光夫人,始陰之気,治西方。故曰木公、金母,天地之尊神,元気錬精,生育万物,調和陰陽,光明日月,莫不由之。」。
- ^ “『洞玄霊宝真霊位業図』巻首第十一”. 知識図譜. 2023年9月22日閲覧。
- ^ 『墉城集仙録』巻一:「.....又以西華至妙之気,化而生金母焉,金母生於神洲伊川,厥姓緱氏,生而飛翔,以主陰霊之気,理於西方,亦号王母,皆挺質大無毓神玄奧於西方,渺莽之中,分大道醇精之気,結気成形,與東王木公共理二気,而養育天地,陶鈞万物矣。体柔順之本為極陰之元,位配西方,母養群品,天上天下三界十方女子之登仙得道者,咸所隶焉。」
- ^ 王契真『上清霊宝大法』巻四:「梵炁之祖者,王母也。西亀之山,一曰龍山,言木之道也。金母居之,言金之体也。乃九天之根本,人之九宮之根也。紐黄炁之淵府,乃梵炁之宮,土之正府也。在天西北亥子之地,嬰孩之生根也。」
- ^ 杜光庭『太上老君説常清静経杜光庭註』:「王母者,諸天神王帝主之母,居於崑崙。按《天地論》曰:王母居崑崙西側黄河出水之處。王母者,是天地之母。又云,天公、地母主統衆真,總摂三界,天上天下,是王母為至尊之母也。」
- ^ a b c d “『歴世真仙体道通鑑後集』巻三”. ウィキソース. 2021年8月20日閲覧。
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- ^ 『西王母と七夕伝承』p. 94.
- ^ 『燕京歳時記—北京年中行事記』p. 73.
- ^ 『アジア佛教史・中国編 Ⅲ 現代中国諸宗教—民衆宗教の系譜—』p. 28.
- ^ 『瑶池金母普度收円定恵解脱真経』:「天地開泰。無極聖母。龍華勝会宴瑶池。万霊統御伝教旨。諸仙献寿。列聖称觴。天威咫尺。功高徳重。代燮権衡。仙主道宗。三千侍女。奏笙簧之天楽。百歳蟠桃。開金碧之霊園。救衆生之苦難。灑甘露於塵寰。大悲大願。大聖大慈。無極瑶池大聖西王金母大天尊。」
- ^ 清代光緒十三年孟冬月重刊『玉露金盤』〈瑶池金母叙〉:「且言無極老母。即是金母娘娘。自混沌未分,乾坤未開之時。老母就是一霊真性。統含陰陽之炁。独守其中。及至天地分開。辨了上下。老母真性。結盤虚無。散則弥漫宇宙。巻則敛如黍珠。」
参考文献
- 徐朝龍『三星堆・中国古代文明の謎:史実としての『山海経』』大修館書店〈あじあブックス〉、1998年。ISBN 4-469-23143-6。
- 劉枝万『台湾の道教と民間信仰』風響社、1994年。 ISBN 4-938718-02-2。
- 小南一郎『西王母と七夕伝承』平凡社、1991年。 ISBN 4-582-44112-2。
- 敦崇 著、小野勝年 訳『燕京歳時記—北京年中行事記』平凡社、1967年。 ISBN 4-582-80083-1。
- 吉岡義豊『アジア佛教史・中国編 Ⅲ 現代中国諸宗教—民衆宗教の系譜—』佼成出版社、1974年。 ISBN 4-333-00181-1。
関連項目
西王母(せいおうぼ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/02 07:39 UTC 版)
「十二国記の登場人物」の記事における「西王母(せいおうぼ)」の解説
蓬山を含む五山の主で女神の長。かなり上位に位置する神の1人であり、滅多に人前に姿を現すことは無く、稀に玉葉の手に余る事態の場合に限り登場する。凡庸な容姿。十二国世界に戻ってきた泰麒の病を祓った。
※この「西王母(せいおうぼ)」の解説は、「十二国記の登場人物」の解説の一部です。
「西王母(せいおうぼ)」を含む「十二国記の登場人物」の記事については、「十二国記の登場人物」の概要を参照ください。
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