吉岡義豊とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 学問 > 世界宗教用語 > 吉岡義豊の意味・解説 

よしおかよしとよ 【吉岡義豊】


吉岡義豊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/10 18:31 UTC 版)

よしおか よしとよ

吉岡 義豊
生誕 (1916-06-12) 1916年6月12日(108歳)
高知県長岡郡
死没 (1979-06-19) 1979年6月19日(63歳没)
東京都豊島区上池袋
死因 脳内出血
住居 埼玉県さいたま市北区別所町98-6
国籍 日本
配偶者 吉岡貞典(長男)
テンプレートを表示

吉岡 義豊(よしおか よしとよ、1916年6月12日 - 1979年6月19日)は大正大学文学部教授、文学部長。専攻は東洋哲学高知県長岡郡出身。

経歴

1929年に生地の真言宗豊楽寺住職吉岡皎然の養子となり得度。1939年外務省より北京に留学、1940年には道教の本山・白雲観に入り、終戦まで道教を中心とした宗教遺跡調査・資料収集に務める。その後、智山専門学校を卒業し1947年大正大学に奉職、助教授を経て、1955年に教授に就任、また日本道教学会の設立・運営に尽力。この間、東北大学福井大学東京大学高野山大学北海道大学等で教え、初期の道教研究者の一人として活動した。1960年大正大学文学博士学位を執る。1975年大正大学文学部部長に就任。

1979年6月19日午前8時10分に脳内出血の為、豊島中央病院で死亡[1]

著書

  • 『道教経典史論』。 
  • 『道教の実態』。 
  • 『道教と仏教』。 
  • 『道教研究』。 

出典・参考文献

  • 『20世紀日本人名事典』日刊アソシエーツ、2004年7月。ISBN 9784816918537 

脚注

  1. ^ 読売新聞1979年6月19日夕刊11面より


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「吉岡義豊」の関連用語

吉岡義豊のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



吉岡義豊のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
中経出版中経出版
Copyright (C) 2025 Chukei Publishing Company. All Rights Reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの吉岡義豊 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS