八月十五夜
『うつほ物語』「楼の上」下 仲忠とその母・尚侍(=俊蔭女)は、京極邸の東の楼で、6歳のいぬ宮に1年間かけて秘琴を伝授する。8月15夜に嵯峨院と朱雀院を迎えて琴の披露が行なわれ、尚侍の演奏は様々な奇瑞を起こし、いぬ宮の演奏は人々に大きな感動を与える。
★2.八月十五夜の思い。
『源氏物語』「須磨」 都から退去し須磨に移り住んで数ヵ月後、光源氏は8月15夜の月を見て、入道の宮(藤壺)を思い、兄朱雀帝を思う。
『今昔物語集』巻24-23 逢坂の盲人蝉丸が弾く琵琶の秘曲を聞きたさに、源博雅が都から毎夜逢坂へ通い、ひそかに立ち聞きする。3年目の8月15夜、蝉丸が「今宵の哀れを語り合う人が欲しい」と独言するので、源博雅は名乗りを上げ、蝉丸から秘曲を伝授される。
『三井寺』(能) 駿河・清見が関の女が、行方知れずの息子・千満(せんみつ)を捜して上京する。女は清水観音に祈願し、「三井寺へ行け」との夢告を得る。8月15夜、女は狂乱の心で三井寺を訪れ、鐘をつこうとして僧たちに止められる。千満は人買いにさらわれ(あるいは人買いに身売りして)、今は三井寺に身を寄せていた。母と息子は再会を喜び、連れ立って故郷へ帰って行く。
★4.八月十五夜の契り。
『恨の介』(仮名草子) 恨の介は、清水寺で見そめた美女雪の前と8月15夜に契りを結ぶ。暁方に、恨の介が次の逢瀬を問うと、雪の前は「後生にて」という挨拶の言葉を述べて別れる。恨の介は文字通りにその言葉を受け取り、「2度と現世では逢えぬのか」と絶望して、病死する。それを知った雪の前も傷心して死ぬ。
★5.八月十五夜のおば捨て。
『今昔物語集』巻30-9 信濃国更級郡に住む男が、年老いた姨母(おば)を養うが、男の妻が姨母を嫌い「深い山に捨てよ」と責める。男は8月15夜に、「寺で尊い法会がある」と言ってだまし、姨母を背負って連れ出し、山奥に置き去りにする〔*『大和物語』第156段では「月のいと明かき夜」とするだけで、8月15夜とは記さない。*→〔親捨て〕1aの『姨捨』(能)では、中秋の名月を見ようと、8月15夜に姨捨山へ来た旅人が、昔捨てられた老女の霊と出会う〕。
『子不語』巻6-138 無錫に住む華生は妻帯者であるが、美男だった。彼の家の近くに石碑があり、その石碑を背負う石亀の精が女に化して、華生の愛人となる。道士が華生に「死期が迫っている」と教え、8月15夜に女と対決し、護符をつきつけて女を縛る。女が「これで永遠のお別れだわ」と泣くので、華生が縄を解いてやると、女は黒雲となって飛んで行った。道士も後を追って飛び去った。
★7.八月十五夜の怪異。
『伽婢子』巻3-1 8月15夜、都から周防山口に戻った浜田与兵衛は、家路をたどる途中、草叢に男女10人ほどが月見の酒宴をするのを見る。その中に浜田の妻もおり、やがて宴中に争いが起こって、人々の姿は消える。浜田が怪しみつつ帰宅すると、妻が、「夢で月見の宴に出、座中に騒ぎが起こって目が覚めた」と語る。浜田は「妻の夢の内のことを目撃したのだ」と悟る〔*類話に→〔夢〕5cの『三夢記』(白行簡)第1話〕。
『十訓抄』第10-64 8月15夜の真夜中に、道士が庭から桂の枝を投げ上げると、銀の階段が月までかかる。玄宗皇帝が階段を登って月世界に到り、多くの宮殿を見、12人の妓女の舞を見る。玄宗皇帝はその舞曲を心にとどめて帰り、霓裳羽衣の曲として地上に伝えた。
*八月十五夜に異郷へ行く→〔耳〕3の『玄怪録』2「耳の中の国」。
『竹取物語』 8月15日の深夜、子の時頃。あたりが昼間よりも明るく輝き、空から大勢の天人(=月世界の人)が雲に乗って降下し、かぐや姫を迎えに来る。かぐや姫は天の羽衣を着て車に乗り、百人ほどの天人たちにともなわれて、天へ昇って行く〔*『今昔物語集』巻31-33の類話では、空から人が迎えに来る日時も昼夜の別も記されない〕。
『融』(能) 秋の最中(もなか)である8月15日の夕刻。旅の僧が、左大臣源融の旧邸である六条河原院を訪れる。融の霊が汐汲み老人の姿でやって来て、「陸奥の塩竃の景を移したのが、この河原院だ」と教える。深夜。眠る僧の夢に、貴人の装いをした融の霊が現れ、月光の下で舞う。やがて明け方になり、融の霊は月の都へと去って行く。
★9.八月十五夜前後の死。
『源氏物語』「夕顔」 光源氏は五条の陋屋に見出した夕顔に心ひかれ、8月15夜に彼女の家で一夜を過ごした後、明け方に彼女を近くの廃院へ伴う。そこで源氏と夕顔は2人きりの一日を送るが、その夜、光源氏の枕上に美しい女が現れ、「私がお慕いしているにもかかわらず、このような女を寵愛なさるとは」と恨み言を述べる。女は夕顔をかき起こそうとし、夕顔はおびえて息絶える〔*廃院に棲む魔性の物のしわざとも、六条御息所の生霊のしわざとも、考えられる〕。
『源氏物語』「御法」 紫上は37歳で大病をして以来、病がちの日々を送っていたが、ついに数年後の8月14日に死去し、15日の暁に火葬された。
*八月十五日午の刻の死→〔同日・同月〕2aの『かるかや』(説経)。
『お月見』(小林秀雄) 若い会社員たちが集まって、京都の嵯峨で一杯やった。それが、たまたま15夜の夕べであった。山の端に月が上ると、一座は期せずしてお月見の気分に支配された。しばらくの間、誰の目も月に吸い寄せられ、皆、月のことしか言わない。この席に、スイスから来た客人が幾人かいて、彼らは、一変した座の雰囲気に驚いた。1人が怪訝(けげん)な顔で、「今夜の月には何か異変があるのか」と、隣りの日本人に質問した。
*雲見というものもある→〔雲〕10の『蛙のゴム靴』(宮沢賢治)。
*八月十五夜の夢に天人が降下する→〔天人降下〕3の『夜の寝覚』巻1
*八月十五夜の満月に願いをかける→〔無言〕1cの『橋づくし』(三島由紀夫)。
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