円環構造
★1a.最上のものを求め、巡り巡ってまたもとの出発点にもどる。
『大鏡』「藤氏物語」 河内国の某聖人は、ながらく庵から出ることがなかったが、法成寺金堂供養の折に上京し、関白頼通の有様を見て「これこそ一の人」と思う。ところが関白は入道道長を仰ぎ敬い、その2人はまた、行幸された帝の前でかしこまる。「帝こそ日本一」と思っていると、帝は阿弥陀仏を拝礼する。「やはり仏がもっとも尊いのだ」と聖人は悟る。
『漁夫とその妻の話』(グリム)KHM19 漁夫がカレイを釣るが、カレイが「私は魔法をかけられた王子だ」と言うので、海に放す。漁夫の妻が、小さな家をカレイに願うよう夫に命じ、叶えられる。次いで妻は大きな御殿を望み、王様になり、天使様になり、ローマ法王様になる。最後に妻が「神様になりたい」と望むと、夫婦はもとのあばら屋暮らしにもどる。
ギリシアの七賢人の伝説 網に黄金の鼎がかかり、「もっとも賢い人のもの」との神託がある。人々は鼎をミレトスのタレスに贈ったが、タレスは「自分は賢者ではない」と言って、これをプリエネのビアスに贈る。ビアスはまたそれを他の人に贈り、鼎は巡り巡って、ふたたびタレスの所へもどって来た。タレスは鼎をアポロンの神殿に納めた。鼎が巡った人々を「ギリシアの七賢人」という〔*異伝が多くある〕。
*猫に最も強い名前をつけようと、いろいろな案を出す→〔猫〕9の『浮世床』初編・巻之中。
★1b.理想の夫を遠くに求め、巡り巡ってもっとも身近な所から夫を選ぶ。
『カター・サリット・サーガラ』「愚者物語」第16話 賤民の娘が「世界で最も優れた男を夫にしたい」と望み、まず王の後を追う。王は聖仙の両足に礼拝し、聖仙はシヴァ神の像に礼拝する。そこへ犬が来て神像に小便をかけるので、「神より犬のほうが偉い」と娘は思うが、その犬は賤民の若者の足をなめる。娘は結局、賤民の若者と結婚する。
『パンチャタントラ』第4巻第8話 隠者が、自分の娘とした鼠の嫁ぎ先に、まず太陽神を選ぶ。次いで、太陽を隠す雲、雲を吹き飛ばす風、風をさえぎる山と、よりすぐれた婿を捜したあげく、「山に穴を開ける鼠こそ、もっともふさわしい」と言って、娘を鼠と結婚させる〔*『沙石集』古典文学大系本・拾遺69、ラ・フォンテーヌ『寓話』巻9-7「娘に変わったハツカネズミ」に類話〕。
★2.最強のものを求めて転々とするが、もとの出発点にはもどらない。
『きりしとほろ上人伝』(芥川龍之介) 山男「れぷろぼす」が天下無双の大将に奉公しようと、「あんちおきや」の帝のもとへ行って戦功をたてる。しかし帝が悪魔を恐れるのを知って、「れぷろぼす」は悪魔の手下となる。ところが悪魔は、隠者の十字架に打たれて逃げる。「れぷろぼす」はそれを見て、「えす・きりしと」に仕えることを望む。隠者の勧めで、「れぷろぼす」は「きりしとほろ」と改名し、流沙河の渡し守となる〔*原拠は『黄金伝説』95「聖クリストポルス」〕。
『猫が家の中に住むようになったわけ』(アフリカの昔話) 昔、猫は野生で、兎と仲良しだった。ところが兎はカモシカと喧嘩して殺されてしまった。猫はカモシカについて行くが、カモシカは豹に殺され、豹はライオンに殺され、ライオンは象に殺され、象は猟師の毒矢で殺された。猫が猟師の家へついて行くと、猟師は、大きなしゃもじを持った妻にぶたれた。「世の中で一番強いのは、人間の女だ」と知った猫は、家の中を取りしきる女たちと一緒に暮らすようになった(スワヒリの人びとの話)。
『輪舞』(シュニッツラー) 10名の人物が登場する。娼婦と兵隊の情事から始まり、次に兵隊と小間使いの情事、小間使いと若主人の情事、若主人と若奥様の情事、というようにしりとり式に男女の性的交情が描かれ、夫、可愛い少女、詩人、女優、伯爵を経て、伯爵と最初に出た娼婦との情事で物語が終わる。
『生きる』(黒澤明) 住民たちが市役所の市民課へ、下水溜まり埋め立ての陳情に来る。しかし彼らは、土木課・保健所・衛生課・環境衛生係・予防課・防疫係・虫疫係・下水課・道路課・都市計画部・区画整理課・消防署・教育課・市会議員・助役、と次々にたらい回しされる。最後に彼らは、ふたたび市民課へもどされる。
★5.夢から現実にまたがる円環構造。
『天狗裁き』(落語) 男がうたた寝をして悲鳴をあげる。女房が男を起こして「何をうなされてるの?どんな夢を見たの?」と聞く。男は「夢など見ない」と否定するが、女房は信用せず問い詰める。友人、家主、さらに奉行までが、夢を問う。ついには天狗が男をさらい、「夢を言わぬと八つ裂きじゃ」と脅すので、男は悲鳴をあげる。女房が男を起こして「何をうなされてるの?どんな夢を見たの?」と聞く。
★6a.過去の世界へ送り込んだ自分自身と、年月を経てふたたび対面する男。
『ネオ・ファウスト』(手塚治虫) 昭和45年(1970)。70歳の一ノ関教授は助手坂根第一とともに、悪魔を呼び出す実験をする。女悪魔・牝フィストフェレスが出現し、彼女の力で、一ノ関教授は12年前、昭和33年(1958)の世界に送り込まれ20歳の青年に若返るが、同時に一切の記憶を失う。彼は坂根第一という名前を得て、10年ほどの間に巨額の財を成した後、昭和45年には一ノ関教授の助手となり、悪魔を呼び出す実験をする。このまま放置すると、一ノ関教授は何度も坂根第一になり、坂根は教授に無限に会い続ける事になるので、牝フィストフェレスは一ノ関教授をこの世から消す。
★6b.三十年後の自分自身を殺し、それから三十年を経て、かつての自分自身に殺される女。
『火の鳥』(手塚治虫)「異形編」 戦国時代。男装の女侍左近介は、琵琶湖北岸の蓬莱寺の主・八百比丘尼を殺す。そこは閉ざされた空間で、左近介は寺から離れることができず、やがて彼女自身剃髪して八百比丘尼の姿となり、寺を訪れる人間や妖怪の病気怪我の治療をするようになる。火の鳥が八百比丘尼の夢に現れ、「30年間隔で時間が円環し、あなたは過去の自分である左近介に、繰り返し殺される」と教える。八百比丘尼が無限の生類を救い続け、過去の罪を許されれば、円環から脱することができるのである。
『長い部屋』(小松左京) 天才的物理学者宮原博士が、空間を曲げることに成功した。細長い実験室内の空間が円環状に曲げられて、一方の入口が、他方の入口につながった。宮原博士は殺され、「おれ(大杉探偵)」は実験室へ飛び込んで、怪しい男の後ろ姿に向けて拳銃を発射する。その瞬間、「おれ」は何者かに背後から銃撃されて倒れる。「おれ」が見たのは「おれ」自身の後ろ姿で、「おれ」は「おれ」に向けて拳銃を発射したのだった。
*時空間を廻り、戻ってくるゴミ→〔穴〕4の『おーい でてこーい』(星新一)。
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