冥界の川
*関連項目→〔川〕
『狩人グラフス』(カフカ) 狩人グラフスは、ドイツの深い森でカモシカを追ううちに、岩からころげ落ちて死んだ。彼は三途の川の舟に乗せられたが、渡し守が舵を取り間違えた。グラフスの国の美しい景色に、渡し守が見とれていたせいかもしれない。渡し守が方向を間違えたばかりに、舟はあの世へ行き着くことができず、グラフスを乗せたまま、今でもこの世の国々の水辺をさまよっている。
*冥府の河に自分の姿を映す→〔水鏡〕1bの『変身物語』(オヴィディウス)巻3。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第3歌 「私(ダンテ)」は生きた人間の身体のまま、詩人ヴェルギリウスの霊に導かれて、死者の国へ降りて行く。白髪の老人カロンが舟を漕ぎ、大勢の裸体の死者たちを乗せてアケロンの川を渡り、地獄へ運ぶ。カロンは「私」を見て、「汝は生者ゆえ通さぬ」と怒るが、ヴェルギリウスが「これは神の意志だ」とカロンに命ずる。「私」は恐ろしさに昏倒する〔*「私」は意識をなくした状態で運ばれる〕。
★2b.渡し守が眠っている間に、生きた人間が舟に乗って冥府の川を渡る。
『オルフェオ』(モンテヴェルディ) オルフェオが、死んだ妻エウリディーチェを追って冥府へ降りようとする。三途の川まで来ると、渡し守カロンテが、「生きた人間を舟に乗せることはできない」と拒む。オルフェオは妻への想いを歌い上げ、それを聞いてカロンテは眠ってしまう。その隙にオルフェオは舟に乗って、冥府にいたる〔*『変身物語』(オヴィディウス)巻10は、妻の連れ戻しに失敗したオルフェウスがもう一度冥府の川を渡ろうとして、カロン(=カロンテ)にとどめられた、と記す〕。
『黄金(きん)の毛が三本はえてる鬼』(グリム)KHM29 地獄の入口の手前に大きな川があり、舟をこぐ渡し守が「長い年月、渡し守をしているが、いつまでたっても替り番が来ない」と嘆く。地獄の鬼の黄金の毛を取って帰って来た少年が、「次に舟に乗った客に、棹を渡してしまえばいい」と教える。慾ばりの王様が舟に乗ったので、渡し守は棹を渡し、仕事から解放される。王様はそれ以来ずっと渡し守をしている。
*縊死した人の霊は、次に縊死する人が来なければ、いつまでもその場を離れられない→〔首くくり〕2の『閲微草堂筆記』「ラン陽消夏録」47「身代わりを待つ幽霊」。
『日本霊異記』上-30 冥府の使い2人が、膳臣(かしはでのおみ)広国を冥府へ連行し、長い道のりを歩いて行く。大河(おほかは)にかかる金(こがね)で塗り飾った椅(はし)を渡ると、そこは度南(となん)の国であった。広国は、亡妻や亡父が苦を受けるありさまを見てから(*→〔釘〕5)、現世へ帰った。
*深い河にかかった椅を渡る→〔坂〕3aの『日本霊異記』下-22。
『日本霊異記』下-9 冥官3人が、藤原広足を冥府へ連行する。前方に深い河があり、黒い水が、流れることなく静かに淀んでいた。橋代わりに若木を河に浮かべたが、両端とも岸に届かない。先導する冥官が、「汝、この河に入り、私の後をついて来い」と命じ、広足は冥官の足跡を踏むようにして、河を渡った。
『国家』(プラトン)第10巻 死者の魂たちは、それぞれが次の生涯でどのような運命を選ぶか決めた後、忘却の野まで行き、放念の河の水を飲む。飲んだとたん、彼らは一切のことを忘れてしまう。
『神曲』(ダンテ)「煉獄篇」第28~33歌 ヴェルギリウスに導かれ、「私(ダンテ)」は煉獄を経て地上の楽園に到る。泉から、悪を忘却させるレテ川と善を想起させるエウノエ川が流れ出ており、マテルダ夫人が「私」の身体を両方の川に浸し、水を飲ませて、「私」を新生させる。
『私は霊界を見て来た』(スウェーデンボルグ)第1章の7 「私(スウェーデンボルグ)」が精霊界で、眼前に広がる野原をながめていると、精霊界の周囲の山脈が「私」の方へ迫って来た。山の向こうへ抜ける口が開き、そこを通って、「私」は大きな河の上空を飛んで行った。河幅は、東洋のガンジス河や揚子江よりはるかに広く、水はゆったり流れていた。河を越え、やがて眼下に海が見えて、前方の小さな星が、巨大な光のかたまりになった。「私」は気を失い、眼を開けると、赤茶けた色の広漠たる世界に来ていた。ここが霊界なのだ。
『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第1章の2 ある男が落馬して死んだが、1日ほどして生き返り、語った。「流れの速い大河の向こうに、近年亡くなった知り合いたちが並んで、手招きする。その中に叔父がいて、「お前の来る所でないぞ」と叫び、こわい顔でにらむ。迷っていると、後ろから呼び声がするので、振り返ったとたん息を吹き返した。あの大河こそ、三途の川であったろう」。男はその後20年も長生きし、明治の中頃に没した(山形県)。
*川の向こうに死者が見える→〔川〕8の『ムーンライト・シャドウ』(吉本ばなな)。
*三途の川沿いに、山を登って行く→〔山〕7dの『現代民話考』(松谷みよ子)7「学校ほか」第1章「怪談」の17。
*死者が三途の川へ落ちるとどうなるか→〔逆さまの世界〕8の『地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)』(落語)。
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