シルマリルの奪還
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/18 14:22 UTC 版)
バラヒア一党は滅ぼされたが、ベレンのみは命を拾うことが出来た。ベレンは父の亡骸を埋葬すると父の仇を追った。そして真夜中にオークの野営地を見出し、そこでオークの隊長がフィンロドの指輪が嵌ったバラヒアの手を見せびらかしていた。森の生活に馴染んでいたベレンは、敵に気取られることなく近づき、突然隊長に斬りつけバラヒアの手を取り返し、一目散に逃げ出した。オーク達は急なことに慌てふためき、統率が取れていなかったため、ベレンは上手く逃げおおせた。 その後4年ほどベレンは孤独な放浪者としてドルソニオンにいたが、彼一人でもモルゴスに対して抵抗活動を続けた。彼の勲はベレリアンドに広く知られるようになり、ついにモルゴスは彼の首級にフィンゴンにも劣らぬ賞金をかけた。が、オーク達は彼を積極的に探さず、むしろ恐れて逃げまわる始末であった。そのためサウロンが指揮を執る羽目になり、巨狼や悪霊たちの軍勢を伴ってやって来た。さしものベレンもこれには及ばず、ついに父の眠る地を見捨てて脱出することとなった。彼はエレド・ゴルゴロス(恐怖の山脈)を登り、そこから南下してドリアスに行こうと決心した。この旅は凄絶なものであり、エレド・ゴルゴロスの断崖とその麓に横たわる太古の暗闇、その先にはサウロンの呪術とメリアンの魔力が渦巻くナン・ドゥンゴルセブの荒野、そしてそこに生息するウンゴリアントの子孫たち―これらを突破したことはベレンの勲の中でも特筆すべきものであったが、彼はこの事を語ることはなかった。その時の恐怖が余りにも凄まじかったからである。その旅の苦しみによろめくようにドリアスに入ってきたベレンは、そこでシンゴルとメリアンの娘ルーシエン・ティヌーヴィエルと運命の出会いを果たす。 ルーシエンとベレンは互いに深い恋に落ち、度々二人でネルドレスの森を逍遥した。しかし定命の存在であるベレンと、不死のエルフであるルーシエンの間には大きな隔たりがあり、これは彼女にとって大きな苦悩となった。そんなある日二人が逢瀬を楽しんでいるところを、彼女に横恋慕していたエルフがそれを見かけ、シンゴル王に密告した。王は激怒した。どんなに立派なエルフの公子でも、娘とは釣り合わないと考えるほどに娘を溺愛していたからである。ましてや相手は死すべき定めの人の子である。王はベレンを捕らえて玉座の前に引っ立てようとしたが、ルーシエンが自ら彼の手を取って賓客のように連れてきた。王は蔑みを込めてベレンを詰問したが、メリアンは無言であった。そこでベレンは平たく言えばルーシエンを嫁に貰い受けたいと堂々と言ってのけたのである。シンゴルは怒髪天を衝く思いであったが、ルーシエンにベレンを虜囚にしたり死罪にしたりしないと事前に誓っていたため、彼を殺すことは出来なかった。シンゴルに出来たのは、ベレンに対して実の所お前はモルゴスの間者ではないのかと、当て擦りを言うだけであった。それに対しベレンはフィンロドの指輪を高々と掲げて見せ、自分は間者などではないと、シンゴルの侮蔑を否定してみせた。そこでメリアンがシンゴルに彼は運命によって魔法帯を通り抜けここに来たのであって、彼の運命はシンゴルの運命とも深く関わっていると忠言する。やがてシンゴルは怒りを抑え、ルーシエンが欲しいならその代わりにモルゴスからシルマリルを奪ってこいという、究極とも言える無理難題をベレンに申し渡した。要はお前はとっとと死ねと言っているようなものである。しかしベレンは余裕綽々で笑いながらそれを承諾すると、メネグロスを去った。 ベレンはシンゴルの前で大見得を切ったものの、全く良い知恵は浮かばず、どうすればよいのか途方に暮れながら、自然と南方へ向かっていた。彼はそこでナルゴスロンドのエルフの衛士達に発見され、指輪を見せることでフィンロド王のもとに連れて行ってもらった。そしてベレンの話と彼が苦境に陥っていることを聞くと、かつて彼が立てた誓言ゆえにベレンを助けねばならないと考えた。しかしナルゴスロンドにはケレゴルムとクルフィンがおり彼らもシルマリルの所有権を主張した。その上でフェアノールの誓言とその恐ろしさを雄弁に語り、ナルゴスロンドの民を恐れさせた。そして彼らは出来うるならフィンロド一人を送り出し、ナルゴスロンドの王位を簒奪しようという腹黒い企みを持ったのである。フィンロドは自分と共についてくる者を募ったが、僅か10人だけであった。そしてフィンロドは弟のオロドレスに王位を譲ると、ベレンと10人の忠実な配下とともに出立した。この先の彼ら一行の運命はサウロンの第一紀での活動にある通りである。 ベレンが投獄された頃、ルーシエンは激しい胸騒ぎを覚え母であるメリアンに相談に行った。メリアンはマイアとしての力でベレンがトル=イン=ガウアホスの地下牢におり、助かる望みはないことを知った。ルーシエンはこうなったら自らベレンを助けに行こうと決心した。しかし助力を求めたエルフが王に密告したため、ブナの大樹の遥か上方に木の家が造られ、彼女はそこに押し込められた。しかしルーシエンは持てる魔法の力を使って、髪の毛を非常に長く伸ばし、その髪の毛で魔法の外套を織った。この影のような外套は身を包むと身隠しの効果があり、また相手に被せれば眠らせる魔力を秘めていた。そして残った髪房でロープを拵えるとそれを伝って降り、樹下にいた番人たちは眠りの魔法で無力化させ、ドリアス脱走に成功した。しかしドリアスの森の西の外れでケレゴルムとクルフィンの兄弟と、彼らが連れていたヴァリノールの猟犬フアンに発見されてしまう。ルーシエンは彼らがノルドールの公子であったため、自分の身分を正直に明かしてしまう。陽光の下での彼女の美しさが余りにも際立っていたため、ケレゴルムは彼女に恋慕の情を覚え、ベレン一行のことを既に知ってるのはおくびにも出さず、彼女をナルゴスロンドへと誘った。そこで彼女は謀られたことを知った。兄弟は彼女の身の自由を奪い、外套を取り上げ、誰とも口を利かせないようにしたのである。この兄弟は、ベレンとフィンロドをこのまま死なせ、ルーシエンとケレゴルムを無理矢理婚約させることで、ナルゴスロンドとドリアスの両王国を勢力下に置き、ノルドールの諸侯の中でも最も力ある者になろうと考えたのである。この二人に王位を継いだオロドレスは抵抗できなかった。民心は兄弟に支配されていたからである。しかし猟犬フアンは誠実であったため彼女に好意を寄せ、彼女の話を聞くうちに同情し、主人たちの腹黒い考えに反抗することにした。そして彼女の外套を咥えてくると彼女を背に乗せナルゴスロンドを脱走した。この先の彼女とフアンの顛末はサウロンの第一紀での活動にある通りである。 二人はフィンロドの亡骸を埋葬すると、再び自由の身となってしばしの間二人きりの時間を過ごした。フアンはケレゴルムの許へ戻ったが、主従関係は破綻してしまった。ナルゴスロンドはサウロンの捕虜となっていた多くのエルフ達が戻ってきたことにより状況が変わり、その顛末を聞かされたことで彼らの王であったフィンロドの死を嘆き、民心は再びフィナルフィン王家に向かいオロドレスに従った。そして腹に一物持っていたケレゴルム兄弟を殺害しようとする者もいたが、これはオロドレスが許さなかった。その代わりに二人はナルゴスロンドから追放された。この時クルフィンの息子ケレブリンボールは父親と袂を分かった。追放された兄弟が北へ馬を進めていた所、折り悪くベレンとルーシエンと行き会った。ケレゴルムは馬に鞭を入れ全速でベレンを轢こうとし、一方クルフィンはルーシエンを抱え上げ自分の鞍に乗せた。しかしベレンは轢かれる寸前に跳躍し、傍を掠めて去ったクルフィンの馬に飛び乗った。そして背後からクルフィンの首を掴んで強く引いた。二人は落馬し、ルーシエンは投げ出され草の上に横たわった。ベレンはクルフィンを絞め落とそうとしたが、そこへケレゴルムが槍を構えて突進してきた。この時フアンはケレゴルムと絶縁し、彼に跳びかかり遁走させた。ベレンはクルフィンからアングリストと言う短剣を奪うとクルフィンを投げ飛ばした。クルフィンはベレンを罵りながらケレゴルムの馬に乗り、去ってゆこうとした。しかし隙を見て、クルフィンは弓矢をルーシエンに向けて射た。1本目はフアンが空中で咥えて防いだが、2本目はベレンがルーシエンの前に盾となり彼の胸に刺さった。怒ったフアンが兄弟を追いかけたため彼らは恐れて逃げた。そしてフアンは薬草を咥えて戻ってきた。この薬草とルーシエンの癒やしの術、それと彼女の愛のおかげでベレンは全快した。そしてドリアスに戻ってきた後、日も出てない早朝にベレンはルーシエンをフアンに託すと、馬を駆ってアンファウグリスにまでやって来た。彼は一人でアングバンドに向かうつもりだったのである。しかしルーシエンがフアンの背に乗ってベレンの後を追いかけてきていた。彼らはその道中、サウロンの島でドラウグルインの皮衣とスリングウェシルという女吸血蝙蝠の外被を取ってきた。そこでフアンの助言で、ベレンはドラウグルインの皮衣に身を包みルーシエンはスリングウェシルの皮翼を身に纏った。そしてルーシエンの魔術によって彼らは巨狼と吸血蝙蝠に変身したのである。 二人はアンファウグリスを抜け、アングバンドの大門の前まで来た。だが、そこには恐ろしい門番カルハロスがいた。しかし母方のマイアの力が突然ルーシエンから発揮され、カルハロスは眠りに落ちた。そしてベレンとルーシエンは城門をくぐり抜け、迷路のように入り組んだアングバンドの中を駆け抜け、ついにモルゴスの玉座の前に到着した。ベレンは狼に偽装したままモルゴスの玉座の下に逃げこむように入った。しかしルーシエンは、モルゴスの視線により偽装を解かれ、彼の凝視を受けることとなった。彼女は暗黒の王の視線にも怯まず自分の名を名乗り、吟遊詩人のように御前で歌を歌いましょうと申し出て、歌い出した。そんな彼女の美しさをとくと目の当たりにしたモルゴスは、アマンから逃亡して以来、彼が考えたどんな企みよりも腹黒い下心を懐いた。彼はその下心故にヘマをやらかす。というのも彼女をしばらく自由に歌わせたまま、その美しさを眺めながら、自分の邪な思いに密かな喜びを覚えていたためである。その時彼女は暗がりに身を移しそこから歌を歌った。ルーシエンの歌は限りなく美しく、分別を失わせる力があったため、モルゴスは彼女の姿を求めて視線を彷徨わせているうち、判断力が鈍ってきた。モルゴス麾下の将たちも微睡み始め、モルゴスも眠気に襲われ頭を垂れた。そこへルーシエンが眠りの外套を投げかけ夢を注いだ。ついにモルゴスは完全に眠りに落ち、玉座から転げ落ちそのまま床に突っ伏した。モルゴスの鉄の王冠は転げて、彼の頭から外れた。ベレンは狼の外衣を脱ぎ捨てるとアングリストを用いてシルマリルを一つ切り取った。そのときベレンの心に欲が出て、誓言以上のことを、即ちシルマリルを3つとも切り取ってやろうという考えが頭をもたげた。しかし、これは残りのシルマリルの運命ではなく、アングリストの刃は折れ、その破片は眠りこけているモルゴスの頬に突き刺さった。彼は呻き声を発し身じろぎした。その途端ベレンとルーシエンは恐怖に襲われ、城門まで一目散に逃げ出した。しかし城門では既にカルハロスが眠りより目覚め、憤怒の形相で待ち構えていた。ルーシエンは疲れきって最早この巨狼を鎮める力は残っていなかったため、ベレンが彼女の前に進み出てシルマリルを突きつけた。シルマリルの光は不浄を許さぬ聖なる光だからである。しかし意外なことに、カルハロスは突き出された聖なる宝玉をしげしげと眺めると、ベレンの右手ごとシルマリルを食ってしまった。シルマリルに内側から焼かれたカルハロスは苦痛の余り二人の前から逃げ出した。そしてカルハロスの猛毒がその身に入ったベレンは死にかけていた。ルーシエンは毒を吸い出し手当をしたが、背後ではモルゴスの軍勢のざわめきが聞こえてきていた。そんな時にソロンドールとその配下がやって来て二人を空へと運んでいった。大鷲たちは二人をドリアスの国境まで運ぶとそこで下ろした。フアンもそこへ来た。長い間ベレンは生死の狭間を彷徨っていたが、ルーシエンの愛により奇跡的に一命を取り留めた。二人は再び森の中を逍遥した。ルーシエンはこのまま二人でずっと凄すのもいいと思っていたが、ベレンは誓言のこともありそうはいかなかった。そのため二人はドリアスのメネグロスに戻った。そしてシンゴルの玉座の前でベレンはもう今はない右手を見せ、シルマリルを手に入れたことを告げた。そして二人の探索の話を残らず聞かされたシンゴルは驚嘆し、二人の愛と結びつきは運命であると認めざるを得ず、ついに二人の婚約を認めた。しかしシルマリルの力が加わったカルハロスが、魔法帯を突破し、メネグロスに近づいていることを知らされたベレンは、まだ探索は終わってないと、狼狩りに参加することにした。この狼狩りでカルハロスは不意打ちをしシンゴル王に襲いかかった。その時ベレンが槍を構えて王の盾となったが、カルハロスは槍を押しのけベレンに喰らいついた。その時フアンがカルハロスに跳びかかり、両者は激しい戦いの後、相討ちとなった。マブルングが狼の腹から宝玉を取り出すとベレンの左手にそれを握らせた。そしてベレンはそれをシンゴル王に渡し、探索が成就したことを告げると、ついに黙して語らなかった。狼狩りの一行を迎えたルーシエンは、命の灯がまさに消えようとしているベレンを両の腕で抱くと口付けし、西方の彼方で待つように告げた。それを聞いてベレンは逝った。しかし「レイシアンの謡」はここでは終わっていない。 死せる人間の魂はこの世界を離れ、イルーヴァタールのみ知る所へと去ってゆく運命であったが、ベレンの魂魄はマンドスの館に留まり、この世を去りかねていた。ルーシエンへの愛ゆえである。そしてルーシエンも愛する人を失った悲嘆の余り、彼女の魂はついに肉体から抜け出てマンドスの館へとやって来た。彼女はマンドスの前に跪いて歌を歌った。マンドスの前で歌われた彼女の歌は、この世の言葉では例えようもない美しい歌であると同時に、他の死せる者の悲しみにもいや増すほどに、この上なく深く悲しい歌でもあった。ルーシエンが歌ったこの歌は、アルダに住む人間とエルフのことを歌ったもので、彼女の目からは涙が零れ落ちた。マンドスはそれを憐れに思い(彼がこうも心を動かされたことは後にも先にもないという)ベレンを連れて来て、ルーシエンがベレンの今際の時に告げたよう、二人をまさに西方の彼方にあるこの館で引き合わせたのであった。しかし困ったことに、マンドスには死んだ人間の魂を永遠にこの館に置いておくことは出来ず、さりとて人間の運命を変える権限は彼にはなかった。そこで彼はイルーヴァタールと唯一話のできるマンウェの御許に赴くと、彼に相談した。マンウェはイルーヴァタールの啓示を仰ぎ、二つの選択肢をルーシエンに提示した。一つ目は、マンドスの館からルーシエンのみ復活し、ヴァリマールに赴いてこの世の終わりまでヴァラールとともに住むことで、彼女の味わった艱難辛苦の全てを忘れ去ることが出来るというものであった。ただしベレンはそのままこの世を永遠に去ることとなる。二つ目は、ルーシエンもベレンも復活できるという異例のものであった。ただしルーシエンは最早不死のエルフではなく定命の存在となり、中つ国に戻りそこで暮らすこととなるが、いずれ再び死ぬこととなり、彼女もまた人間の運命と同じく、この世を永遠に去ることになるというものだった。 彼女は二つ目の選択肢を選んだ。エルダールとしての全ての権利を放棄して、どんなことがあろうともベレンと二人でともに生きてゆこうと決心したのである。この結果、全エルフの中で彼女のみが真の死を経ることになったのであった。しかし彼女の選択によって二つの種族は結ばれることとなるのである。 ベレンとルーシエンはこの後中つ国に戻り、ドリアスに赴き1度だけシンゴル夫妻と対面した。それから二人はドリアスを立ち去り、オッシリアンドに入り、やがて緑の島<トル=ガレン>に住んだ。そしてディオル・アラネルという名の子を儲けた。
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