各種改造
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1970年8月23日に大津線に所属する全車両は集電装置のパンタグラフへの一斉変更が実施されたが、この際本形式は車体高が低いため車体側パンタグラフ台座に太い円柱状のパイプを装着して嵩上げし、パンタグラフはその上に搭載された。また、前面窓下のレトリーバーは台座を残して本体のみ撤去された。 同年7月から1972年(昭和47年)1月にかけて、両運転台車である81 - 93に対して奇数車の三条側運転台ならびに偶数車の浜大津側運転台をそれぞれ撤去し、貫通路を新設して2両固定編成とする改造が実施された。2両編成化に際しては81=82・83=84といった具合に車両番号(車番)が続番となるよう順番に固定編成化され、半端となる93は当初より片運転台仕様で落成した94 - 96のうち94と編成された。片運転台化改造車と新製片運転台車を比較すると、前者は連結面側妻面形状が丸妻のままであり、前照灯取り付け座もそのまま残されたことから両者は容易に判別が可能であった。 片運転台化後間もなく、開閉可能構造であった前面中央窓がHゴム固定支持に改造された。固定窓化に際してはワイパーが窓下に移設され、また通風口が窓下に新設されたことから窓の下辺が左右の窓より高くなったこともあり、これらの改造によって竣功当初の軽快な印象が損なわれたとも評される。また、前面窓改造と前後して、本来81 - 93は全車浜大津側にパンタグラフを搭載していたものを、偶数車のパンタグラフが三条側に移設され、片運転台化後基準における各車運転台寄りにパンタグラフを搭載するよう改められた。 1981年(昭和56年)4月に実施された京津線・石山坂本線両路線の浜大津駅統合に伴って同駅付近のルートが変更となったことにより、京津線所属車両と石山坂本線所属車両で車両の向きが逆となる事態が生じた。この状態では検修等において不都合を来たすため、京津線に所属する全車両に対して錦織車庫に仮設された転車台を使用して方向転換が実施された。本形式は同年5月28日から6月8日にかけて順次実施されたが、この結果従来浜大津向きであった奇数車が三条向きに、従来三条向きであった偶数車が浜大津向きに、それぞれ向きが入れ替わった。 その後標識灯部分の小改造・客用扉の交換・ワイパーの電動化を経て、1989年(平成元年)より冷房化改造工事が開始された。当時は既に京都市営地下鉄東西線建設に関連して、京津線併用軌道区間廃止とそれに伴う本形式の廃車が決まっていたものの、東西線開業が予定より遅れたことや夏季における旅客サービスの観点から冷房化改造が施工されることになった。 冷房装置搭載に際しては、本形式は車内天井高が2,200mmと低く、そのままでは冷風ダクトならびに補助送風機を設置することが不可能であったことから、先頭部を除いた屋根部を全体的に嵩上げし、冷風ダクト等を設置した。そのため外観の印象は一変し、屋根部に搭載された冷房装置や冷房電源用静止型インバータ(SIV)の存在も相まって重量感のあるものに変化した。冷房装置は600形において採用実績を有する東芝製RPU-3402集約分散型冷房機(能力11,500kcal/h)で、600形と同じく1両当たり2基搭載するが、本形式においては2基の冷房装置を一体型ケースで覆った意匠となった点が異なる。 なお屋根部嵩上げに伴って、パンタグラフは屋根上に設置された台座へ直接搭載するように改められた。また、前面右側窓上に6000系以降採用された京阪の頭文字「K」を象ったエンブレムを取り付け、アクセントとしている。
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各種改造
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1960年代半ば頃より、車体塗装のディープラズベリーとトニーベージュの二色塗りのいわゆる「赤電」塗装化・ATSの整備および列車無線の搭載・連結器部分への電気連結器の新設・パンタグラフの工進精工所製KP-62系への換装・車内送風機の扇風機化などが全車を対象に順次施工されている。また、前面運転台窓ワイパーの自動化(空気圧動作化)も施工され、施工された車両は前面窓下ワイパー取り付け部分がガラス側へ凸形に出っ張っていることが本系列特有の形態であった。 その他、MG換装による低圧電源の交流化も施工された。これは101系ならびに701系・801系の冷房改造によって発生した低出力MG(日立製作所製HG-534-Mrb、出力12kVA)ならびに天井板・交流蛍光灯・扇風機を転用して1973年(昭和48年)より実施されたものであったが、施工対象は本系列のみで編成された車両ならびに後述クハ1651形と編成された車両に限定され、クハ1411形と編成されていた車両については対象外となった。また、流用したHG-534-Mrbは4両分の給電能力を有していたことから、6両編成ではサハ1471形偶数車とサハ1491形にのみMGを搭載し、サハ1471形奇数車はMGを撤去した。また、低圧電源の交流化と並行して先頭車前面窓内側に行先表示幕を新設する工事がこちらは全車を対象に実施された なお、晩年には前照灯のシールドビーム2灯化も施工されているが、同工事は本系列の淘汰時期と重なっていたことから、原形の白熱灯1灯仕様のまま廃車となった車両も多く存在する。
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各種改造
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「総武鉄道モハ1000形電車」の記事における「各種改造」の解説
本系列の主要機器は前述のように東武形車両とは仕様が異なっていたため、主に保守上の都合から翌1952年(昭和27年)には電動車となっていた車両も全車電装解除された。モハ1200形はクハ220形225・226、モハニ1270形はクハニ470形471 - 473とそれぞれ改番され、「32系」と呼ばれていたグループに編入される形となった。なお、電装解除に際して全車片運転台化が施工されている。 本系列は東武形車両と比較して運転台の前後寸法が狭く、乗務員からの苦情が多く寄せられたことから、クハ225・226の2両について運転室の拡大が施工された。内容は台枠を運転台寄り端部側に200mm延長し、全室運転台化した上で運転台左右両側に乗務員扉を新設するもので、1963年(昭和38年)1月にクハ226が、同年4月にクハ225がそれぞれ竣工している。なお、後述更新時期の関係でクハニ470形については同工事は施工されなかった。
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各種改造
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1960年代半ばごろからディープラズベリーとサンドベージュの二色塗りが標準塗装とされたことから、本系列も順次塗装変更が行われた。また、クモハ357 - 360の4両は1964年に主電動機を三菱電機MB-146Cに換装され、歯車比も2.32 (=58:25) に変更された。なお、同主電動機は故障が少なかったことから、後年クモハ353 - 356に搭載されたほか、同一機種がE31形電気機関車の新製に際して絶縁強化・コイル巻き直しといった出力強化改造を施した上で流用されている。 その後、落成後15年前後を経過したころから木部を中心に痛みが見られたことから、1968年(昭和43年)からクハ(サハ)1411形ともども修繕工事が順次施工された。改造内容は以下のとおりである。 屋根板の修繕・表面仕上げをキャンバス張りからビニール張りに変更 ベンチレーターをガーランド形からグローブ形に交換 木製雨樋の金属化 乗務員扉の鋼製化 側窓枠のアルミサッシ化 重量均等化のため、CPおよびMGをクハ(サハ)へ移設 その他、車内送風機の扇風機化、先頭車前面窓内側に行先表示幕の新設、ATSの整備および列車無線の搭載等が実施された。
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各種改造
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「西武クハ1411形電車」の記事における「各種改造」の解説
351系クモハ351形(2代・前述モハ411形を改称・改番)と編成されたクハ(サハ)1411 - 1430について、1969年(昭和44年)以降に施工されたクモハ351形の更新修繕に合わせて同様の工事が施工された。施工内容は以下の通り。 屋根部を中心に木部の修繕、ならびに屋根部の仕上げをビニール張りに変更 ベンチレーターをグローブ型に交換 雨樋の鋼製化 側窓のアルミサッシ化 前面窓下部に鋼板を溶接し運転台部分強化 乗務員扉の鋼製化 車内送風機の扇風機化 クモハ351形より移設されたCPおよびMGを搭載 その他、運転台機器の換装整備が実施され、クハ(サハ)1411 - 1430は本形式中最も近代化された仕様を有することとなった。また、運転台強化改造に際しては前面ウィンドウシル下部に鋼板を重ね張り溶接したことから、同工事を施工された車両は前面ウィンドウシルが目立たなくなったことが特徴であった。 451系およびモハ311形・371形と編成されたクハ1431 - 1450については、1965年(昭和40年)以降運転台機器の更新・車内送風機の扇風機化・乗務員扉の鋼製化・側窓のアルミサッシ化が順次施工されていたが、クハ(サハ)1411 - 1430に施工された修繕と比較すると内容が簡略化されており、若干見劣りするものであった。また、雨樋の鋼製化についてはクハ1431 - 1450に対しても後年実施されたものの、屋根部がキャンバス張りのままであった車両については前面雨樋がキャンバス押さえを兼ねた太い形状のものに変更され、外観上の特徴となった。 なお、上記以外の改造として、車体塗装のディープラズベリーとトニーベージュの二色塗りのいわゆる「赤電」塗装化・ATSの整備および列車無線の搭載・連結器部分への電気連結器の新設が全車を対象に施工されている。 さらに晩年には先頭車前面窓内側に行先表示幕の新設が実施されたが、同工事施工時期は本形式の淘汰時期と重なっていたことから、同工事を施工されることなく廃車となった車両も存在した。また、前照灯のシールドビーム2灯化は本形式に対しては施工されず、前述の通り他社では一般的に行われていた乗務員室の全室化改造も実施されなかった。
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