各種改造・改番
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/13 17:33 UTC 版)
「西武モハ101形電車」の記事における「各種改造・改番」の解説
旧多摩湖鉄道引き継ぎ車を種車とするモハ101 - 103(いずれも初代)は、西武軌道線引き継ぎ車を種車とするモハ104 - 107(モハ104は初代)が1953年(昭和28年)8月のモハ107を最後に全車落成したことを受け、電動車比率調整のため同年12月に全車電装解除・制御車化され、クハ1111 - 1113(クハ1112・1113は初代)と改称・改番された。制御車化に際しては萩山寄りの運転台機器を撤去し、他の制御車同様に片運転台車となった。さらに関東車輌電気の手によって製造された車体が経年4 - 5年程度であったにも関わらず各部の傷みが進行し劣悪な状態となったことから、1954年(昭和29年)3月に所沢車両工場において車体の更新修繕工事が施工された。クハ1111・1113(初代)は外板張替え等修繕工事相当の施工に留まったが、車体の仕様が異なっていたクハ1112については新製車グループのクハ1114・1115と同一の車体を台枠より新製し載せ替えられ、旧車体は廃棄された。さらに1958年(昭和33年)6月にはクハ1112・1113(いずれも初代)が相互に車番を振替えてクハ1113・1112(いずれも2代)となり、後のグループと合わせてクハ1111・1112が台枠流用車、クハ1113以降が完全新製車と再編された。 モハ104 - 107(モハ104は初代)については、前述モハ101 - 103(いずれも初代)の電装解除・改番に伴って、1953年(昭和28年)12月にモハ101 - 104(いずれも2代)と改番された。1956年(昭和31年)にはモハ104(2代)とクハ1114(初代)の間で電装品ならびに車番の振替えが実施され、前者はクハ1114(2代)へ、後者はモハ104(3代)へそれぞれ改称・改番された。 なお、各形式共通事項として、1954年(昭和29年)に集電方式がトロリーポールからパンタグラフに切り替えられたことに伴い、同年3月から9月にかけて電動車の集電装置のパンタグラフ化、制御車の集電装置撤去、ならびに前照灯の屋根上への移設が順次施工された。さらに当初は両運転台仕様であったモハ101形は、後年モハ101形・クハ1111形の2両編成を基本編成とし、他の制御車はラッシュ時の増結用車両とする運行形態が常態化したことに伴って国分寺寄りの運転台機器を撤去し、片運転台仕様となった。 また、各種仕様が異なる異端な存在であったクハ1101は、1956年(昭和31年)12月のクハ1115竣功の後、翌1957年(昭和32年)1月に日立電鉄へ譲渡された。
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