大韓航空機爆破事件 実行犯

大韓航空機爆破事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/13 15:28 UTC 版)

実行犯

実行犯は北朝鮮工作員の金賢姫(当時25歳)と金勝一(当時59歳)であった[23]。2人は10月7日に金正日の「ソウルオリンピックの韓国単独開催と参加申請妨害のため大韓航空機を爆破せよ」との親筆指令に従いテロ行為におよんだもので、父娘であると偽り、テロ実行のために旅行していた。

韓国当局の取調べによれば、2人は11月12日に任務遂行を宣誓し、ソ連の首都モスクワ朝鮮民航(現:高麗航空)で北朝鮮政府関係者2名とともに向かい、そこでアエロフロート便に乗り換え当時社会主義国だったハンガリーに11月13日に北朝鮮のパスポートで入国した。そこで6日間滞在した後にハンガリーから隣国オーストリアに11月18日に陸路入国した。ハンガリーへの2人の入国はハンガリー政府も公式に認めている[24]。この時まで金賢姫は別人名義の北朝鮮旅券を使い金勝一は北朝鮮外交官旅券を使っていたが、オーストリア国内で日本の偽造旅券を使い始めた。6日間滞在したあとウィーンから11月23日発のオーストリア航空621便でユーゴスラビアのベオグラードに移動して5日間滞在した。2人はベオグラードの北朝鮮工作員のアジトで爆発物を受け取ったとされる[1]

11月28日にベオグラードからバグダードへイラク航空226便で移動し、その日のうちにバグダードで大韓航空858便に搭乗していた。なお、2人が機内に持ち込んだのは酒瓶に入った液体爆弾(「PLX」と推測される)と、豆腐大の「コンポジション4」というプラスチック爆弾と時限爆破装置を仕込んだ日本製トランジスターラジオパナソニック製AM/FMラジオRF-082型を改造したもので、実際にラジオとして動作する)であった(トランジスターラジオの時限爆破装置は電池がなければ作動できない構造)。

ベオグラードでイラク航空に搭乗した際には、当時イラン・イラク戦争の最中でありイラクが戦時体制にあることから電池を取り上げられていた。そのため大韓航空機に搭乗する際にはイラクの空港職員に対して「個人の持ち物まで没収するのか」と金勝一が抗議し、電池は返却されたという。しかし、「当時戦時中であり、厳戒態勢が敷かれていたイラクの空港職員が、乗客の抗議によって規則を曲げるなどありえないことである」との意見を元に、この証言は金賢姫の捏造との指摘がある。なお、イラクはイランへの支援を理由に1980年から北朝鮮と国交断絶状態にあった[25][26][27]

2人がアブダビで降機した後に、機内のハットラックに(手荷物に隠された)爆発物が残されていたのを客室乗務員が発見出来なかった事を疑問視する声もあり、「忘れ物の確認作業を怠った可能性がある」ともいわれる[28] が、この便の様に複数の経由地を経由し、各経由地で乗客が乗降しつつ最終目的地に向かう便の場合は、経由地で機内に手荷物を残したままトランジットエリアに行く乗客は珍しくない。経由地でハットラックなどに手荷物が残っていてもそれが忘れ物であるとは認識しない可能性が高い。また忘れ物として手荷物を発見していても、それが爆発物である事には気付かない可能性もあるが、いずれにしても、この事件で客室乗務員も全員殉職しているため真相は不明である。

金賢姫の回顧録によれば、大韓航空機でアブダビに到着した乗客は一旦全員機外に出されている[29]。この時2人はローマまでの航空券を所持しており、脱出用にアブダビから直接ローマに向う航空券と撹乱用にバーレーンに向ったと見せかけるための実際に使用した航空券も持っていた[29]。2人は二つの航空券を使用することで「足がつかないように」するつもりであった[29]。しかしアブダビのトランジットエリアで航空券のチェックが行われた[29]。このチェックは事前に北朝鮮当局が知らなかったことであった[29]。そのため撹乱用の航空券を使わざるを得なくなり、2人はやむなくバーレーンに向い、次のローマ行きの便まで滞在する破目になったという[29]。そのためバーレーンで足止めされていなければ北朝鮮に逃亡していた可能性が高い。

金賢姫は「外交官の父を持ち、北朝鮮では比較的恵まれた家庭出身であった」とされており、ザイール駐在大使館員高英煥(後に亡命)は、駐アンゴラ水産代表部にいた金賢姫の父親は事件直後に本国に急遽呼び戻されたと語っている。平壌外国語大学日本語科に在籍中に北朝鮮の工作員として召喚され[30]金星政治軍事大学に入学させられて日本人になりすまして謀略活動をおこなうための訓練をされており[31]、北朝鮮工作員の海外拠点であったマカオに同僚の金淑姫とともに何度も滞在していた[32][33]。「李恩恵」と呼ばれる女性(日本から北朝鮮により拉致されたとされる田口八重子とみられている)に、日本語教育日本文化の教育を受け[34]、「蜂谷真由美」という日本人名を使用し、日本語を巧みに使って日本人になりすましていた[35]


注釈

  1. ^ 2006年に金属探知機による海底の再調査が行われ水中の残骸位置が特定された。
  2. ^ 発注・受領が大韓航空経由で行われたため、モデルネームは-3B5Cとなっている。なお、大韓航空のほかの707は中古機のため、同機がこのモデルネームを持つ唯一の707でもあった。
  3. ^ エア・インディア182便爆破事件など
  4. ^ 事件の3年前の1984年8月、金勝一と金賢姫は一度ペアを組まされ[5]、金賢姫が勝一を「おとうさん」と呼んで親子を偽装し、すべての会話を日本語で話すことを原則として、「蜂谷真一」「蜂谷真由美」名義の偽造の日本旅券でソ連[6]ハンガリーオーストリアデンマーク[7]西ドイツスイスフランスを周遊する日本人観光客の父娘として行動している[8]。賢姫は9月には金勝一とパリで別れて、その後、香港からマカオ広州北京を経て10月に平壌にもどった[9]
  5. ^ 尋問に対し「不知道!(知らない!)」と中国語で返答するなどしており、これは当時の日本のニュースでも報じられた。
  6. ^ 取調官に出身地を聞かれた金賢姫は黒竜江省「五常市」と繰り返し答えたが、当時は五常ではなく五常であったため、嘘が見破られることとなった[19]。ちなみに五常県が五常市に移行したのは事件から6年後の1993年の事である。また、金賢姫の話す中国語広東省訛りであったことも、「黒竜江省(同地は北京語圏)出身」が嘘であることが見破られるきっかけになった[19]。2010年(平成22年)放映の『大韓航空機爆破23年目の真実〜独占金賢姫11時間の告白&完全再現ドラマ・私はこうして女テロリストになった…』では、金賢姫の証言にもとづいて、このシーンが描かれていた。
  7. ^ 金賢姫は、「金玉花」の名をあたえられ、金淑姫と何度もペアを組まされ、彼女と同居しながらの工作員教育を受けた[41]
  8. ^ 泣き叫ぶ遺族を前にして、彼女は「ただ、自分が死ぬことだけが、彼らの恨(ハン)をはらしてあげる唯一の道だ」と考えたという[50]。北朝鮮に残した家族の顔が走馬灯のように流れ、涙がとめどなく流れたが、その後はかえってさっぱりした心境になったという[50]
  9. ^ 1987年当時の「韓国政府の自作自演」による捏造説であるが、韓国の中央日報は、政府から圧力を受けたとする金の主張が真実であれば、前政権の誰かがあおった疑いがある[58] と主張している。なお、韓国では「北朝鮮寄りの理念を拡散させた」場合には、国家保安法によって処罰される可能性がある。しかしながら文在寅政権下では、従北勢力が何らかの批判にさらされる状況下にはなく、却って金が「本事件を韓国当局の陰謀である」と唱える従北勢力を批判したことが、名誉毀損として刑事事件化する事態に陥っている。

出典

  1. ^ a b 朝日新聞 1987年(昭和62年)12月3日
  2. ^ 朝日新聞 1987年(昭和62年)12月4日
  3. ^ 朝日新聞 1988年(昭和63年)1月19日
  4. ^ a b c d e f g h i 『家族』(2003)pp.246-247
  5. ^ 金賢姫『金賢姫全告白 いま、女として(下)』(1991)pp.199-200
  6. ^ 金賢姫『金賢姫全告白 いま、女として(下)』(1991)pp.207-208
  7. ^ 金賢姫『金賢姫全告白 いま、女として(下)』(1991)pp.213-214
  8. ^ 金賢姫『金賢姫全告白 いま、女として(下)』(1991)pp.217-218
  9. ^ 金賢姫『金賢姫全告白 いま、女として(下)』(1991)pp.218-224
  10. ^ 朝日新聞 1987年(昭和62年)12月6日朝刊
  11. ^ 砂川(2003)
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  13. ^ 朝日新聞 1987年(昭和62年)12月15日
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  15. ^ #村野『明治・大正・昭和・平成 事件・犯罪大事典』(2002)p.431
  16. ^ 佐々(1999)
  17. ^ 金賢姫『金賢姫全告白 いま、女として(上)』(1991)pp.24-26
  18. ^ a b 金賢姫『金賢姫全告白 いま、女として(上)』(1991)pp.35-36
  19. ^ a b 金賢姫『金賢姫全告白 いま、女として(上)』(1991)pp.122-123
  20. ^ 金賢姫『金賢姫全告白 いま、女として(上)』(1991)p.124
  21. ^ 金賢姫『金賢姫全告白 いま、女として(上)』(1991)pp.132-146
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  31. ^ 金賢姫『金賢姫全告白 いま、女として(下)』(1991)pp.159-164
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  34. ^ 金賢姫『金賢姫全告白 いま、女として(下)』(1991)pp.170-189
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  36. ^ a b c d e f 西岡(2002)pp.162-165
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  69. ^ 大韓航空機爆破23年目の真実 - テレビドラマデータベース
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