6月民主抗争とは? わかりやすく解説

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6月民主抗争

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/21 03:56 UTC 版)

6月民主抗争(6がつ みんしゅ こうそう)は、大統領の直接選挙制改憲を中心とした民主化を要求するデモを中心とした韓国における民主化運動の名称で、1987年6月10日から「民主化宣言(6・29宣言)」が発表されるまでの約20日間にわたって繰り広げられた。この民主抗争の結果、大統領直接選挙制改憲実現などの一連の民主化措置を約束する「6・29宣言」を全斗煥政権から引き出すことに成功した。


  1. ^ 1980年に制定された第5共和国憲法では、大統領は大統領選挙団によって選出される規定となっており、一応野党候補の立候補も認められていたが、著しく与党側に有利で、事実、1981年3月の大統領選挙では全斗煥は9割近い得票で当選した。
  2. ^ 拷問致死事件で1月19日に逮捕された警察官2名以外にも5名の警察官が加わっており、朴処源治安官や劉井邦警正など対共分室の幹部3名がそれを隠蔽あるいは矮小化したものである。


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