全斗煥・盧泰愚時代とは? わかりやすく解説

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全斗煥・盧泰愚時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 11:14 UTC 版)

大韓民国」の記事における「全斗煥・盧泰愚時代」の解説

詳細は「第五共和国 (大韓民国)を参照 朴正煕暗殺により、急速に規制が解かれた韓国の政治ソウルの春呼ばれる民主化兆し見せたが、1979年12月12日より始まった粛軍クーデターにより、全斗煥陸軍少将をはじめとした「新軍部」が軍を掌握した新軍部権力奪取動きに対して反対運動各地発生したが、80年5月17日に非常戒厳令拡大措置発令され政治活動禁止野党政治家一斉逮捕が行われた。5月18日光州では戒厳軍と学生デモ隊衝突起こり、これをきっかけに市民武装蜂起したが、5月27日全羅南道道庁立てこもる市民軍戒厳軍により武力鎮圧された(光州事件)。新軍部朴正煕暗殺後大統領の職を引き継いでいた崔圭夏8月16日辞任させ、全斗煥大統領に就任し憲法改正。翌81年2月25日行われた選挙により全斗煥大統領選出された。1987年大統領直接選挙求め6月民主抗争起こり与党盧泰愚大統領候補による6.29民主化宣言引き出されたため、大統領直接選挙目指した改憲約束されたしかしながら12月行われた大統領選挙では、野党側の有力な候補金泳三金大中分裂したために、全斗煥後継者である盧泰愚大統領当選し、軍出身者政権が続くこととなった全斗煥盧泰愚時代は、軍政反対する民主化運動とそれに対する弾圧激し時代であったが、朴正熙時代から引き続い高度な経済成長と、1988年ソウルオリンピック成功中華人民共和国ソビエト連邦1990年9月30日)との国交樹立国際連合への南北同時加盟などにより新興工業経済国として韓国の国際的認知の上がった時代でもあった。

※この「全斗煥・盧泰愚時代」の解説は、「大韓民国」の解説の一部です。
「全斗煥・盧泰愚時代」を含む「大韓民国」の記事については、「大韓民国」の概要を参照ください。

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