穴
『うつほ物語』「俊蔭」 仲忠は三条京極の廃邸で生まれ、幼い頃から山や川へ行って食料を求め、母(=俊蔭女)の世話をした。仲忠は6歳の時、母とともに北山の奥に入り、4本の杉が合わさって根もとが大きな空洞になっている所に、移り住んだ。猿たちが木の実や芋や果物などを持って来て、養ってくれた〔*仲忠が12歳の時、父兼雅がたまたま山を訪れ、父子ははじめて対面した〕。
『オデュッセイア』第9巻 オデュッセウスと部下たちは航海の途中、一つ目巨人キュクロプス族の国に漂着する。オデュッセウスは部下の中から12人を選び、キュクロプス族の1人ポリュペモスが住む洞窟の1つを、訪れる。ところがポリュペモスは洞窟に彼らを閉じこめて、毎日朝夕2人ずつ、オデュッセウスの部下を喰う。
『タンホイザー』(ワーグナー)第1幕 騎士であり歌人でもあるタンホイザーは、愛の女神ヴェヌスに誘惑されて、ヴェヌスブルク(ビーナスの丘)の洞窟で性愛の歓楽に耽る。そこは、太陽も月も星も見えない世界である。バラ色の靄(もや)の中にいてタンホイザーは、澄んだ青空・緑の野・小鳥の歌・鐘の響きをなつかしむ。彼は自由を求め、ヴェヌスに別れを告げて(*→〔名前〕1b)、人間世界へ戻る→〔歌〕8b。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第27章 マルケ王によって追放されたトリスタンとイゾルデは、荒涼たる山中に向かい、大昔に巨人たちが愛の営みをする時の隠れ家として作られた「愛の洞窟」に住みつく。
『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回 長禄元年(1457)の秋、八房は伏姫を背に乗せて、富山に入った。川を越えた所に南向きの洞(ほら)があり、八房はそこにとどまって前足を折り、伏した。伏姫は八房の心を悟って、背から下りた。伏姫は八房とともにその洞に住んだ〔*1年後、金碗大輔が富山に登り、八房と伏姫を銃で撃った〕。
『鼠の浄土』(昔話) 爺が豆を1粒、鼠穴に落としてやる。すると鼠が礼に来て、爺を家へ招待する。爺が目を閉じて鼠の尻尾を持つと、爺の身体は小さな鼠穴を抜けて、鼠の家の座敷に着く。爺はごちそうを食べ、土産をもらって帰る。これをうらやんで隣りの爺も鼠の家へ行くが、猫の鳴きまねをして鼠たちをおどかしたために、鼠たちは皆逃げ、真っ暗な中に隣りの爺は取り残される(秋田県雄勝郡稲川町久保。*この昔話にもとづく『おむすびころりん』では、爺がおむすびを落として鼠の国へ行く)。
『不思議の国のアリス』(キャロル) 少女アリスは、チョッキを着た兎が走っていく後を追い、垣根の下の大きな兎穴に飛び込む。穴ははじめ水平だったが、突然下り坂になり、深い井戸のような所へアリスは落ち込む。長い落下(*→〔落下〕5d)の後、アリスは不思議の国に到る。アリスはそこで、気違いお茶会に行ったり、トランプの裁判に出たりする。
『幽明録』 男が山の深い穴に落ち、仙界に到る。男は、碁を打つ人に会い、帰り道を教えてもらい、仙薬を食べて飢えることなく半年後に現世に戻った。
*→〔異郷訪問〕3。
*枕の両端の穴を抜けて異郷へ行く→〔枕〕2の『枕中記』(唐・沈既済)。
*童子の耳の穴を抜けて異郷へ行く→〔耳〕3の『玄怪録』2「耳の中の国」。
★3a.富士の人穴。
『富士の人穴』(御伽草子) 仁田四郎忠綱が富士の人穴へ入り、富士浅間(せんげん)大菩薩の案内で六道を巡る。大菩薩は、地獄極楽の有様を3年3月の間他言することを禁ずるが、本国へ帰った仁田は、主君頼家の命令で人穴の中の体験を物語り、その場で命を失う。
『和漢三才図会』巻第56・山類「洞」 富士山に、俗に人穴と言われる洞がある。建仁3年(1203)6月3日、鎌倉2代将軍頼家が仁田四郎忠常に命じて、洞を調べさせた。翌日、彼は洞から出て来て報告した。「狭く闇(くら)い穴の中は蝙蝠が群れ飛び、白蝙蝠もおりました。徐々に穴は広くなり、鍾乳があり大河がありました。姿貌(すがたかたち)の奇異な神人がおり、私の従者4人は、これを見て倒れ死にました」〔*「浅間大菩薩が安座していたのだ」と古老は言う〕。
『諏訪の本地』(御伽草子) 甲賀三郎の妻・春日姫は、伊吹山で魔物にさらわれ、行方知れずとなった。三郎は姫を捜して、兄の太郎・次郎とともに日本中の山々を巡る。信濃国・蓼科嶽の深い人穴へ、長い綱をつけた籠に乗って降りると、大きな御堂があり、春日姫が涙にくれて読経していた〔*そこは、おんき国といい、その主が姫をさらったのだった〕。三郎は姫を籠に乗せて地上へ送るが、三郎自身は、兄次郎の奸計によって、穴の底に置き去りにされてしまった。
★4.底知れぬ穴。
『おーい でてこーい』(星新一『ボッコちゃん』) 底なしの穴が見つかり、1人が「おーい、でてこーい」と呼びかけて、小石を投げ入れる。ついで皆がさまざまなゴミ類を投げこみ、都市の汚染問題は解決する。年月がたち、ある日空から「おーい、でてこーい」という声が聞こえ、小石が1つ落ちてくる。
『録異記』(五代蜀・杜光庭撰)巻8 伏義・女カの廟所の隅に底知れぬ深い穴がある。旱魃の年には、金製や銀製の品物をこの穴に投げ入れると、雨が降る。
『大鏡』「序」 大宅世継は、ひさしぶりに夏山繁樹と対面し、話し合えることを喜ぶ。彼は「思うことを言わずにいると、腹のふくれる心地がする。だからこそ昔の人は、言いたいことがある時には、穴を掘ってその中へ言い入れたのだろう」と語る。
『変身物語』(オヴィディウス)巻11 ミダス王のおそばづきの理髪師が(*→〔理髪師〕3a)、地面に穴を掘り、その中へ「王様の耳はろばの耳」と小声でささやいて、穴を埋めた。やがてその場所に多くの葦が生え、そよ吹く南風にゆり動かされた葦たちは、「王様の耳はろばの耳」とささやくようになった。
『捜神後記』巻2-7(通巻18話) 天竺の人・仏図澄は、永嘉4年(310)に洛陽に来た。彼の脇腹には穴があり、綿で塞いでいた。夜、読書する時に綿を抜くと、穴から光が出て部屋を照らした。朝には流水の側まで行って、腹の穴から五臓六腑を引き出して洗い、また腹中に収めた。
『風流志道軒伝』巻之4 浅之進(志道軒)は、風来仙人から得た羽扇で空を飛び、穿胸国へ行く。この国では男女ともに胸に穴があり、貴人が出かける時も駕籠は用いず、胸の穴に棒を通して運ぶ。浅之進は国王の姫君の婿に選ばれるが、胸に穴のないことを知られ、追い出される。
*のっぺらぼうの顔に穴を開ける→〔顔〕6の『荘子』「応帝王篇」第7。
★7.のぞき穴。
『九郎蔵狐』(落語) 人を化かす狐を退治しようと、百姓九郎蔵が野原で見張っていると、狐がきれいな娘に化け、重箱に馬糞を詰める。娘は九郎蔵の家へ行き、妻に牡丹餅を勧める。九郎蔵は戸の節穴からのぞき見、「それは馬糞だ」と注意したとたん、馬に蹴られて目を回す。九郎蔵は、化かされて馬の尻の穴をのぞいていたのだった。
★8a.穴の中に入り、体が大きくなってしまって、外へ出られない。
『狼と狐』(グリム)KHM73 狼と狐が穴蔵に入り込んで、樽詰めの塩づけ肉を食べる。狐は、おなかが大きくなりすぎないように気をつけるが、狼は、かまわずに食べ続ける。百姓がやって来たので、狐は穴から跳び出して逃げる。狼は、おなかがふくれて体が穴につまってしまい、棍棒で打ち殺される。
『バナナフィッシュにうってつけの日』(サリンジャー) バナナフィッシュたちは、バナナがどっさり入っている穴の中に泳いで入って行く。彼らは、穴の中でバナナをたくさん食べる。78本も平らげた奴もいる。バナナフィッシュたちは肥ってしまい、穴の戸口につかえて2度と外へ出られず、バナナ熱にかかって死んで行く〔*青年シーモアは、幼い少女にこの話を聞かせた後、拳銃自殺する〕。
*岩屋から出られない山椒魚→〔山椒魚〕1の『山椒魚』(井伏鱒二)。
*岩穴から出られない人→〔石〕2の『今昔物語集』巻5-31。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「昭和新山」 若い男が、珍しい石を探して昭和新山に登り、岩穴に右腕をつっこんで抜けなくなる。早く救出しないと、硫黄のガスと熱気によって男は死んでしまうので、ブラック・ジャックがヘリコプターで救助に向かい、手術を行なう。腕を切断すると、岩穴から男の手と石ころがズルズル抜け落ちてくる。男は穴の中の石をつかんでいたから、腕が抜けなかったのだ。
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