仏図澄とは?

ぶっとちょう 【仏図澄】 ○

?~348中国五胡十六国時代の僧。中央アジアクチャ出身310年洛陽入り、のち後趙王の信奉得て多くの寺を建て中国仏教発展基礎をつくった。漢人出家公認される道を開き門下から道安・竺法汰などが出た。

ぶっとちょう 【仏図澄】

中国初期仏教時代活躍した西域僧。亀茲国クチャ)の人。敦煌経て洛陽に来、呪術予言で人を教化した。後趙の王の帰依を受け顧問として活躍し、多くの寺を建て、多数門人教えた。門人中には道安・竺法汰・僧朗らがいる。(二三二~三四八

仏図澄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/04 02:48 UTC 版)

仏図澄(ぶっとちょう、ブッダチンガ、: buddhacinga232年 - 349年1月13日永和4年12月8日))は五胡十六国時代の西域からの渡来僧。中国の神異僧の筆頭に挙げられる。竺仏図澄とも記載される。姓は白、亀茲国の出身であるという[1]ウッディヤーナ英語版(烏萇)で出家したのち、罽賓で仏学の研鑚に励んだ。


  1. ^ 晋書によると天竺出身である


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