梅原千代の手記とは? わかりやすく解説

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梅原千代の手記

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 05:44 UTC 版)

神坂四郎の犯罪」の記事における「梅原千代の手記」の解説

昨日まで日記手紙一切風呂の竈に押し込んで焼きすてた。二十五年の悔い多き生涯はこれで消えてしまった。今日から後のは遺書である。北海道からの来信も父が病気で、継母自活をと冷たい。微熱終日感じながら病気移され嫉妬憤りをしている夫人看護をする。かすかな跫音がするが、扉に鍵をおろし、二三ノックがあったが永遠拒否をする。今村先生薄志弱行の人。先生理屈魅力だったが、ただ理屈しかない今村先生に、自分を家から出して貰うことを懇願する売れるものは本百冊と着物と、母親形見ダイヤモンド指輪だけである。自殺だけは嫌である。妻は永くないと先生は言うが、残酷でエゴイズムだ。夕方落ち葉の音を聞くと、北海道懐かしくなる。父に会いたい自分病気誰も知らないので、近いうちにレントゲン撮ってみようと思う。 五日後に不思議な運命の巡り合わせがあり、先生の手紙を持って午後三景書房訪問すると、面識のある先生悪友で、先生の家二三泊まっている神坂四郎とともに外出し目黒紅葉館アパート一室で、無理矢理金を握らせて先約キャンセルさせたと説明を受ける。その後近所中華料理屋夕食ご馳走に。今村先生より転居費用に三万円アパート権利が二万円残り一万円渡される。用があったら三景書房にと名刺渡される若くて誠実で、愕くほど行き届いた人だ。今村にはもう会うまい九時就寝しするが、自活方法考えなければならぬ。ストレプトマイシンという注射肺病治るらしいから治りたい。 神坂はそれから何度も自分訪問し果物の籠や転居証明お米二升、小型ラジオ持ってきてくれ、自活後の職業でも相談乗ってくれた。梅原千代という偽名与えてくれた。その間発熱したりもし、孤独のつらさを感じもした。千代というのは、神坂氏のの以前愛人の名で、その愛人忘れられないから今も独身だと語っていた。占い用のトランプを買い、日向の窓で一人占いをしていたら、素晴らし辻占。その途端に神坂から電話がかかてきて、風邪休んでいたとのこと夕方七時位に約束通りやってくるが、顔色が蒼く痩せていた。五日間、禁酒したというので、ちょうとお酒配給もらったところだったので、土瓶熱燗出したアパート暮らし長く家庭的な雰囲気嬉しいと語り九時半に帰っていったが、握手した手を離せず、彼の胸に身を投げてしまった。ここへ来るまでは死を望んでいたのに、嬉しくてたまらない。 出勤する神坂送り出して一時間位で追いかけてゆきたいよう物狂おしい気持ちになった昨夜同じよう抱いて欲しい。夜が待ちきれない。熱があっても。死が迫っているというのに。自分限度知っている。はやく別れなければ不幸に引き離され前に仕事を見つけよう恐ろしい経験昨夜、彼は自分と結婚したいと言った私たちはとっくに結婚してしまったではないか今はお別れするときだ。病気はこの十日進み息切れ立ちくらみがする。あの人自分のために自身の生活を壊してしまったのではないか母親形見ダイヤの指輪を売るように頼んだが、売った淋しくなる持っていなさい、破産した借りに来る、と言った病気の話をしたら、分かっている、近いうちに赤十字病院行き転地すればいい病気は必ず治るものです、と。本当に治るだろうか治るならば是非とも結婚して欲しい。 私の幸福は尽きた。その予感はあったのだが、赤十字連れて行ってくれるというので、昼食渋谷レストランでし、外へ出ようとしたら入れ違いにはいってきた女が、「奥さん坊ちゃんお変わりございませんの」と言った。私は一刻もはやく彼から逃れたかったので、渋谷人混み中に歩いていったが、。彼は黙ってついてきた。部屋入口で私は握手求めて永い有り難うございました。もう別れですと言ったが、彼は私が誤解している、嘘をついて悪かったが、あの女は二年前のことを言っている。二年も別居していて、離婚手続きをすることになっていると言った。私には神坂が嘘を言っていることが分かる。男はみな卑劣な人ばかりだ。たまゆらの幸福も今日終わった今は洞穴のような空虚な心で、虚無とはこんな気持ちなのかも知れないその後午前十時から十時半の間に彼は必ず来たが、十時になると跫音待ち帰って行くとほっとして眠る。肺病女に何の用があるのか。憐憫か。葬式をしてくれるのか。お金お米もないので、ダイヤ売り行こうその間外出し教えて貰った彼の住所へゆくと、そのアパートで、彼に妻子がおり、昨夜はそこへ帰ってきていることが分かった孤独に負けて五日目、扉を開いた。彼は弁明した。私は一人ではいられなかっただけだ。裏切り者でも卑劣漢でもいいから人間の傍にいたいだけだ。妻と離婚して自分と一緒にいたいという。近いうちに三景書房副社長になるから転地療養費用工面できると。彼に愛情があるのだろうか五日無駄足をしたのは愛情だろうか。何でもいいから信じていたいダイヤを売るように頼み二十万円だったら嬉しい。療養所静かに死のう愛撫拒みきれず、病も重くなる。この数日二時頃まで眠れない催眠剤飲んでみようか。 北海道より父が会いたがっているという来信があり、自分写真でも送ることにしよう。神坂氏が見えダイヤ模造品なので二千円にしかならないと言う。そんなはずはない、父が第一次世界大戦好景気の頃耕地を買い足そうとして、母と相談して指輪売ろうとしたことがあり、日華事変初期函館宝石店当時の金で千五百円すると保証されていることを覚えている。その時耕地持ち主手放すのをやめたのでそのままになった。今なら15万円にはなるはず。父が先になくなれば新民法で多少遺産にはなるかも知れない神坂勤めに出る時に二千円置いていったが、貰いたくない。ダイヤ売れた返す約束昨夜眠れず、午前二時神坂寝顏を見つめていたら、憎悪嫉妬で胸が掻き乱されるな感じで、腕に絆創膏貼ってあり、結核予防注射をしたと聞かされた。もう泊まらせるのは、神坂夫人のためにもやめよう催眠剤買った。 春めいた日。朝に散歩坂道息が切れる。夏まで生きられるか。三日催眠剤飲んだ効果無し午後三時三景書房電話しダイヤのことをたずねると、上野宝石屋に預けてあるから明日行ってみようと返事があった。 夕方神坂氏が見え宝石屋は定休日だったので二三日中にまた行とのこと三浦御崎療養所在り友人紹介ではいれそうだから行ってみてはと勧められダイヤ資金でどうにかなるのでは、と。もし偽物だとしても自分が二万円位で買うという。九時頃、無理に帰らせるが、その後二度目喀血があった。 朝十時神坂氏が来てダイヤ偽物だったと返してくれた。生きる望みはこれで絶えた二千円なら米一斗あるかなしだ。それだけの命。催眠剤多量に買おうか。帰り際ダイヤ自分売らないか、と。二万円あれば少しは生きられる自分にはダイヤ偽物だとは信じられない。せめてこれを指にはめて死のう。金の問題があるから真贋問題になる。 自分怠惰な女だ。病気治療も、自殺も、職業なおざりにして、彼の好意グズグズ生きている北海道へ帰って、母の傍ら死のうか。眠れないという話をしたら、良い催眠剤探すという。いくらか日が長くなった。黄昏見て悲しくなって泣いた。なぜか分からぬが、自分あの人好意愛情信じてはいない。あの人は私を偽っているようだ。 夜七時神坂氏が来て、二万円包み出される。私が自分必要なことをしないので、強制的に事を運ぶと、明日日曜で、御崎行って話をつける、と。それも良いかもしれないと思う。暖かい療養所美しい海を見ながら若い命を終わるのも。しかし、私はあの人好意受けたくない。私はもう一度自分宝石屋へ行って見たいというと神坂氏は、僕を信じないのかと怒ったこの人とも縁が切れそうだ。もう孤独も怕くない。 神坂氏が来て昨日腹を立ててすまないもう一度新宿大きな宝石屋へゆくという。指輪をむだだと思った返す終日頭がぼんやりして物事考えられない西行のように如月望月のころに花の下死にたいと思う。 療養所の件を正式に断る。私はもうはや死にたいあの人はわたしの肩を抱いて一緒に死のうという。あの人には死ぬべき理由はないのに。食べ物を買いに外へ出るのが一番辛い。ダイヤは駄目だったので、帰してくれた。あきらめなさいと優しくいう。 あの人のすることには虚偽がある。もう会いたくない。午後銀座宝石店寄ったところ、二十万円で買うと言われた。もう一軒寄ったら、二十八万円。御崎療養所行けます現金で三万円で、二万円神坂返し、あとは銀行預ける。安心したせいであまり熱も出ない何のためにあの人は嘘をついたのか。お金で女の心を縛っていたのかもしれない。このアパートでのあの人好意には計画があったのかもしれない実行力はなかったにしても、今村先生の方が人間としては尊敬値する先生には苦悶があったが、神坂氏には苦悶がない。商売人みたいな男だ。もはや偽りの愛情にすがらなくてはならぬほど、私は弱くはない。 神坂氏、半月ぶりに見える。ダイヤ売れたと語ると愕いていた。二万円は受けとろうとしない無理に渡す。今村先生が私のことで神坂氏に立腹している。そのため、三景書房の社長中傷され近いうちに社をやめないといけないことになりそうだ、と語る。今村先生そんなに卑怯だったのか、先生会わせてくださいお願いするが、引き受けならない療養所の件を頼むが、今までそこに勤めていた友人千葉の病院行ってしまったので、手がかりなくなったと言う夕方うとうとしていたら、父が訪ねてたような気がした。北海道で父が死んだのかもしれない生と死境目の扉が開かれているような気がする暖かい雨自炊をする労力も耐えられない療養所探して貰うつもりだ。夕方神坂氏が見え死後北海道へ知らせてあげるから、宛名遺書書きなさい。わたしが死んだら、自分も死ぬ、同じ事なら一緒に死のうか、という。死ぬ理由として、妻を愛せず、仕事はうまく行かず、私に死なれたら生きる希望がない、と。出版社やりたいけれども、資金出してくれる人もいない。一時間独りウイスキー飲んで帰った。 隣の小母さんが粥を欲しいといい、従弟つとめている中野療養所相談してみようか、と言われお願いした。夕方神坂氏にそのこと知らせたら、反対された。治る見込みもないのに、行く必要はない、と。私は死にに行くつもりだと答え現金を出すために印と通帳を渡す。隣の小母さん療養所にいつでもはいれると返事電話部屋約束する神坂見えず神坂氏が来ないので、お金がなく、ここから出て行くことも出来ない夕方小母さん頼んで電話して貰ったら。神坂氏は三景書房をやめたという返事神坂見えず小母さん頼んで神坂氏のアパート行っていただく。三日ばかり帰っていないという返事あの人お金欲しかっただけかも知れないお父様八重子はもう死にそうだ。 夜八時神坂お金をもって来てくれた。旅行していたとのこと今日泊まる嬉しい。誰かがてくださるだけで嬉しい。

※この「梅原千代の手記」の解説は、「神坂四郎の犯罪」の解説の一部です。
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