性同一性障害 性同一性障害の概要

性同一性障害

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/07/16 08:30 UTC 版)

その病状を持つ者は性同一性障害者(せいどういつせいしょうがいしゃ)、GID当事者などと呼ばれる。また日本などにおける診断名のみならず、身体的な性別と性自認が一致しない人に対する幅広い表現としてトランスジェンダーという言葉がある。なお、体の性の変異に関わる性分化疾患性的指向に因る同性愛や性自認に因るものではない異性装とは根本的に事象が異なる(後述参照)。

日本精神神経学会のDSM‒5病名・用語翻訳ガイドラインでは性別違和に名称変更した[2]


性同一性障害のデータ
ICD-10 F64
DSM-IV-TR 302.85
統計
世界の患者数 不明
日本の患者数 不明
学会
日本 GID学会

日本精神神経学会

世界 WPATH
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概念

概要

人は、『自身がどの性別に属するかという感覚、男性または女性であることの自己の認識』を持っており、これを性同一性(性の同一性、性別のアイデンティティー)という。大多数の人々は、身体的性別と性同一性を有するが、稀に、自身の身体の性別を十分に理解しているものの、自身の性同一性に一致しない人々もいる。そうした著しい性別の不連続性(Disorder)を抱える状態を医学的に性同一性障害という。

一般に、性別は身体や染色体によって決まるもの、身体の性と性同一性は一体のものと考えられてきたが、生まれつき染色体、生殖腺、もしくは解剖学的に性の発達が先天的に非定型的である状態にある性分化疾患の症例を研究するうち、性分化疾患の場合、身体の性と性同一性はそれぞれ必ずしも一致しない場合があることがわかった[3]。性同一性障害は、何らかの原因で、生まれつき身体的性別と、性同一性に関わる脳の一部とが、それぞれ一致しない状態で出生したと考えられている[4][5]

このため、性同一性障害を抱える者は、自身とは反対にある身体の性別に違和感や嫌悪感を持ち、生活上のあらゆる状況においてその性別で扱われることに精神的な苦痛を受けることが多いとされる。そうした、終生まで絶え間なく続く苦痛の無い、普通の生活を送るために治療を要し、時に身体や生活上において、自身と一致する性別への移行をすることがある。

日本では、こうした性同一性障害を抱える人々への治療の効果を高め、社会生活上のさまざまな問題を解消するために、平成15年7月16日に性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律を公布し、翌年に施行している。この法律により、定められた要件を満たす性同一性障害者は、戸籍上の性別を変更できるようになった。日本国外では、多くのヨーロッパ諸国、アメリカやカナダのほとんどの州で、性同一性障害者のために、1970年代から1980年代より立法や判例によって法的な性別の訂正を認めている[6]。日本を含めこれらの国の法律は、性別適合手術を受けていることを要件としているが、新たに21世紀において立法したイギリスとスペインでは、性別適合手術を受けていることを要件とせずに法的な性別の訂正を認める法律を定めた[7]

定義

性同一性障害は、Gender Identity Disorder (gender [性] - identity [同一性] - disorder [障害]) の訳語であり、医学的な疾患名である[8]。国際的な診断基準として、世界保健機関が定めた国際疾患分類 ICD-10米国精神医学会が定めた診断基準 DSM-IV-TR があり、医師の診察においてこのいずれかの診断基準を満たすとき、性同一性障害と診断する[9]


日本の性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律[10]では、同法における「性同一性障害者」の定義を、

生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。

性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律、第二条

としている。


日本における性同一性障害の診断と治療の指針である日本精神神経学会「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン (第3版)」[11]において、

性同一性障害は精神病者ではない

日本精神神経学会、性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン (第3版)

とある。

FtM と MtF
生物学的性別が女性で、性の自己意識が男性である事例を「FtM」(エフティーエム、Female-to-Male)、生物学的性別が男性で、性の自己意識が女性である事例を「MtF」(エムティーエフ、Male-to-Female)と表記する用語がある。

性同一性

性同一性とは

性同一性(性の同一性、性別のアイデンティティー)とは、医学界における “Gender Identity(gender [性] - identity [同一性])[12] への伝統的な訳語であり[13]、『男性または女性としての自己の統一性、一貫性、持続性[14]』『自身がどの性別に属するかという感覚、男性または女性であることの自己の認識[15][16]』という意味をもつ。

その他の訳語として「性の自己意識」「性の自己認知」「自己の性意識」「性自認」、カタカナ表記として「ジェンダー・アイデンティティ」があり、いずれもほぼ同義である[17]。より一般的でわかりやすい表現として「心の性」がある。

人々のうち大多数の者の性同一性は、生物学的性別と一致する。身体が男性で性同一性は男性、身体が女性で性同一性は女性である。人々のうち性同一性障害を抱える者の性同一性は、生物学的性別と一致しない。身体が男性で性同一性は女性、身体が女性で性同一性は男性である。この『同一』とは、「心の性と身体の性が同一」という一致不一致の意味ではなく、アイデンティティー(同一性)、「環境や時間にかかわらず等しく変わらない」という意味においての『同一』である[18]。性同一性障害は、性同一性そのものに異常や障害があるわけではなく、また性同一性が“無い”わけでもない。性同一性障害を抱える者も、そうでない大多数の者も、一様に人はそれぞれに性同一性を持っており、いずれも概して正常である。大多数の者は性同一性と身体の性とが一致し、生来からそれを疑うことなく意識しないほどに至極当然であるため、自身の性同一性を客観的に実感したり認識したりすることが難しい。

性同一性は、性的指向(恋愛の対象とする性別)とは切り離すことのできる概念であり、性同一性がどちらの性別であるかに関して、性的指向はその基軸にはならない。性的指向は相手がいることで成り立つが、性同一性はあくまで自分一人の問題[19]、自己の感覚や認識である。人は物心ついた頃から、おおむね幼年期や児童期頃には(身体的性別とは別に)自己としての性を認識するが、その多くは他者に恋愛感情を持つことで初めて認識するわけではない。

性同一性は、単なる(社会的・文化的な)「男らしさ、女らしさ」とも別である。たとえば女性的な男性がすなわち性同一性が女性というものではない。「自分は男らしくない男性」と自覚していても、自己としての性の意識が男性であれば、性同一性は男性である[20]

「心の性」という曖昧な表現
一般に「心の性」という説明や、また「心は男性・女性」との表現はよく使われるが、「心」という語は意味内容が極めて広く抽象的であるため、他のさまざまな要素をも取り込んで混同を生じやすく、かえって理解の妨げにもなり得る。たとえば男性同性愛者のありようを「心が女性」と形容する表現との重なりから生ずる混同、また語感の印象から“性同一性障害は気の迷い、気分の問題”などの誤解を生むおそれもある。必ずしも精確に伝えられるものではないが、「心の性」「心は男性・女性」という表現は、一定のわかりやすさや言いやすさを優先してしばしば用いられている。ただ、あくまで gender identity という語の便宜的で平易な言い換えであることに留意を要する。性同一性障害を専門とする日本の医師らによる論文や解説等ではおおむね『性の自己意識』や『性の自己認知』『性同一性』『ジェンダー・アイデンティティ』を用いており、「心の性」という曖昧な表現はほとんど使われておらず、使用する場合も『性の自己意識(心の性)』とするなど、第一に選択される言葉ではなく、そして用語というより平易に説明したものとしての使われ方が多い。日本精神神経学会のガイドライン第3版では原語 gender identity をカタカタ表記した『ジェンダー・アイデンティティ』のみを用いている。日本の外務省では『性同一性』を訳語としているものが確認できる[21]

「ジェンダー」のもつ複数の定義
「性同一性」の原語 gender identity には『ジェンダー』という単語があるが、日本での「社会的・文化的に形作られた性」といった意味での「ジェンダー」とは別である。“gender” は1950年代頃から性科学の分野、性分化疾患の研究において「性の自己意識・自己認知」との定義で用いられた(1960年代後半から “gender identity”)。それは、別分野である社会学において “gender” が「社会的・文化的に形作られた性」という定義が生まれる以前のことである。[22][23][24]

性同一性の存在

性同一性性の自己意識・自己認知)の概念は、性分化疾患(生殖器や性染色体などの身体的性別が非典型的な状態)の事例を解釈するため提唱されたことに始まる[25]。多くの性分化疾患の当事者を長期に渡って見守るうち、身体とは別個にある「性の意識」、いわば「その人自身の真の性別」とも言えるその存在を認めるより他ない事例がいくつも生じたのである。

この「性同一性」の概念が提唱された際、たとえ性分化疾患とはいえ、どこかに性別を客観的に判定し得る基準があるはずと考えられてもきたが、同じ性染色体の構成や内外性器の形態であっても、単純にファルスの長さだけでは性の判定はできない。当事者の性の意識は性染色体や内外性器からも独立していることがわかり、けっきょく性別は本人の自己意識によって決定するほかない。性分化疾患を患った乳幼児に対する手術にいち早く警鐘を鳴らした学者らは、「脳も、性に関わる器官と認めなければならない」「人間の脳は男女差のある性的二形のものであり、乳幼児の性別を決めるという重大な決定がその後の本人に幸せをもたらすかは予測できない」と勧告した[26]

以上の事例や経緯によって、「性同一性(性の自己意識)」の存在、そして「身体の性」と「性同一性(性の自己意識)」はそれぞれ別個であり[27]、ひとえに「身体」が人の性別を決定づける根拠とはならないことが明らかとなった。

性同一性の起源

性同一性障害を有さない大多数の者においても、もし出生してまもなく反対の性に手術を施され、戸籍も扱いもその性別にされた場合、性別の不一致による苦悩や困難に直面する可能性が高いといえる。一つの例え話として、もし仮に人生半ばで何らかによって自身の身体の外観を失い、性別を外から判定できず、家族や知り合いもいない、戸籍などの証明書も消失した場合、周囲に対してどのように自身の性別を認めてもらうか。「自分は男性・女性だ」と自己の性の意識にしたがって訴え、それを何とか受け入れてもらうしかない。その〈男性〉としての、〈女性〉としての認識や感覚、そして自身がそれを信ずる確信は、はたしてどこからやってきて、どこに起源があろうか。

人の性同一性の形成は、環境要因による後天的なものか、生物学的な要因による先天的なものかは長く論じられてきた。この論争において有名な症例として「ジョン/ジョアン症例 The “John/Joan” case」がある。性同一性の形成の決定的な要因は明らかとなっていないものの、この症例によって、生まれる前の生物学的な要因が関わっていることは確かであるといえる。また、脳には胎児期の性分化によって生じる構造的な男女の差があり、その一部には性同一性との関連が示唆され、性同一性は胎児期の性分化においてほぼ形成される先天的なものとみられている。

「ジョン/ジョアン症例 The “John/Joan” case」[28][29]
1965年デイヴィッド・ライマー David Reimer はカナダで男児として出生したが、生後8か月にして事故で外性器を失う。両親は息子の将来を憂慮し、著名な性科学者ジョン・マネー John Money の勧めもあって性別再判定手術を施すことに同意、「女児」として育てた。彼は性分化疾患ではなく、そして一卵性双生児の兄弟の一人であった。生物学的に限りなく同じである兄弟の一人を男の子、もう一人を手術を施し女の子として育てたのである。この症例は、人の性同一性の形成は、環境要因か、生物学的要因かの論争において有名な症例となる。結果として、デイヴィッド・ライマーは14歳のときに父親から真相を知らされるまで一度も自分を女の子のように感じたことはなく、それまで性同一性との不一致に苦悩していた。彼はかなり早い時期から女児として育てられたものの、女の子らしいところがなく、性格はまさに男の子そのものだった。幼少の頃は“自分は女の子ではないこと”をうまく言葉に説明できなかったが、いつも「自分は女の子とは感じない」「とにかくしっくりこない」「何かが間違っている」と感じており、徐々に「自分は女の子では絶対にない」と自覚する。真実を知らされてからは即刻に本来の性に戻ることを決意、のちに男性としての人生を過ごした。

性同一性との不一致

胎児期における性分化(男性型・女性型への分化)の機序は極めて複雑かつ数多くの段階を辿る。その過程は、一つでもうまく働かないと異常を起こし得る至妙な均衡のうえに成り立っており、性分化疾患の多様な事例など、人の性は必ずしも想定される状態に性分化、発達するとは限らない。胎児の性分化では、性腺や内性器、外性器など、身体のさまざまな部位の性別が決定された後、脳にも構造的な男女の差を引き起こす[30]。男女差が認められるいくつかの細胞群のなかには、性同一性に関わっていると推定できる箇所がある[31]。もし、性分化疾患とは違って身体は典型的な状態に発育する一方、脳が部分的にその身体とは一致しない性への性分化を起こしていたと仮定すると、出生時には難なく身体によって性の判定がなされ、身体も典型的に成長し、家庭や社会においても疑いなくその性別として扱われることになるが、おそらく本人の性の自己意識はそれとは別の性となる。

性同一性障害は、性の自己意識と生物学的性別とが一致しない状態である。生物学的な要因が推測されており、何らかの原因によって、脳と身体とがそれぞれ一致しない性別へ性分化し発達したものと考えられている。このため、自身の身体の性への違和感や嫌悪感、性の自己意識に一致する性への一体感や同一感を、強く持続的に抱くこととなる。

性同一性障害を有する者は、(例えば MtF に対して)「本当は男性」「実は男性」等といった、身体の性別、出生時に判定された性別を基準とする言われ方に対して嫌忌することが多い[32]。性同一性障害を抱える者は、もし生来から自身の性同一性と同じ性別の身体で生まれてさえいれば、何ら違和感を持つこともなく普通にその性としての人生を過ごしてきたはずであり、人格や自己の性が“途中で変わった”わけではない。当事者は(心身ともに)「異性になりたい」のではなく、「本当は女性(男性)なのになぜ身体が男性(女性)か」という極めて率直な感覚を胸中に持っていることも多く、当事者自身にとっての「本当の性別」とは、まさしく自分を自分たらしめる自己意識にしたがった性別である。FtM にとっての「本当の性別」は男性であり、MtF にとっての「本当の性別」は女性であり、だからこそ現にその性別としての人生を過ごしているといえる[33]

他の概念との別

「同性愛」(ホモセクシュアル、ゲイ、レズビアン)
しばしば同性愛(ホモセクシュアル、ゲイ、レズビアン)と混同されることがあるが、これらは概念が異なり、両者には根本的な相違がある。同性愛は「恋愛の対象がどちらの性別であるか」の性的指向に関する概念であり、性同一性障害は「自己の性の意識はどちらの性別であるか」の性同一性に関する概念である[34]
同性愛は、男性が“男性として”男性を愛する、または女性が“女性として”女性を愛するものであり、自身の性別に違和感を持っているわけではなく、反対の性になりたいわけでもない[35]。性同一性障害は、恋愛の対象がどちらの性別であれ、その人自身が、性の自己意識と身体の性との不一致により、自身の生物学的性別への違和感、身体とは反対の性への一体感を持つ。たとえば、男性同性愛者の性同一性は男性であり、自分が男性であることにも、男性として扱われることにも違和感がなく、“男性として”男性を愛している。性同一性障害当事者 (MtF) の性同一性は女性であり、自分の身体が男性であること、男性として扱われてしまうことに違和感をもつ。誰を好きであるから性別に違和感を持つという表面的な程度ではなく、根源的に「身体の性別が違う」という感覚を有している。
同性を愛することは、異性を愛することと同じく、その人自身の恋愛の自然なあり方であって、何らかの疾患、たとえば性同一性障害が原因などというものではない。同性愛は疾患ではなく、同性愛者は何らの医学的治療を必要としないが、性同一性障害は疾患であり、その当事者の多くは医学的治療を必要とする。
性同一性障害において「心の性」「心は男性・女性」といった表現があるが、他方で、性的指向を基準とした「心の性」の記述、たとえば男性同性愛者を指して時に「心が女性」という形容や認識がなされ得る。この言葉上の混同により、当事者による「自分は性同一性障害で心の性が女性」との説明に、他者にはあるいは「男性が好きということか。つまり同性愛」と受け取られかねない。性同一性障害における「心の性」とはあくまで「性同一性 gender identity」という用語を便宜的に平たく表現したものであり、そして男性同性愛者は性同一性が女性であるから恋愛の対象が男性というわけではない。
性的指向と性同一性とは別の概念であり、別個に捉える必要がある。性同一性がどちらの性別であるかに関して、性的指向はその基軸にはならない。性同一性障害を有する有さないに限らず、異性愛、同性愛は存在する。性的指向は相手がいることで成り立つが、性同一性はあくまで自分一人の問題である[36]。たとえば「ある女性が、女性を愛する(同性愛)。すなわち性同一性(心の性)が男性ということであり、その女性同性愛者は性同一性障害である」という理解は全くの誤りである。もしその女性自身に性の自己意識と身体の性との不一致を抱えていたとしたら性同一性障害であり、抱えていないとしたら性同一性障害ではない。このとき、その女性がどちらの性別を恋愛の対象としているかは別の事柄である。
ちなみに、性同一性障害の当事者のうち、FtM の恋愛対象は女性、MtF の恋愛対象は男性である場合が多く[37]、これらは同性愛ではなく異性愛となる。
分界条床核(人間の性に深い関わりがあるとされる神経細胞群で、男性のものは女性よりも有意に大きい)の体積を測定したある調査[38]では、男性、女性、男性同性愛者、性同一性障害 (MtF) のそれぞれ複数名が被験者となったが、当事者 (MtF) は女性とほぼ等しく、男性同性愛者は男性とほぼ同じ傾向を示した(性的指向と分界条床核の大きさとの関連は見られなかった)[39]
「異性装」(男装、女装)
性同一性障害の当事者は、大多数の人々と同じく、あくまで性の自己意識に基づく服装をしているのみであり、男装女装などの異性装とは異なる[40]
人が異性の装いをする理由はさまざまにあると見られるが、服装の好みによるもの、性的嗜好によるもの、サブカルチャーにおける服飾などであり、いずれも性の自己意識に基づく装いが由来ではない。どのような様態であれ、身体の性とは反対の性別の装いである事由が、性の自己意識と生物学的性別との不一致によるもの以外のあらゆる事例は性同一性障害と見ることはできない。
また異性装者は、純粋にそれを楽しむためや、あくまで趣味と捉えていることが多い。性同一性障害を抱える者は、家族や親類との関係や仕事への就業と雇用、外科的手術、戸籍上の名や性別の変更など、まさに一つの人生そのものの問題であり、とても趣味や楽しみと呼べるものではない。加えて、「男装」「女装」という言葉は、「女性(男性)が、男(女)の装いをする」という、つねに身体的性別を前提および明示とする表現であるため、性同一性障害の当事者は、他者から「男装」「女装」との誤解や呼称をされることを嫌悪する場合がある[41]
「ニューハーフ」
ニューハーフとは、身体的には男性であることを明示した上で女性性を体現し接客業や芸能業などに従事する者をいうある種の職業名であり、疾患名である性同一性障害と同義ではない[42]
ニューハーフと呼ばれる人のなかには、性別に違和感を持たない男性(近年は女装家と呼び、ニューハーフとは分けるようになっている)もおり、またその一方で、性同一性障害を抱える者もいる。他方、多くの性同一性障害の当事者はごく一般的な仕事に就いており、職業的な意味合いのニューハーフではない。また、ニューハーフは自ずと身体的性別が公にあることを前提とする職業となり、当事者の多くはそうした特殊な環境を希望しない。
性同一性障害を抱えることと、個人としていずれか特定の職業に対する適性の有無とも全く関連はない。とくに性同一性障害が広く知られていなかった過去において、性同一性障害が理由で一般的な仕事に就くことができない、あるいはこうした仕事にしか就けないものと思い込んで、「ニューハーフ」に従事する当事者も多くいたが、適性が無いと感じて悩む事例もまた多くあった[43]
但し近年は職業名としてというより、外見的・社会的・身体的・内面的に女性として生きたい人を指す総称であると認知されるようになってきている。一例として、「IT系企業のニューハーフ社長」などと紹介されることがある。
「おかま」
おかま」とは「肛門」[44]の別名で、転じて男性同性愛者を指すものとなった俗語である[45]。性同一性障害 (MtF) は男性同性愛者と同じではない。また、本来この言葉は性的な意味合い(肛門による性行為の意)があり、かつ同性愛者に対する侮蔑の意図を含むため、もとより他者への呼称に使われるべきものとは言えない。
性同一性障害を抱える者の大多数は、性の自己意識に基づく性別での平静な一般生活をしており、またはそれを希望している一人の個人である。そして対外的な性別を移行するにあたり、「親や友人から拒絶されるかもしれない」「仕事を解雇されるかもしれない」「たとえ移行できたとしても、その性別の姿容を得られるのか、仕事をみつけることはできるのか」など、甚大な不安や苦悩を抱えながら試みるものである。多くの努力と犠牲を経て、ようやく障壁を乗り越えた者に対し、一般に侮蔑の意味を含む(かつ誤用である)「おかま」と呼ぶことは、なんら適切ではない[46]
また、世間では「おかま」の本来の意味合いを知らないまま混同し、「女っぽい男」「男を好きな男」「女の格好をした男」など、いわば「一般の男性像とかけ離れた者」に対して、なんとなくうやむやに使いつづけられているのが現状である。ただ、「女っぽい男」はその人の性格であり、「男を好きな男」は同性愛であり、「女の格好をした男」は女装であり、それぞれは全て別々で異なる概念である[47]
性同一性障害の当事者はごく普通の一般人であり、また身体的性別の公表も望まないため、テレビなどのメディアに登場することは滅多に無い。おもにバラエティ番組において「おかま」を自称したり芸風とするタレントが、ことさらに女言葉を用いたり、過剰に女性的なしぐさをしたり、性に開放的で男性に惚れやすい等のステレオタイプな「おかま」のキャラクターを演じているが、性同一性障害の当事者でこのような性格を持つ者は極めて稀といえる。また、それは個人としての性格であり、性同一性障害とは関連しない。メディアに登場するタレントは一般とは違う突出した個性や才能を持つがゆえにタレントであり、そのごく一部の特殊な少数を見て全体を解することは誤謬を招く。テレビ番組は常にインパクトを求める商業活動であること、また『バラエティ番組の撮影』という日常とはかけ離れた状況での演出や表現、ということにも留意を要する。
「性差の撤廃」
社会や文化における男女の扱いの差を無くしたとするならば、性同一性障害を有する者の苦悩も無くなり「治る」のかといえば、それは決してない。もし仮に撤廃が実現したところで、現実的、物理的に当事者自身の身体は確然と存在し、身体的性別に対する違和感、嫌悪感を取り払うことにはならない。またなにより、それらの苦悩は単なる好き嫌いや損得ではなく、その人自身の持つ性の自己意識が基底にある。性同一性障害当事者の抱える問題のその根幹は『身体の性の不一致』であり、社会的文化的な性差の撤廃とは根本的な相違がある。
「精神病」
精神疾患 mental disorder」と「精神病 psychosis」は別である。精神疾患は、脳の機能的障害や器質的障害によって引き起こされる疾患の総称。精神病とは、統合失調症など重度の精神疾患をいう。性同一性障害は精神疾患に分類されるが、性同一性障害において妄想幻覚および人格の解体は無く、精神病ではない[48]
性同一性障害の診断において、統合失調症は除外診断の対象となる。
「性嗜好」
性同一性障害は、大多数の人々と同じくあくまで性の自己意識に基づいた服装をしているものであり、性的快感を求めるための手段や性的欲望を満たす目的として異性装をおこなう等の性嗜好ではない[49]
性同一性障害の診断において、身体的性別とは反対の性の服装をする事由がもっぱら性嗜好によるものは除外診断の対象となる。


性同一性障害の当事者の一部には、上記の概念のうち主として「同性愛」あるいは「ニューハーフ」と重なることはあるが、これらはその個人としてのありかたの一つであり、多くの当事者は上記の全ての概念と重ならない。諸々の概念はそれぞれとしての事象であり、それぞれとして明確に区別して考える必要がある。


性同一性障害を抱える者は、性の自己意識と身体の性とが一致しない以外は一般の人々となんら変わりはない[50]。そして多くの当事者は、性の自己意識に基づく性別での普通の生活をすることを第一義としている。身体的性別も公にしたがらないため、いたずらに自身が性同一性障害の当事者であることをわざわざ周囲の人に告げることも無い。とくに、戸籍上の性別の変更をすでに終えた当事者の場合、自身が性同一性障害であったことすら意識せず平静な日々を送っていることも多い。性同一性障害の当事者が世に表立つことはほとんど無いため、大多数の人々は性同一性障害の実際を目にする機会は少ないといえる。

インターネットによる情報収集の際にも、言うまでもなく信頼性のある資料に当たることが大切である。インターネットは玉石混淆のメディアであり、医療機関や専門医、当事者有志による適正な解説もある一方、専門医でも当事者でもない者が、性同一性障害の実際を知らぬまま、誤解を基盤とした差別や偏見、狭く限られた個人的な体験による私感や私情等を根源とする言葉が存在することもあり得る。性同一性障害を専門の一つとするある医師は、インターネット上での性同一性障害に関する情報において、なかには誤謬のあるものや、悪質な嘘偽りも多く存在する、との旨を記している[51]。また、インターネットの匿名性においては、実際に性同一性障害との医学的な診断を受けたわけでもなく「自分は性同一性障害」と自称することも容易である。

現在「性同一性障害」という、名こそ広く知られているが、その反面、この疾患名を知る人々の全てが、必ずしもこの疾患概念を正しく把握しているとも限らない。とくに同性愛男装女装との混同など、いまだ正しい認識があまねく浸透しているとは言えない。そのような状況にあって、ある者が「性同一性障害」という言葉を用いた時、もしくはある者が「自分は性同一性障害」と自称した時、その者が、同性愛や趣味による男装や女装のことを性同一性障害だと誤認して用いている場合もあり得る[52]

分類

医療者において、性別違和を主訴とする症例を「primary」と「secondary」(「一次性」と「二次性」)にわける分類がある。また、日本では「中核群」と「周辺群」(Core & Periphery groups) という分類もある。この二つの分類法は、内容は一見すると似ているが、それぞれの概念や発祥、経緯等が別々で、同一にはできない。

医師によって分類の定義がやや異なることがあり、かつ過去において定義の変遷を経ているが、おおむね以下のような分類となる。

Primary & Secondary (一次性と二次性) [53][54][55]
Primary(一次性)
これまでどの時期においても、性の自己意識に揺らぎがない。身体的性別への違和感を持つ時期が幼児期や児童期など比較的早く、性指向が異性愛(FtM は女性、MtF は男性に対して)。
Secondary(二次性)
性の自己意識に揺らぎがあり、身体的性別への違和感をもつ時期が比較的遅く、性指向が同性愛(FtM は男性、MtF は女性に対して)または両性愛。
中核群と周辺群 (Core & Periphery groups) [56][57]
中核群 (Core groups)
性同一性障害の典型例。性の自己意識に揺らぎがなく、身体的性別への持続的な嫌悪感、身体とは反対の性への持続的な同一感があり、一貫してホルモン療法や性別適合手術などの医学的治療を強く求める。
周辺群 (Periphery groups)
自身の身体的性別への違和感を持っているが、性の自己意識に揺らぎがあったり、ホルモン療法や性別適合手術などの医学的治療を自ら望まない、あるいは迷いがある。



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  1. ^ 山内俊雄 「性同一性障害とは—歴史と概要」『Modern Physician 25-4 性同一性障害の診かたと治療』 新興医学出版社、2005年(2005年4月15日発行)、365頁。
  2. ^ DSM‒5 病名・用語翻訳ガイドライン(初版)”. 日本精神神経学会 (2014年5月28日). 2014年5月28日閲覧。
  3. ^ 山内俊雄編著 『Modern Physician 25-4 性同一性障害の診かたと治療』 新興医学出版社、2005年(2005年4月15日発行)、368頁。
  4. ^ 野宮ほか2011、40頁。
  5. ^ 山内兄人・新井康允編著2006、342頁。
  6. ^ 野宮ほか2011、197–200頁。
  7. ^ 野宮ほか2011、200–205頁。
  8. ^ 野宮ほか2011、14頁。
  9. ^ 野宮ほか2011、14–17頁。
  10. ^ 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(平成十五年七月十六日法律第百十一号)
  11. ^ 日本精神神経学会 「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン (第3版)」 2006年。
  12. ^ “gender identity” という言葉を初めて用いたのは、アメリカの心理学者ジョン・マネー John Money。初出は1966年。
  13. ^ 野宮ほか2011、20頁。
  14. ^ 野宮ほか2011、20–22頁。
  15. ^ John Money (1994 Fall), “The concept of gender identity disorder in childhood and adolescence after 39 years.”, Journal of Sex & Marital Therapy 20 (3): 163–177, http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7996589 
  16. ^ Robert J. Stoller (1964), “A Contribution to the Study of Gender Identity”, International Journal of Psycho-Analysis 45: 220–226, http://www.pep-web.org/document.php?id=ijp.045.0220a 
  17. ^ 野宮ほか2011、20–21頁。
  18. ^ 野宮ほか2011、22頁。
  19. ^ 野宮ほか2011、24頁。
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  106. ^ 「女性として働かせてほしい」 社員側の主張
  107. ^ 「女装は職場の秩序を乱す」 昭文社側の言い分
  108. ^ (関連)「大阪市・性同一性障害男性を女性職員として認可」







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