性別移行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/13 00:21 UTC 版)
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性別移行(せいべついこう、英語: Gender transition)とは、自身の性同一性(ジェンダー・アイデンティティ)に近づくために行う社会的・身体的なプロセスのことである。ジェンダー・トランジションもしくは単にトランジションと表記されることもある。
概要
自身の性同一性(ジェンダー・アイデンティティ)が出生時に割り当てられた性別と一致しない人は主にトランスジェンダーと呼ばれるが、そうした人々は人生において苦痛や不快感が生じることがあり、これは性別違和という[1][2]。性別違和を抱えたままでは社会で生きるのに困難がともなうため、この性別違和を和らげて、自分のジェンダーを肯定し、人生を送りやすくするための何かしらのプロセスをとることがあり、それは性別移行と呼ばれる[1][3][4]。
外的に認識されるジェンダーには、様々な身体的、社会的な要素が存在しており、性別移行を行う人はそれぞれ自分の望むプロセスを進めていく。性別適合手術さえすれば性別移行はたちまちに完了するというような単純なものではなく、当事者は長い時間をかけて性別移行を進めていくことになる[3][5]。トランスジェンダーの人が全て性別移行するとは限らず、何をもって完了するか、どういう手順で行うかなどは個人で異なる[6][7]。
性別移行の具体例としては以下の行為が挙げられる[1][8]。
- 社会的な性別移行
- 身体的な性別移行
非営利団体「Advocates for Trans Equality」がアメリカで2022年に実施した84000人を超える成人の当事者(トランスジェンダー、ノンバイナリー、ジェンダーノンコンフォーミング)を対象とした調査によれば、回答者の半数以上(59%)が何らかの医療的な性別移行を経験していると報告された[9]。
子どもが性別移行をする際は、思春期以前の性別移行は完全に社会的なものである[10]。思春期中および思春期以降は、いくつかの医療的な性別移行が利用できる場合があるものの、家族や医療提供者の間でじゅうぶんな考慮と協議が行われた場合に限られる[10]。思春期前の子どもに医療的な手術や処置が行われているという誤解もあるが、そうした事実はない[11]。
性別移行はトランスジェンダー当事者の多くにとって有益である。コーネル大学によれば、性別移行はトランスジェンダーの体験を改善して幸福に繋がるという研究がほとんどであり、全体的な害を引き起こすと結論付ける研究は見つからなかった[12]。
ディトランジション
性別移行をやめることをディトランジションと呼ぶが、これは性別移行を後悔しているからという理由だとは限らない[13]。主な性別移行をやめる理由としては、妊娠するために一時的にホルモン療法を中止する場合、家族などの圧力で継続できなくなってしまった場合、何らかの事情で医療にアクセスできなくなった場合、ノンバイナリーだと自覚してやめた場合などが挙げられる[13][14][15]。ディトランジションを行うことは非常に稀で、その経験者は性別移行者の約1%程度とされる[14]。2022年の調査では、性別移行を経験した人のうち「性別移行は自分には合わない」という理由で出生時に割り当てられた性別で再び生活するようになった人は全体のわずか0.36%であった[9]。2021年に行われた研究では「性別適合手術を受けたトランスジェンダーの後悔率は極めて低い」と結論付けられ、後悔率は全体で1%で、男性型の手術では1%未満、女性型の手術では2%未満であった[16]。2024年のレビューでは、性別適合手術を受けた後悔率は全体で1.94%で、女性型の手術では4.0%、男性型の手術では0.8%であった[17]。
一方で「性別移行したことを後悔している子どもが多い」という主張も主に保守派によって支持されている[18]。「後悔している子どもが多い」という主張の根拠は、今の基準では医療介入の対象外となるような子どもを扱った古い研究に基づいている[19]。
『European Journal of English Studies』にてヴァン・スロトハウバーは、これらの反発的な論争はモラル・パニックであると分析している[20]。
脚注
- ^ a b c アシュリー・須川(訳) 2017, p. 90.
- ^ “Gender dysphoria”. NHS. 2023年12月17日閲覧。
- ^ a b 周司・高井 2023, p. 30.
- ^ “性別移行”. Magazine for LGBTQ+Ally - PRIDE JAPAN. 2023年12月17日閲覧。
- ^ “自称すれば女性?トランスジェンダーへの誤解 マジョリティーは想像で語らないで”. 朝日新聞 (2023年7月25日). 2025年8月31日閲覧。
- ^ “Frequently Asked Questions about Transgender People”. National Center for Transgender Equality (2016年7月9日). 2023年12月17日閲覧。
- ^ 高井ゆと里・山田秀頌「トランスジェンダーの性別承認法における不妊化要件に妥当性はあるか」『生命倫理』第33巻第1号、2023年、4-12頁、2025年9月13日閲覧。
- ^ “What do I need to know about transitioning?”. Planned Parenthood. 2023年12月17日閲覧。
- ^ a b “Top reason trans ‘detransition’ is transphobia, largest ever trans survey finds”. PinkNews (2025年6月16日). 2025年7月19日閲覧。
- ^ a b “Get the Facts on Gender-Affirming Care”. Human Rights Campaign. 2023年12月17日閲覧。
- ^ “Young Children Do Not Receive Medical Gender Transition Treatment”. FactCheck.org (2023年5月22日). 2023年12月17日閲覧。
- ^ “What does the scholarly research say about the effect of gender transition on transgender well-being?”. Cornell University. 2023年12月17日閲覧。
- ^ a b Hildebrand-Chupp, Rowan (August 2020). “More than ‘canaries in the gender coal mine’: A transfeminist approach to research on detransition”. The Sociological Review 68 (4). doi:10.1177/0038026120934694.
- ^ a b “The ex-gay movement crawled so the detransition movement could run”. Xtra Magazine (2023年11月10日). 2023年11月14日閲覧。
- ^ “NYT Publishes ‘Greatest Hits’ of Bad Trans Healthcare Coverage”. FAIR (2023年8月30日). 2023年12月3日閲覧。
- ^ Bustos, Valeria P.; Bustos, Samyd S.; Mascaro, Andres; Del Corral, Gabriel; Forte, Antonio J.; Ciudad, Pedro; Kim, Esther A.; Langstein, Howard N. et al. (March 19, 2021). “Regret after Gender-affirmation Surgery: A Systematic Review and Meta-analysis of Prevalence” (英語). Plastic and Reconstructive Surgery - Global Open 9 (3): e3477. doi:10.1097/GOX.0000000000003477. ISSN 2169-7574. PMC 8099405. PMID 33968550 .
- ^ Ren, Thomas; Galenchik-Chan, Andre; Erlichman, Zachary; Krajewski, Aleksandra (2024). “Prevalence of Regret in Gender-Affirming Surgery: A Systematic Review” (英語). Annals of Plastic Surgery 92 (5): 597–602. doi:10.1097/SAP.0000000000003895. ISSN 1536-3708. PMID 38685500 .
- ^ “A New Study Shows Conservative Fears of “Transition Regret” Are Overblown”. Them (2022年10月22日). 2023年11月14日閲覧。
- ^ “1% or 85%: Two numbers before SCOTUS purport to show trans youth ‘regret’ rates. Which is it?”. PolitiFact (2024年12月16日). 2025年9月13日閲覧。
- ^ Slothouber, Van (2020). “(De)trans visibility: Moral panic in mainstream media reports on de/Retransition”. European Journal of English Studies 24: 89–99. doi:10.1080/13825577.2020.1730052.
参考文献
- アシュリー・マーデル 著、須川綾子 訳『13歳から知っておきたいLGBT+』 ダイヤモンド社、2017年、216頁。 ISBN 978-4478102961。
- 周司あきら 著、高井ゆと里 著『トランスジェンダー入門』 集英社、2023年、232頁。 ISBN 978-4-08-721274-7
関連項目
- トランスジェンダーの医療ケア
- 性別不合(以前の名称は「性同一性障害」)
- トランスメディカリズム
- ノンバイナリーの人々に対する差別
- 性別移行のページへのリンク