織物 織物技術の歴史

織物

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/10 00:32 UTC 版)

織物技術の歴史

古代エジプトで描かれた織り
縦糸錘竪機

機織りは旧石器時代には行われていた証拠が発見されている。例えばチェコモラヴィア地方のドルニ・ベストニツェ英語版の遺跡では不明瞭なものながら織物の圧痕が見つかっている。新石器時代の遺物としては、トルコチャタル・ヒュユク遺跡から紀元前7千年紀の織物が発見されている[6]。エジプトでも、紀元前5000年ごろと見られるファイユーム出土の亜麻織物の断片や[7]紀元前3000年〜2000年の衣類等が発見されている[8]。ファイユームの断片では1cm四方あたり縦横に12本と9本の糸が使われている。またバダリ文化英語版の遺跡等から織物工房を描いた皿等も発見されている。ナイル川流域では主にアマが繊維として使われた。

最初期の織機は経糸の端に錘を付けてぶら下げる竪機であったが、次第に技術が発達して、各地の文明において複雑な機構を持つ竪機や水平機が開発されたと考えられている。シュメールでも織物が織られていた[9]イーストン聖書辞典 (1897) によれば、旧約聖書には古代の機織りについて数多くの言及がある。

機織りは非常に早くから行われてきた(Ex 35:35)。エジプト人が特にそれを得意とし(Isa 19:9; Ezek 27:7)、エジプトで発明されたとする者もいる。

荒地ではヘブライ人も織物を織った(Ex 26:1, 26:8; 28:4, 28:39; Lev 13:47)。その後、機織りは女性の仕事とされるようになった(2 Kings 23:7; Prov 31:13, 24)。聖書には織機そのものについては言及がないが、「機の」(Job 7:6)、「くぎと機」(Judg 16:14)、「機の緯線」(13, 14)、「機の巻棒」(1 Sam 17:7; 2 Sam 21:19) といった言葉が出てくる。

中国では紀元前3500年頃には絹織物の生産が行なわれていた。紀元前2700年頃の墳墓から精巧な染織品が発掘されている。養蚕は紀元前200年頃までに朝鮮半島日本列島等に伝わったと考えられている。

イスラム世界での足踏み織機の発明

8世紀からのイスラーム黄金時代において、足でペダルを踏んで綜絖を操作する機構が発明された。この発明はシリアイラン東アフリカのイスラム圏で最初に見られ、1177年ごろまでにはアンダルスでさらに改良され、より強固な枠をより高い位置に設置するようになった[10]。足踏み式の発明によって、両手が自由になり、杼の操作が容易になった。

ヨーロッパでの織物産業の発達

ヨーロッパでは羊毛が主要な繊維原料で、その他亜麻イラクサも用いられていたが、9世紀にはシシリアスペイン木綿がもたらされた。12世紀ノルマン人による南イタリア征服を通じて、木綿はヨーロッパ全域に広がった。また東方より進んだ絹織の技術が流入し、他の原料による織物の技術にも応用された。それまでヨーロッパでは原始的な縦糸錘竪機が主流であったが、10世紀から11世紀にイスラム圏から足踏み式の水平織機が入ってきた[10][11]

中世後期になると、都市の発展と技術発展により、織物業の専門化が進み、織物の生産・販売はギルドが独占するようになった。専業化によって技能の改良・伝承が進み、より細い糸でより品質の高い織物が生産されるようになり、交易品として発展していった。特にフランドルブルッヘなどでは大規模な織物製造業が発展し、このような機織りが盛んな都市では、織物業者のギルドが政治的にも経済的にも大きな力を発揮するようになっていった[11]13世紀には、問屋制家内工業体制が成立した。織物商人羊毛を購入して織手に前貸しし、決まった価格で織手から完成品を買い取ることで、織物産業を経済的に支配した(商業資本主義)[11]イングランドノリッジ等は毛織物商人によって栄えた[12]。この頃までに、足踏み式糸車の開発によって、糸の供給が潤沢になり、織物生産の速度が向上した[11]

14世紀の百年戦争ペスト流行による人口減少を経て、16世紀イングランドでは囲い込みや、都市のギルドの制約を受けない農村での集約的な毛織物生産が行われるようになり、工場制手工業へ移行した。大陸ヨーロッパでも、プロテスタントが織物業で成功し、高度な技術を持っていたが、フランスにおけるユグノー(プロテスタント)の迫害が深刻化し、17世紀後半には彼らがフランス国外に移住したため、イギリスやドイツでの毛織物や絹織物業が発展した[13]。大型の織機の操作は重労働で、専門職人は男性が占めるようになっていった[14]

産業革命による大量生産の実現

1850年代に建てられたヨークシャーウォルスデンの綿織物工場
1890年代に建てられたランカシャーハール・サイクの綿織物工場内部

1733年、ジョン・ケイ飛び杼の発明によって、幅広の織物の生産に助手が不要になり、生産性が大幅に向上した[15]1761年にブリッジウォーター運河が開通すると、マンチェスターへの木綿運搬が増大し、豊富な水資源を背景に、水力を用いたジェニー紡績機ミュール紡績機等が開発され、紡績が機械化された。

1785年イギリスエドモンド・カートライトドンカスターに織物工場を建てて、最初に織機の機械化に取り組み、1792年までの間に多くの特許を取得した。その功績により、エドモンドは1809年イギリス議会から1万ポンドの褒賞を得ている[16]。1788年、兄のジョン・カートライトもレットフォードに革命工場(Revolution Mill、名誉革命100周年を記念した名称)を建設し、1791年、その織機をマンチェスターのグリムショー兄弟のノット工場(Knott Mill)にライセンスした(ただし翌年に全焼)。しかし、織機の機械化には時間がかかり、この頃のイギリスの織物産業を実際に支えていたのは、約25万人の織手であった[17]

一方、フランスでは、1801年頃にジョゼフ・マリー・ジャカールによって、複雑な文様の織り出しを自動化したジャカード織機が発明された。パンチカードを使ったジャカード織機は画期的であったが、非常に複雑であったため、普及には年月を要した。

1805年頃からの20年間になって、ようやく実際的な力織機の開発が始まった。力織機等によって失業の危機にさらされると感じた職人が主導したラッダイト運動(機械破壊運動)等、反発も強かったが、様々な技術革新を経て、機織りは蒸気機関で駆動する工場生産へと変貌していった。1823年に綿織物業の歴史を記したリチャード・ゲストは次のように述べている。

25歳から30歳前後の優秀な男性手織り職人なら、1週間に、8分の9幅〔約91.5cm〕のシャツ地を2巻織ることができる。1巻は24ヤード〔約22メートル〕で、1インチあたり緯糸が105本、ボルトン式であれば筬の目は44、経糸・緯糸ともに1ポンドあたり40かせである。一方、15歳の蒸気織機職人なら、同じ期間に同質の生地を7巻織ることができる。……200台の力織機を要する蒸気機関工場の生産量は、最低でも手織職人2000人分の雇用に相当するといって良い。[18]

1842年、ウィリアム・ケンワージーとジェームス・バローがランカシャー織機英語版によって、織機の半自動化に成功した。また1843年には、単純な紋様を自動的に織り出せるドビー織機英語版が登場し、広く普及した。金属・機械製造業の発達により、金属製の大型の織機が製造できるようになり、ランカシャー・アクリントンの ハワード・アンド・バロー社英語版マンチェスタートゥイードルズ・アンド・スモーリー社英語版、19世紀末には世界最大規模となったオールダムプラット・ブラザーズ社英語版等の織機製造社が急成長を遂げた。

マンチェスター周辺の綿織物業では、初期は紡績と機織りの工程が隣接していたが、次第に両者は分離し、 グレーター・マンチェスター周辺に、織物専門工場を抱えるいくつもの小さな工場町英語版ができた。一方、毛織物、特に梳毛織物産業はウェスト・ヨークシャーで発達し、紡績と機織りが一体化した形で発展した。ウーステッドは縦横に梳毛糸を用いた織物で有名であり、またブラッドフォードも織物業で栄え、当時世界最大の絹織物工場リスター工場英語版があった[19]

北米大陸ニューイングランドでは、機織り技能を身につけた人々の移住により、ポータケットローウェルといった地で織物産業が栄えた。

織子

職人本人の力をほとんど必要としない力織機の導入により、織物工場の労働には若い女性や少女が多く従事するようになった。一般的に、成人女性が機械を管理・操作し、少女たちは見習いとして雑用に従事しながら、機織りの技術を修得した[14]。劣悪な労働環境や児童労働が社会問題となり、イギリスでは工場法が制定され、たびたび強化された。また、1870年初等教育法英語版によって初等教育が一部義務化すると、14歳までは、午前中は工場で働き、午後は学校で教育を受ける者も多くなった[20]




注釈

  1. ^ ただし、英語の textile は狭義には織物を指すが、広義には編物不織布等を含む布製品全般を指す概念であり、厳密に「織物」だけを指すには woven fabric 等の表現が使われる[1]

出典

  1. ^ "textile, adj. and n." OED Online. Oxford University Press, December 2014. Web. 16 March 2015.
  2. ^ Collier 1974, p. 92
  3. ^ 角山幸洋「織物」『日本大百科全書』。
  4. ^ 並木覚「力織機」『日本大百科全書』。
  5. ^ 「ており」『日本国語大辞典』。
  6. ^ “Centuries-old fabric found in Çatalhöyük”. hurriyet daily news. (2014年2月3日). http://www.hurriyetdailynews.com/centuries-old-fabric-found-in-catalhoyuk.aspx?pageID=238&nID=61883&NewsCatID=375 2014年2月7日閲覧。 
  7. ^ Woven linen”. University College London (2003年). 2015年3月19日閲覧。
  8. ^ Items of ancient Egyptian dress”. University College London (2003年). 2015年3月19日閲覧。
  9. ^ [1]
  10. ^ a b Pacey, Arnold (1991), Technology in world civilization: a thousand-year history, MIT Press, pp. 40–1, ISBN 0262660725 
  11. ^ a b c d Backer
  12. ^ George Unwin (editor) (1918年). “The estate of merchants, 1336-1365: IV - 1355-65”. Finance and trade under Edward III: The London lay subsidy of 1332. Institute of Historical Research. 2011年11月18日閲覧。
  13. ^ William Page (Editor) (1911年). “Industries: Silk-weaving”. A History of the County of Middlesex: Volume 2: General; Ashford, East Bedfont with Hatton, Feltham, Hampton with Hampton Wick, Hanworth, Laleham, Littleton. Institute of Historical Research. 2011年11月18日閲覧。
  14. ^ a b Freethy 2005, p. 62
  15. ^ Guest 1823, p. 8
  16. ^ W. English, The Textile Industry (1969), 89–97; W. H. Chaloner, People and Industries (1093), 45–54
  17. ^ Timmins
  18. ^ Guest 1823, p. 47-48
  19. ^ Bellerby 2005, p. 17
  20. ^ Freethy 2005, p. 86
  21. ^ "An Act for continuing severall Laws therein mentioned, and for explaining the Act intituled An Act to prevent the Exportation of Wooll out of the Kingdoms of Ireland and England into Forreigne Parts and for the Incouragement of the Woollen Manufactures in the Kingdom of England" Statutes of the Realm: volume 7: 1695-1701 (1820), pp. 600-02. URL: http://www.british-history.ac.uk/report.asp?compid=46972. Date accessed: 16 February 2007.
  22. ^ John A. Garraty; Mark C. Carnes (2000). “Chapter Three: America in the British Empire”. A Short History of the American Nation (8th ed.). Longman. ISBN 0-321-07098-4. http://edweb.tusd.k12.az.us/uhs/WebSite/Courses/APUSH/1st%20Sem/Garraty%20Short%20History%20Chapters%201-18/chapter_threei.htm 
  23. ^ Bartholomew Dean 2009 Urarina Society, Cosmology, and History in Peruvian Amazonia, Gainesville: University Press of Florida ISBN 978-0813033785 [2]
  24. ^ Bartholomew Dean. "Multiple Regimes of Value: Unequal Exchange and the Circulation of Urarina Palm-Fiber Wealth" Museum Anthropology February 1994, Vol. 18, No. 1, pp. 3–20 available online)(paid subscription).
  25. ^ David A. Scott, Pieter Meyers, ed (1994). Archaeometry of Pre-Columbian Sites and Artifacts: Proceedings of a Symposium Organized by the UCLA Institute of Archaeology and the Getty Conservation Institute, Los Angeles, California, March 23–27, 1992. Getty Publications. p. 8. ISBN 978-0-89236-249-3 





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